EP.9「エコポイントの秘密」


 都心の大通りは、道の真ん中に大木が生え(ハナちゃんのせい)、アスファルトは熱でえぐれ(これは僕のせい)、トラックが横転し、タクシーはひっくり返っていた。通行人たちは逃げ出し、周囲には不良しかいない。


 混沌の中、その白い女は旧友に会うかのように親しげに話しかけてきた。


「ひさしぶりだね。テツオ。あたいもびっくりだよ。あんたが生きてるなんてさ」


「…………」


 テッツオじゃなかったっけ?

 まあいい。適当に話を合わさなければならないが、このときは鉄仮面が有難かった。ひきった顔を見られずに済む。


「おや、だんまりかい? そりゃ、あんだけボコボコにしてやったんだ。口も聞きたくないでしょうね」


「借りは返させてもらう」


と僕は適当に話を合わせたつもりだったのだけど。


「借り?」


 柔原水子が繰り返して言った。ビクっと肩が震えた。頭に血が上ったのは明白。ただ、血は本当に頭から流れていた。

 噴水よりも激しく出た血は、真っ白な頭をたちまち赤黒く染め、純白の特攻服を真っ赤に仕立て直した。


 ぽたぽたぽたぽた。


 すべてを赤く染め直しても余った血が、彼女の股間から地面へ流れ落ちていた。

普通なら失血死確実の量だ。しかし、彼女は倒れるどころか敵意むき出しでこちらを睨んでいる。それもそのはず。血は彼女から出ているものじゃなかった。


「おぎゃあああああああああああああ!」


 血だまりから血の主が現れた。いや、這い出してきたといったほうがいい。車ほどの大きさの肉塊が、彼女の後ろで四つん這いになった。それは赤ん坊のかたちをしていた。


「借りというのなら、この子を返せぇええ」


 血塗れの赤ん坊が四つん這いで迫ってくる。


「鉄壁!」


 鉄の壁がその進路を阻んだが、赤ん坊は意に介さなかった。ぐちゃっとイヤな音がして肉が周囲に飛び散った。


腐肉再生リサイクル


 血の母となった柔原が唱えると、今度は散り散りになった肉塊から同様の赤ん坊たちが這い出てきた。彼らは見境なく、道路を蹂躙した。


「うわ、うわああああ!」


 紫色の特攻服の男たちは恥も外聞もなく逃げ出したが、数人が逃げ遅れた。血肉の赤ん坊はその1人をつかまえ『トウタントウタン』と、意味不明なうめき声を発しながら、男に覆いかぶさった。野太い絶叫が途切れる。すると血肉の赤ん坊は形を崩した。塩をふられたナメクジみたいに。跡には血と肉と、腐臭しか残らなかった。



 こんなエコポイント魔法見たことも聞いたこともない。



 血まみれの赤ん坊を召喚しているのだろうか。だとしたら一体どんなエコ活動したらそんな魔法が使えるのだろうか。相当なエコポイントがいるはずだ。


 10、11、12人と赤ん坊はさらに増えている。一様に『トウタントウタン』とうめいていた。


(トウタン? まさか、とうさん――父さんか!?)


 そういえば先ほどから狙われているのは元新宿帝国の男たちばかりだ。僕のほうにも向かってくる。


「鉄拳!」


 鉄の拳は赤ん坊を倒したが、散らばった血肉からはさらに赤ん坊が出てきた。気づけば辺りは死臭で囲まれていた。


腐肉再生リサイクル? まさか、エコポイントっていうのはエコ活動だけじゃなく――)


 僕は真偽を確かめるべく、鉄の像に囚われたままになっている少女のもとへ戻った。

「山川花!」

「なによ。こうならないために私はたたかってたっていうのにあなたのせいで台無しよ」

「柔原水子は身ごもっていたのか?」

「……………」

「そして何らかの事情で堕胎した」

「させられたのよ!」

 

 その答えは僕を打ちのめした。








 柔原の場合、殺意をもって堕胎したわけではない。しかし、エコポイントはそう判断しなかった。


 人間は環境を汚さずには生きていけない。水を飲むのだって、尿を流すのだって、うんちをするのだって水を流す。米粒ひとつ炊くのだってCO2を出す。そもそも呼吸するだけで二酸化炭素を排出してしまうのだ。


(だって、でも、それじゃあ、あまりにも――)


 僕は泣きたくなった。


 柔原水子は無双していた。その強さは普通じゃない。それもそのはず。そのエコポイントは生まれてきて地球を汚すであろう人間ひとり分のエコポイントなのだ。人生80年分ぐらいの環境汚染物質をなのだ。


 ぞくり


 マントの下で身体が震えた。僕の周りにハエがたかっている。急にそう思えて僕は目の前を手で払いのけた。

 ひかりが散った、気がした。



「あの子の強さは悲しみそのものよ。あなた達男にそれがわかるっていうの?」


「わからないよ……僕らには。でもエコポイントの主は――」


 僕は吐きそうになるのを堪えながら言ってやった。


「エコポイントはわかってるんだろうな。その気持ちとやらを。わかっていて、悲しんでる女性が怒り狂うのを見て、笑ってやがるんだ。だってそうだろう? 復讐鬼に拳銃を渡すようなもんじゃないか」


「それはちがうわ」


 拘束されている彼女は首だけ振って応えた。


「あれは憐れんでいるのよ。あなたには見えないの? それだけのエコポイントを持っているのに。彼らは与えたのよ。次同じようなことがあれば立ち向かえる力を。悲しい出来事がもう行われないように」


「その悲しい出来事が今行われているんじゃないか?」


「だからよ! あなたは何のためにそれだけのエコポイントを持っているのよ! 偉ぶりたいの? 人気者になりたいだけなの?」


「ちがう……ぼくは」


 君を守りたいだけなんだ、とは言えなかった。鉄仮面の口は動かない。

 彼女はその口へねじこむように言った。


「だったら、ちからを貸して。わたしたちで止めるのよ。リサイクル鉄仮面」

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