EP.8「新宿抗争の終わり」


 新宿のど真ん中を異様な風体の者たちが占拠していた。


 夏だというのに羽織っているのはコートのように長い特攻服。その下は何も着ておらず半裸だった。ただ、腹は冷えるのか腹部に包帯を巻いている。


 その集団は全員が同じ紫色の服を着ていた。背中には『新宿帝国』の文字が金色で刺繍されている。


 新宿都心に無法者が集結していたわけだが、警察はというと、手が出せなかった。なぜなら彼らは何も悪いことをしていなかったからだ。

 それどころか。


「オラオラ! ゴミ出さんかい!」

「その空き缶はワシのもんじゃ! よこさんかい!」

「兄ちゃんええもん吸っとるのぅ。その吸い殻もらったらぁ!」


 すすんで新宿という日本でも有数のゴミの排出地を浄化している。

 総勢30人にもなる紫色の集団の中でも、赤髪の彼は目立った。

「二代目ッ」


「二代目って言わないで――いや、呼ぶんじゃねえ! 火糸」

 先輩と、僕は付け加えそうになってしまう。


「す、すいやせん! 兄貴ぃ」

「兄貴もやめい」


 僕のほうが年下なんだから、と僕は鉄仮面の下で申し訳なく思ってしまう。


(兄貴……よりは二代目のほうがマシか)


 失踪している新宿帝国初代総長は僕と魔法の系統が一緒の鉄魔法が得意だったらしい。


(たしかテッツォ……だっけ?)


おかげで〝帽子の血盟団〟から誤解を受けたほどだ。その誤解を逆手に僕は元新宿帝国という人たちを仲間にすることができた。


 いや、騙したと言ったほうがいい。


 鉄仮面は彼らを欺くには丁度良く、アフォな先輩(ごめん)はすっかり信用してくれている。でもその詐欺を支えるバックボーンには巨大なエコポイントが、ちからが必要だった。幸い、僕にはそれがあった。


 僕は別に新宿で偉くなりたいわけじゃない。すべては彼女のために考えた末の行動だった。


「ヤツら、来ますかね?」

「……どうだろうな」


 僕自身不安だった。でも、理屈がないわけじゃない。

 純白の特攻服に身を包んだ少女たち。

 ハナちゃんの言葉。「女の悩み」

 髪が真っ白になってしまった女性。

 行方不明になっているクラスメイトの手板通。

 なぜか彼の家を見張っていたマフィア集団たち。


 その答えが僕らに向かってやって来ていた。


「来たっ!!」


 火糸先輩が叫んだ。その奥から、喧しい音の群れが近づいてきている。バイクのライトが見える距離までくると、それはまるで養豚場の鳴き声を最大音量で流しているみたいだった。

 その先頭には山川花。見慣れた制服が後部座席に座ってる。


「お前らわかっとるのう!? 足止めだけでええんじゃ! やったれ!」


 火糸先輩の号令で元・新宿帝国の人たちが車道へ躍り出る。さすが毎晩練習?してただけあって、彼らは車たちを止める術を心得ていた。車が止まるとバイクの群れも止まる。


 そしてバイクから降り立った少女を僕は見つめた。彼女は僕の鉄仮面を見ている。


 リサイクル鉄仮面 VS みどりの魔女


 でもそれは本当はただの姉弟喧嘩だったのかもしれない。

 おねえちゃんにかまってもらえなくてつっかかってゆく弟の、ただの嫉妬の喧嘩だったのかもしれない。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 魔法という名の理不尽が二人の間で炸裂していた。

「リサイクル鉄仮面! 私はあなたを許さないっ!」


 ハナちゃんが叫んだ。かなり誤った情報を吹き込まれている。いや、そもそも黒幕は新宿帝国の初代総長を憎んでいる。

「彼が鉄仮面を着けて復活した」「また悪いことを企んでいる」

と吹き込めばハナちゃんの敵意はこちらへ容易に向く。


「私はお前と争う気はない!」


 僕は言ったが彼女は聞く耳をもたなかった。

 目的はハナちゃんを倒すことじゃない。けれどこの根っからのエコロジストは強情だった。


(しかも強い!)


 手加減なんてしなくても負けそうになっていた。


「緑化魔法! イライラクサグサ!」


 蔦がぼくの体にからまってくる。


(このままじゃ――ッ)


 もともと手加減はしてない。けれど本気でもなかった。本当の本気の魔法を使わなければ勝てない。僕は決意した。


「鉄魔法、蘇鉄!」


 植物の葉に似た無数の刃が、地上から生えてツタを切り刻んだ。

 

「いいか、山川花。今から本気でやる」

「負け惜しみを――」

「いいから聞け!!」


 僕は彼女の言葉を遮って、本気の言葉で彼女に言った。


「この魔法は当たったら死んじゃうんだ。それぐらい強力な魔法なんだ。避けろよ、避けるんだぞ!」

「そんなの全部受け止めてみせるわ」


 そう言って彼女は自身のまわりに花を咲かせた。上下左右に巨大な4つのたんぽぽが咲く。先ほどから僕の攻撃を全て受け止めているタンポポだったが、今度の攻撃はそうはいかない。


手筒てづつ


 僕は巨大な鉄の筒をつくった。家が一軒すっぽり入るほどの直径で、ちょうど中心に20センチほどの穴を残す。出入口を塞げば容器の完成だった。


「エコエコアサマシク」


 僕は容器の中で鉄を増幅させる。増殖する芯の鉄は5メートルの厚みに包まれて逃げ場がない。それでも増やされ続ける鉄は高圧でギュウギュウと圧縮される。


「エコエコアサマシク」


 さらに増殖させる。圧力はさらに増す。それを容器の耐久性ぎりぎりまで続けると鉄に変化が起きる。地球の中核のように。


 容器の耐久性が限界を迎えると、シャンパンの蓋を開けたかのような音が響いた。


「鉄魔法、鉄火巻てつかまき!!」

 

 蓋が飛び、中から液体が飛び出す。ただしシャンパンと違って超圧縮されていたそれは超速度で飛び出した。

 液体化した鉄は触れるものを溶解させる。鉄の熔解温度は1500度。とても植物の耐えられる温度じゃない。射出された溶鉄がたんぽぽを貫いた。


「きゃ――――――ッッ」


 一瞬で燃えるタンポポを見て、彼女は後ろに倒れこんだ。目の前をかすめて行った超高熱に呆然としているみたいだった。


「鉄行使」


 僕はすぐさま彼女を捕らえた。中国の官吏をイメージした鉄の像が、彼女を両脇から拘束して固まる。怪我はない。もともとタンポポを狙ったので当然なのだけど、僕は心底ホっと息を吐いた。


(これで終わり……だったらいいのに)


 と僕は思った。しかし、本番はこれからだった。

 派手な魔法合戦に隠れて、隅で小競り合いを続けている男女たちがいる。そこに群がる男たちを僕は下がらせて、一連の事件の元凶に歩み寄った。


「さあ、観念しろ。柔原水子」


 真っ白な髪。真っ白な特攻服に身を包んだ女性に向かって僕は告げた。



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