EP.7「16度は思春期にはぬるすぎる」


 僕の家は団地の4階だった。

 エレベーターがないので階段を上らないといけない。


(これもエコ?)


 だからこんなにもエコポイントを持っているのだろうか。


(そんなわけねー)


と空しくツッコみながら鉄の扉を開ける。二人暮らしには少し大きい3LDKが僕を迎えてくれる。


「ただいま」


 当然、返事はなかった。いや、もしかしたら奥の仏壇が小さく返事をしているかもしれない。けれど、僕はその人の声を知らなかった。


 僕は父さんと二人暮らしだった。生まれてからずっと。


 だから僕は母さんの声を知らない。顔は写真で見て知っている。

 普通の顔、といえばそれまでの顔。

 普通の身長。

普通の容姿。

特に省エネ家ではなく、エコ活動をしていたわけでもなく、普通に生活をして、普通にゴミを出して、普通に僕を産んで、そしてその時亡くなってしまったらしい。


 父さんはずっと工場員をしながら僕を育ててくれた。リサイクル工場だけれども、それも僕のエコポイントには関係がない。


「魔法? 魔法で空き缶つぶしてほしいよ、まったく」


って言うぐらいだからまったく興味ないんだろう。僕の父さんはリサイクル工場で働いて、そのお金で晩には缶ピールを飲んで、その缶は街をぐるりと一周して父さんの工場でリサイクルされる。

 このリサイクル大ブームのおかげで父さんの給料もちょっと良くなったらしい。


 変な仕組みだと思った。

 社会の循環も。

 このエコポイントの魔法も。

 新宿の抗争も。

 そして、なにより不思議なのは女の子の気持ちだった。

 考えれば考えるほどわからない。

 なのに僕は彼女のことが好きだ。いつだって力になりたいと願ってる。けれど彼女は僕を遠ざけようとする。

 胸がギュっと痛い。心臓のぜんまいを巻かれているみたいに。

 飛び出せ。

 走れ。

 叫べ。

 と自分の中で誰かが暴れまわってるみたいだった。そいつが中で暴れいるせいで肉がこすれて体が熱い。



 僕はエアコンのスイッチを入れて設定温度を下げた。


ピッ

ピッ

ピッ

ピッ

ピッ


 めいっぱい下げた。特に暑いわけじゃなかった。エレベーターがないかわりに団地の4階は風が涼しい。でも僕の指は止まらなかった。


ピッ

ピッ

ピッ

……


 16度が人類の限界みたいだった。


「なにが省エネだよ……」


 僕はリモコンを放り出してソファに身体を投げ出した。


煌々と光る電灯。

自動的にお米を炊いてくれる炊飯器。

ビールを冷やし続ける冷蔵庫。

 真夏の16度の部屋。

 青梅街道を走るバイク。

 たばこの煙。

 河川敷の特攻服。

 夜の新宿をひとり歩く少女。


 結局、エアコンは僕の肝心なところを冷やしてくれなかった。


 走りださなければ、と思った。


16度は思春期の男の体を冷やすにはぬるすぎる。




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