EP.6「省エネな痴話げんか」



 約束から1日目。


「号外、号外、大・号外ですわー!」


 教室ではきららお嬢様が新聞をバラまいていた。素材はちゃっかりリサイクル紙だ。


「板橋で乱闘、大・乱闘の拳兄弟ですわ!」


 っていうか、なんでこいつが知ってるの?


 その机の下では右白がカメラを構え、黒左がメモ用紙を片手にインタビューをとっている。二人とも頭にハンチング帽をかぶっていた。その帽子はしばらく見たくないのだけど彼女たちの場合はただのコスプレだ。


「っ元新宿帝国の〝女王華〟が新宿を大・掌握っですわ~」


「江古田くん、なにかコメントを一言」


「なんで詳しいんだ? 右白」


「親が漁師なもんで」

「親が右翼なもので」


 カメラマンとインタビュアーが答えてくれた。

 そういえば、と僕は思い出した。今はあまり関係ないけど江東区や江戸川区で仲の悪い組織があるって。


(そういやこいつら仲悪いしなぁ)


 下を見るとインタビュアーがカメラマンの足を踏みつけていた。


「いや、それより。女王華のリーダーってどんな人なの?」

「柔原水子さん!」

「いまイケイケよ!」

「脱色し過ぎてほぼ透明な髪!」

「白い髪と特攻服の白が合う!」

「単車はECO400! これまた純白でシブいのよ!」

「構成員30名ながらその圧倒的なエコポイントで頭角を現した! そして――」

「元新宿帝国傘下のチームを次々と吸収していってる!」


「でもさ、その女王華だって新宿帝国の配下だったんだろ? なんで急にそんなに強く――多くのエコポイントが手に入ったんだろう」


「さあ? 優秀なエコロジストが効率のいいエコ活動を教えてあげてるとか?」

「こころ当たりあるんじゃなあい?」


 黒左がメモ用紙を突き付けてくる。こいつら本当は仲いいんじゃないだろうか。


 僕はメモ用紙を突き返して二人を追い返した。


「女王の華……か」


 名前からしてそのまんまだ。

 ハナちゃんとは連絡がとれていない。トオルもだ。

 二人とも学校にも来ていない。


(ハナちゃん家に行ってみよう)




 しかし僕は放課後まったく違う場所に来ていた。勝手に足先が向いてた。


 陽がまだ高いこともあって、遠くの工場群の陰影はいつもよりボヤけて見えた。目の前の河川敷では少年たちが野球をしていた。彼らを見守るように、女性がひとり土手に腰を下ろしていた。


「ハナちゃん」

「あら、ソウちゃん珍しいわね」


 見上げた彼女の顔はいつもと変わらなかった。眼鏡をかけていて長い髪が風にたなびいている。

 いつもと変わらない。だから余計に心配だった。

 しかし一体なにからどう訊いたらいいものだろう。

 暴走族に入ったのか。どうして暴走族相手に暴れているのか。なんで学校に来てないのか。


「最近どう?」

 口から出たのはでも、普通の言葉だった。

「う~ん……」


 ハナちゃんは少し言いよどんでから短く答えた。


「悩んでる」

「なにを?」

「女の子には女の子にしかわからない悩みがあるのよ」


その言い方に僕は少しカチンと来た。


(人がどれだけ心配してるかわかってるのか)


と、言いたいのをグっと堪える。


「で、でもさ。僕だってハナちゃんを心配してるんだ」

「ソウちゃんには関係ないわ」

「じゃあ何でスマホの電源切ってるんだよ!」

 僕は我慢できずに言ってしまった。


「学校にも来ない! 家にもいない! ようやく見つけたらカンケイナイカンケイナってなんだよ!」

「ごめん……」


 アア、シマッタ。


 僕は後悔した。助けたい、手助けしたい、と思ってきたはずなのに、どうしてこうなってしまうんだろう。


 ゴメン。


 そしてなぜすぐに謝れないのだろう。文脈なんて無視してすぐ謝ればいいだけなのに、その三文字が口から出てこない。


 気まずい沈黙を裂くように大きな音が聞こえた。それは下品な音の集合だった。だんだんとこちらへ近づいてくる。


 バイクの一団が土手の下の道路でとまった。30台ぐらいだろうか。先頭のバイクの主がヘルメットをとってこちらを見た。


 真っ白だった。髪も顔色も、着ている服もバイクも。

 僕にはそれがお化けのように感じられて、真夏日だというのに寒気が走った。


 純白の女は僕を見ている。僕もまた彼女を見た。

 視線がぶつかる。

 そこには敵意があった。


(なんで?)


 初対面だというのに睨まれている。

 不良でよく、世を睨めつけるように歩いている人を見たことがあるけど、彼女の目はもっと鋭く僕には感じられた。世の中すべてではなく半分、ただし2倍の憎しみを抱えているような。


 純白の女はしかし、みどりの魔女を柔らかく迎えた。ヘルメットを渡し、後ろへ乗らせる。


 ハナちゃんは当然のように後部座席へ座ると、ぼくに向かって大きく手を振った。


「ハナちゃん!」

「ソウちゃんごめんね」

「あっ」


 逃げるように真っ白なバイクの後ろにまたがる幼馴染みを僕は止めることができなかった。


 大きな音を出してバイクの一団が走り去る。


「くそっ!!」


 僕は地面を殴った。怒りのままに巨大な鉄杭を地中に打ち込む。それは人には見えない。ただ、あたり一帯が大きく揺れた。地中の土が鉄に押しのけられて小規模な地震が起こったのだ。


「あっぶないのぅ~」


 チリンチリーンとおじいさんがよろけながら自転車で通り過ぎていった。自転車の後ろにはたくさんの空き缶が積まれていた。それはエコポイントではなく換金目的だろうが、行動それ自体は地球にやさしい。



 僕は自分が情けなくなった。


 いくらいっぱいエコポイントを持っていたってうまくいかないことばっかだった。



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