EP.5「省エネじゃない鉄仮面の登場」
卑怯者が逃げた分を僕は一身に引き受けなければならなかった。
「さーて、お兄ちゃん」
帽子の男たちがにじり寄って来る。
「ちょっと俺らに付き合ってもらおうか」
「お断りします! 鉄魔法! お
丁寧に断った僕を、足元から伸びた鉄の台が持ち上げる。身体は塀を超えて、知らない人の家の庭に着地した。
足がしびれた。いっておくけど運動は得意じゃないんだ。
「逃げれないよなぁ。囲まれてるし、やるしかないのかよぉ」
「ダメよ」
とスマホが止めた。メカ子は僕が多量のエコポイントを持っていると知っている。
「それだけのエコポイントで暴れて、正体がバレたら大変よ」
「じゃあ、どうしろっていうんだよ」
「ワカリマセン」
「都合の悪いときだけメカになるな!」
「いっそボコボコにされたらトオルのこと何かわかるかも」
「お前最低っ!」
いっそこのスマホを敷地内に駐車されている車に投げつけてやろうか、と思って僕はひらめいた。
「正体がバレなきゃいいんだよな」
「まあ、そうね」
「ふむふむ」
「何するつもりよ」
「まあ、見てなって」
僕は自分の頭を車のボンネットに叩きつけた。
「鉄面皮!」
僕の魔法は〝鉄を増殖させること〟だ。車は当然鉄を含んでいる。その鉄で僕は仮面をつくってみせたのだ。
目だけ穴をあけて、口元は格子状に隙間をつくる。頭には角でもつけておこう。
「なあに? それ」
「我が名は鉄仮面! リサイクル鉄仮面だ!」
「だ、ダサい……中2、いや、小2の発想だわ」
「う、うるさいなー」
「それに『頭隠して尻隠さず』じゃない。制服見られたら正体バレてしまうわ」
「言われてみればそうだ……どうしよう」
「しょうがないわね」
と、メカ子はある物を転移させて寄越した。体をすっぽりと覆えるほどの布――黒いカーテンだった。
テンションが上がった。男として。マントをまとえる機会なんてそうそうないものね。
「フハハハハ」
なんか意味なく笑ってしまう。そのテンションのまま僕は塀によじ上った。眼下の悪党どもに向けて、両手で輪っかを作ってみせた。
「地球にやさしく、悪党どもには厳しく!
参上! リサイクル鉄仮面!!」
「り、リサイクル鉄仮面だと?!」
「いかにも!」
「みんな気をつけろ!なんかあ、かっちょいいヤツが来たぞ!」
「男子ってわかんない……」
胸元からため息が聞こえたがそれは無視。
「純真で健気で、とっても優しい少年を追いかけまわすギャングども、地球に代わって成敗してくれるわ!」
「なにおぉ、やっちまえ!」
ギャングとはいえさすが男の子。ノリがいい。僕のテンションはダダ上がりだった。
「鉄筋〝鉄格子〟」
テンションに釣られて余計なエコポイントをつかってしまう。
ブロック塀には鉄筋が入っている。僕はそれを増殖させた。
縦ではなく横に。
鉄筋が格子状に伸びてギャングたちを捕らえた。身動きのとれなくなった帽子の男たちを見下ろして僕は勝利宣言。
「ハッハッハ。一件落着! 地球を大切に!!」
さっさと逃げることにした。仮面の者は神出鬼没でなければならない。しかし、逃げようとする僕の体を煙が包んだ。いや、僕の体だけじゃない。あたり一帯を紫煙が包む。それは有毒の煙だ。特に妊婦に毒だった。
「吸殻魔法《ニコチン》」
その声はとても冷たかった。僕のおかしくなっているテンションを差し引いても冷たい。そして
「ゲホッゲホっ」
少し吸い込んだだけで肺が締め付けられた。僕は慌ててマントで口元を覆う。しかし、彼は有害なそれをおいしそうに吸っいていた。
池袋の首領〝スモーキング・トミー〟
手にはもちろんたばこを挟んでいる。
「新宿の犬ども。うちのシマでヤってくれんじゃねえか」
「あ! あいつはさっきのイケメン」
メカ子が小声で言った。
今その金髪はハンチング帽の中に隠れていたが間違いない。日本人ばなれした顔立ちは悪戯っぽく笑っていたが、目は冷たく笑っていなかった。
「おい、リサイクル鉄仮面とやらよ。お前は
「ちがう!」
「聞き方を変えようか。お前は〝みどりの魔女〟の味方か?」
僕は言い淀んだ。でもそれはもう答えを言っているようなものだった。
「さて、じゃあ、やりますか」
と、トミーは散歩でもしそうな口調で言った。面倒だけれども行かなければならない朝の犬の散歩に行くように。
「
「鉄壁!」
目の前に現れた鉄壁に注射の針が当たる。カンカンカンと鉄の壁が十回以上鳴った。落ちた注射には得体のしれない緑いろの液体が入っていた。
魔法はエコ活動によって発動する。どんな魔法でも使えるが、活動に準じた魔法を使ったほうが効果はでかい。
と、いうことは。
注射を使いまわしているの。いや、使いまわさしているのだ。そんなことはしてはいけない。一介の高校生でもそれはわかる。
中身は覚せい剤だった。ニュースでしか見たことがないものに僕はゾっとする。 相手は学校の不良なんかじゃない。無法の住人だった。
「空瓶火炎」
ギャングの首領は上空に瓶を召喚した。中には何かの液体が入ってた。覚せい剤じゃない。瓶口には紙が突っ込んであった。
それは昔、暴動や過激運動に使われていたものだ。空瓶をガソリンで満たし、瓶口に紙を詰めて投擲する。
普通は紙に火をつけてから投げる武器だが、召喚された火炎瓶には火は点けられていなかった。
代わりに降ってきたのはそいつの代名詞ともいうべきものだった。
「吸殻発火《シケモク》」
「鉄拳!」
僕はふってきた瓶を液体ごとぶっ飛ばした。
「鉄拳! 鉄拳んん!」
が、数が多すぎた。
ガシャン
と、撃ち漏らした一発が地面に落ちて割れる。
「あつっ、あつ!」
「誰か! 消してくれ! 背中が!」
「ぎゃあ!」
あろうことか、それは彼の部下たちに降りかかった。
「鉄砂!」
僕は塀の上から砂を振りまいた。それは砂鉄だったが火を消せそうな魔法を僕は他に持っていない。
砂鉄の豪雨はギャングたちを腰まで浸からせてようやく止まった。幸い大きな火傷をした人はいないようだった。
お優しいことで、とトミーは平然としていた。
「お前ぇ! 仲間になんてことするんだ!」
「仲間じゃねえ。部下だ。吸い殻を集めて俺に魔法を使わせてくれるためのな」
トミーはたばこをひと吸いして、それをポイっと捨てた。傍にいた男がそれを拾う。
世界では年間6兆本ものたばこが消費されている。そのうちの75%、つまり4.5兆本がポイ捨てされている。
ちょっと狂っている数字だ。
しかし目の前の男はその狂気をすべて懐に、胸の内に収めようとでもしているかのようだった。
この悪党は相当なエコポイントをため込んでいる。それに加えて上手い。なんというか魔法の使い方に長けている。
比べて僕はというと。
「お前はエコポイントはすごいが、制御も持続力もお粗末だなァ」
「べ、べつにお前なんかに集中力も持続力も必要ない」
仮面をつけてて良かった、と僕は鉄仮面の下で冷や汗をかいた。
魔法の規模はエコポイントによって大小が決まる。しかしその緻密さ・持続性は本人の才能や努力に準ずる。例えば僕は大きな鉄を増殖・制御できるが、逆に、小ぶりで鋭利な刀を作ったり、またそれを武器として長時間振り続けることはできない。
「そんなんじゃ俺には勝てねえぜ。リサイクルボーイ。あ、いや、鉄仮面」
「じゃあやってやる!」
僕はついカっとなって切り札を出した。それは自分の全エコポイントを費やす、文字通り全力の魔法だった。
巨大な鉄の筒を出現させる。それは路地を塞ぎ、さらに鉄を増殖させる。家々のブロック塀が膨らむ鉄に押し倒される。
「はっはっは。こりゃすげえ!」
「鉄火――」
『やめなさい! 街が吹き飛ぶわ』
胸内からの声に僕はハっと我に返った。それは良心の声だったのか、メカ子の声だったのか。
パチパチパチ
と拍手をしたのはトミーだった。
「お前は俺に勝てねえ。かといって、俺もお前に勝てる気がしねえな」
「やってみなくっちゃわかんない」
『やめなさい』
「そうそう。やめときな。金にもなんねえ。それよりどうだ? 取引きをしようじゃないか」
「取引き?」
「トオルだよ。さっき言っただろう? トオルはうちで預かってる。返して欲しかったら〝みどりの魔女〟を差し出せ。それが条件。物々交換ってわけだ」
「そ、そんなこと……」
「おいおいおい!」
トミーの声は大きかった。
「ハッタリで言ってんじゃねえんだよ。お前が女を連れてこなくても俺たちは新宿に乗り込んで魔女を狩る。トオルも無事じゃ済まない。どっちが得か考えたらわかんだろ?」
コツコツとトミーは自分のこめかみを指で叩いてみせた。
「三日間だ。三日だけ待ってやる。それまでに連れて来い」
彼は僕の返事を待たずに背を向けた。交渉の余地はない。ぞろぞろと部下たちを連れて下がってゆく。
僕は頭が痛くなった。
「解除」
魔法を維持するにはそこそこエコポイント、そして集中力も使う。
「ハナちゃん、一体なにをやってるんだ……」
口をふさいでいたわけではないのに息ぎれが止まらなかった。
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