EP.3「恋愛相談はとてもエネルギーを使う」

 屋上で火糸先輩の話を聞いていたのは実は

 ただそいつは喋らない。二酸化炭素を出すのが嫌いだから。


「なあ塩津」

と、僕は屋上からもどる階段で彼に話しかけた。


『なんだ?』と彼はいつものように画用紙に書いた。


「お前はなんで火糸先輩の言うこと聞いてるんだ? 言っちゃなんだけど先輩よりお前のほうがエコポイントは高いだろ」


『せんぱいは省エネだから』


と、返答は要領を得ない。先輩は真夏でも長い学生服を着てる。今時、あんなヤンキースタイルでいるなんてそれこそ〝省エネ〟の真逆だ。逆クールビスと言っていい。


(もしかして、過剰エネ先輩を助けることが省エネになるってことか?)


 だとしたらとても頭がいいが、その発想に足並みを揃えて歩くのは無理そうだ。

 現に今も呼吸を乱さないように歩いているもんだから塩津はだいぶ上の階段にいた。

「先行くぞー」


 僕はちょっと大きめに言って先へ進んだ。早く帰ってハナちゃんの家に行かなければならない。




 1E組の教室へ戻ると、薄情なクラスメイトたちはすでに帰ってしまっていて、教室はもぬけの殻だった。

 

『ちょっと相談があるの』

「うわっ! メカ子まだいたのかよ!」


 人間はいないがPCは置いたままだった。

 メカ子は家に帰らない。というか、本体はずっと家だ。放課後、メカの体は教室で充電されている。


「相談ってなに。俺ちょっと急いでるんだけど」

 僕の口調はちょっと冷たかった。


『トオルと連絡がとれないの』

「そういえば今日も来てなかったなあ。でもネットで会えばいいじゃん」

『それがネトゲにも来てないのよ』

「変な付き合い方してるからそういうことになるんだろ。俺言ったじゃん」

『だって……』

 

 その声は湿っていた。


 僕の親友、手板通とメカ子こと梨本操は付き合っている。オンラインで。

 僕はそれが健全だと思っていなかった。僕だったら好きな人とは毎日でも直接会いたい。省エネじゃなかろうが、反エコだろうが。


 メカ子はそこらへんが疎いみたいだった。メカ子は頭がいい。全国模試で1位をとったこともある。だから先生たちも彼女だけのリモート授業を許しているってのが生徒たちの定説だった。


 でも恋愛は授業では教えてくれない。


『男子ってその、やっぱり、その――』


 液晶モニタの中で美少女がせわしなく手を動かす。


『男子ってちょ、直接体に触ったり、触られたり、したいものなの?』


「当たり前だ!」


 僕は即答した。

胸を張って言う。すべての高校性男子はそのためだけに生きている。それにくらべれば エコも魔法もどうでもいいのだ。むしろそのためにエコをしているといっていい。


『ちょっとお願いがあるの』


 声が生々しく聞こえた。

 メカの体が魔法で本体と入れ替わる。そこにはエコじゃない体があった。

 呼吸するだけで大いに揺れてしまう胸。省エネな薄着。露出する肌は緊張しているのか湿って見えた。


「触ってみて、くれない?」

「え!え!え!? さ、さわるってど、どこを」

「だ、男子が触りたいと思うところ、だよ」



 ごくっ、とツバがのどを通る音が自分でも聞こえた。



(こ、こういうのは何ていうんだっけ。据え膳喰わぬは食品ロスだっけ。ええい!)


 僕は思い切って手を伸ばした。やわらかい。柔らかいとしか言えない。女の子はこんなにも柔らかいのだ。


 彼女もまた感じているみたいだった。


「あたたかい。熱いぐらい」


 トオルノタメトオルノタメと僕は念じた。でも手がビームでも撃てそうなぐらい熱くなってた。


「熱が伝わってくる、熱い。熱いよ。ハァ」

「ごめん! 俺にはハナちゃんが!」


 僕は我慢できなくなって、手を引っ込めた。蛇の巣穴から手を引っ込めるように。


 一瞬残念そうにしたけど、梨本は満足そうに微笑んでた。


「知ってる。山川先輩が好きなんでしょ? だからお願いしたの」

「お前なあ」

「ごめんごめん、ふふ」


 美少女は悪戯っぽく笑ってみせたが、



「ごほっ、ごほっ、ごほっ」



 最初はただ咽せたのかと思った。けれど咳は一向に収まらない。


「お、おい。大丈夫か」


 彼女は答えなかった。いや、答えられなかった。



 ヒュン



と、姿が消えた。

 変わって戻ってきた液晶モニタには一瞬、酸素マスクを着けられた少女が映った。それもすぐに切り替わる。画面にはいつものメカ子が映し出された。ただ、その後ろではヒュー、ヒューと音が聞こえる。



 僕はそれが静まるのを待った。



(先生が梨本を許してるのは、成績が良いからじゃなかったんだ。トオルと会わないのもそれがエコだから・じゃない)



 梨本は学校に来たくても来れない。好きな人とのだ。


 そんな病人に向かって僕は「直接会うのが健全」だの「男子は触れ合いたいもんだぜ」なんてヌカしてたんだ。



(馬鹿なのは俺の方だ)



 僕は自分が恥ずかしくなった。


「ごめん……マジほんと……」

『いい。江古田のせいじゃない』


 ようやく戻ったメカ子はいつも通りだった。



 いや、そういう風に見えるだけだろう。

 そういう風に見せているだけだろう。



「わかったよ。トオルのこと調べてみるわ。任せてくれ」


 子供な僕は恩着せがましく言うことしかできなかった。本当はお願いしたいぐらいだった。


「それで、最後にトオルから連絡きたのはいつだった?」

『先週の金曜日よ』


(あれ? なんか聞いた気が……)


「そのとき何か言ってなかった? 喧嘩したとか、口論になったとか」


『そういえば、後ろがうるさかったわ』


「親フラで?」


『ううん、バイクの音がすごくて。あ、そうだ。パトカーの音もすごかった』


「でもトオルの家は板橋区だよな」


 西東京連合の〝紫蓮〟が新宿帝国に攻めて来たのは同じく金曜だった。でもそれは杉並区だ。場所が違う。


(板橋といえば……)


と、僕は先輩の話を思い返した。



 彼らは暴走族というよりはギャングマフィアに近い。部下たちをつかってエコ活動させ、そのエコポイントはファミリーで占有する。


〝帽子の血盟団《ブラインダーズ》〟


 団員は帽子を被っている。帽子のツバにはカミソリが仕込まれており、喧嘩の際にはそれを使用することから名付けられた。


 首領ドンの本名は知られていない。異名だけが知れ渡っている。


〝スモーキング・トミー〟


 沈着冷静。冷酷非道。利益のためなら流血もためらわない。


(いくら鉄魔法があるからって)


 そんな恐ろしいヤツとは関わりたくなかったが、お節介な親友のことを考えると、嫌な予感しかしなかった。

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