EP.2「省エネな暴走族たち」


 火糸先輩に呼び出されたのが、夏休み中の登校日でも、午後1時という授業時間でもなかったら、めずらしいことじゃない。たまにあることだった。

 なぜなら先輩は僕の幼馴染みにゾッコン(先輩風に言うと)で、僕にあれやこれや聞いてくるからだ。



「ええか、東京っちゅうのはのう」



 けれど今日はちょっと様子が違っていた。

 土を敷き詰めて緑を植えた屋上で、先輩はいわゆるう〇こ座りになって話している。


 赤髪リーゼントが足を広げて座ってると砲台みたいだった。


 僕はというと、朝礼みたいに体育座りで膝を抱えて座って聞いてた。



 いちおう先輩のお話なので。



 しかしそのお話はちっともタメにならない。なにしろ東京の不良たちの勢力図みたいなものだったからだ。校長の朝礼のほうがまだタメになりそうだ。


「東京ってはのう、まず大きく二つに分かれちょる。東(23区)と西じゃ。東はこまごまと分かれとるが西は一枚岩じゃけん。いや、東の脅威に西が団結しとるといったほうが正しいの。

それが西東京市連盟〝紫蓮しれん〟じゃ」


 面倒(省エネ)なので相槌は打たなかったけど先輩は続けて言った。


「東は1区1区の人数が大きいけん、統一されちょらん。いちばんデカいのが、葛飾区を中心に足立区と荒川区、さらに千葉の松戸市と市川浦安までイっとる

千京連合〝古知亀タトゥルズ〟じゃ。2000人はくだらん」


「2000も。へぇ…やばいっすね」


「安心せぇ。こいつらは身体のどこかに亀の墨入れとるけぇ、すぐわかる」


 勝手に心配してくれている。悪い先輩じゃないんだけど……。ただ僕らが住んでるのは都心にちかい杉並区だったし、今いるこの学校は新宿だ。


 話はさらに明後日の方向へ飛んでゆく。


「東京湾沿いは江戸連盟。こいつらは手を出しちゃいかん。後ろバツクが政治結社じゃけ。この江戸連と敵対しちょるのが漁師組合〝東京艦隊〟じゃ」

「漁師……」


 正確にはその子たちらしい。そういや東京湾も昔に比べたらだいぶキレイになった。絶滅しかけてた動植物が帰ってきてるとも聞いた。


(エコしてるんだろうなぁ)


と、僕はその漁師たちの気持ちが少しわかる気がした。


「都心では3つのチームが覇を争っとる。1つ目が、北の板橋と練馬の愚連隊〝帽子の血盟団ブラインダーズ〟。コイツらは字の通り、血縁でチーム組んどるから手ごわいんじゃ。結束が強ぉて足の小指すら踏めん」


 帽子を見たら気をつけろ、ってのが北東京の不良たちの常識らしい。


(そんなん、夏なんてみんなカブってんじゃん)


と思ったが、優しい先輩の忠告なので黙ってた。


「2つ目が渋谷と目黒、世田谷のHBBじゃ」


「HBB? なんの略なんでしょう」


「ひゅうまんびいとぼくさぁ、じゃとよ」


「ヒューマンビートボックスか……あれって電気使うんじゃなくって自分の声でビートつくってるんですよね」


「そ、そうじゃ。よう知っとるの」


(じゃあだいぶエコポイントがあるってことか)

 これにはちょっと興味が湧いた。いったいどんなエコ魔法を使ってるのだろう。


「そして3つ目。儂とお前が所属する我らが――」


 いつの間にか僕も入れられてる…とはツッコめなかった。


「新宿帝国〝アキラ」〟」


「め、めずらしい名前ですね」


「ん、いや大頭がのぅ帝国の〝帝〟と〝諦〟を間違えて書きんしゃったんじゃ」


「はぁ……」

 そういうのは意外と適当なんだな。


とはいえ、その新宿帝国ってチームは〝火根太〟を筆頭に傘下のチームが多数。


〝火威〟

〝矢勾玉〟

部隊〝K〟

レディース〝女王華〟


と、わんさかいるらしい。


「わしは火根太の一員。まあ下っ端じゃ」

「まあ、そうでしょうね」

「なんか言ったか?」

「いいえ、言ってません」


「空耳か。まあええが。んで、新宿帝国には大頭がおった。大頭は〝鉄王〟と呼ばれてての」

 

 その名前は少し気になった。僕が得意とするのも鉄だからだ。

 でも話を聞いてる感じだと僕とはちょっと違うみたいだった。



 エコ魔法にも系統がある。


 例えば僕の幼馴染みのハナちゃんの使う緑化魔法は『召喚系』と『増殖系』さらに『操作する』系統を組み合わせた高度なものだ。

 クラスメイトの塩津やメカ子なぞは『省エネ系』で貯蓄したものを消費する。

 動物愛護の人が使役する絶滅危惧種は実は召喚しているのではなく『模倣《コピペ》系』と呼ばれているレアな魔法だ。絶滅危惧種を直接召喚したらそれこそ絶滅してしまう。


 鉄王は広範囲の鉄を操る『操作系』魔法使いだったらしい。僕はどっちかというと鉄を増やす『増殖系』魔法だ。


とはいえ、他人から見たら同じ鉄魔法だ。


(正体を隠して、例えばマスクとか仮面とかを被って魔法をつかったら勘違いされそうだ)


 勝手にそんなことを思ってたら、急に火糸先輩がグズりはじめた。後輩があんまり話を聞いてくれないからスネたのかと思いきや。



「若頭と大頭は幼馴染みでのぅ。ほんと仲良かったんじゃ。それが……」



 火糸先輩はサングラスをはずして涙を拭った。さすがに僕も、肩でもさすってあげようかと悩んだけど。



「テツオォォオオオ!」



 急に叫び始めた。

 これはいけない。止めなければいけない。僕は泣いてる先輩を殴った。殴らなければならなかった。


「いてぇ! 何すんじゃ!」

「いや、著作権に引っかかると思って」

「……………ならしょうがねぇ」


 気まずい沈黙が5秒ほど続いた。


「兎に角、その二人が揃って蒸発したのが1か月前じゃった」

「蒸発……どっか消えちゃったってことですよね?」

「大頭はエコりょくが強かったけぇのぅ。月にでも行ってしまったんかもしれん」


 僕が空を仰ぎ見たのは月を探してたわけじゃない。笑いをこらえるのに必死だったんだ。とても、目の前で真剣に話してる先輩の前で笑えない。


「大頭と若頭がそろっていなくなった帝国はバラバラになってしもた。新宿帝国はもうめちゃめちゃよ。わしらも踏んばったがどうしようもならんかったんじゃ。西からは〝紫蓮〟が、南の渋谷からはHBBの連中が来て好き放題やりおる。ちゃっかり北の〝帽子の血盟団ブラインダーズ〟は大塚の店を3つとっちょる」


「それは大変っすね。。。じゃあ僕はそろそろ塾があるので」


 僕もいい加減イライラしてきた。陽射しが痛いくらだったし、話が長い。所詮、僕ら一般人には関係のない話だった。


 まあまあ、と先輩は話を続ける。


「先週のことじゃ。西東京の連中が本格的に杉並に侵攻してきたんじゃ。うちのやつが言うには200人もおったらしい」


「それって、もしかして先週の金曜ですか」

「そうじゃそうじゃ」


 その日のことは僕も覚えていた。

 バイクが何十台も走ってる音と、パトカーのサイレンがやたらうるさく、そして長く続いていたものだから覚えている。


「それじゃあ、僕らの近所はその西東京の人たちに支配されちゃってるんですか」


「いや、〝紫蓮〟の攻撃部隊は壊滅したんじゃ」


「200人もいたのにですか?」


「ほうじゃ。いきなり現れた〝ある人〟が200人をフルゴッコにして追い返したんじゃ」


「す、すごいですね、その人」


「おう。レディース〝女王火〟の女30人を引き連れてたとはいえ、ほとんど1人でヤったらしいの。さすがじゃ」


 火糸先輩はその人物を知ってる風だった。とても身近で誇りに思ってるように。



 そして、不良でも何でもない僕が呼ばれた理由……を考えて体がビクっと脈打った。


「まさかそれって!」

「そうじゃ。〝みどりの魔女〟山川花さんじゃ」



 その名前が僕にとってのスタートボタンだった。


後に、第一次新宿〝エコ〟内戦と呼ばれる動乱の始まりの。



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