EP.7「ぼくはエコじゃない」




決戦時間が刻々と近づいていた。時刻は午後3時30分。

終鈴を合図に1E組は戦闘態勢に入った。


扉のすりガラスに逆三角形のシルエットが現れた。


 ガラっと扉を開けるなり、変態教師が襲い掛かってきた。


「少年よ本能に根差せ!」


 クラーク博士が聞いたらさぞ嘆くであろう、名言を詠唱して平助先生は魔法を解き放った。


「古着忍術!鎌鼬かまいたちパンスト破り!」


 それが入学初日に喰らった魔法だった(男子は喰らってない)。


 それは完全犯罪だったので表沙汰にはなっていない。ただ、犯人は即わかりだった。


 このくそ教師はエロのためにエコをする。だから朝、女子たちは悲鳴をあげ、クラスが一丸となってエコポイントを貯めたのだ。


 そのポイントはおよそ150EP。


 魔法はエコポイントの消費量によって強さが決まる。


 クラスからエコポイントを託されたお嬢様が変態を迎え撃つ。


「古希にありし、黄金時代」

 

 無数の真空の刃を前に、大徳寺雲母は白い両手の平を合わせた。まるで仏前で祈るかのように。


「ひかり輝け!」


 お嬢様の金色の髪の毛が輝いて見えた。大徳寺のルーツはヨーロッパらしい。金髪は染めたのではなくもともとなのだ。その人種は金融業で世界中に顧客を持っている。


というか、きらら自身が派手な金色が好きなんだろう。


黄金大平手打ゴールデンビンタ!」


 教室にぎりぎり入るかというぐらい大きな黄金の手の平が変態な風をキンキンと弾いた。それが変態の頬というか、全身を平手で打ち飛ばす。


「なっ、なっにぃいいいいい!」


 パッリーン


と、窓が割れて変態はものすごいスピードで地面と平行に飛んでいった。


「オーッホッホッホ!」


 この時ばかりはお嬢様の高笑いにも拍手が起こった。それも一瞬だった。


「フハーハッハッハッハ!」


 吹き飛ばされたはずの変態が校庭に戻ってきていた。


「独身の力をなめるな! こんなこともあろうかと女子生徒が使ったティッシュを家で再利用していたのだ! 下着落下傘パンティパラシュート!」


 変態教師がパラシュートを使って教室に戻ってこようとしていた。

 キャーっと絶望の悲鳴があがる。

「最低!」



 パラシュートは青の縦じまで、まるで巨人のパンツみたいだった。先生いっつもあんなパンツ履いてんのか。


「や、やりますわ。わたくしの渾身の一撃を受けて尚、もどってくられるとは……」

「しかしもうエコポイントが!」

「大南無三ですわ! こうなったらわたくし自身のEPを使うしか御座いませんわ」

「しかしきらら様!」

「なんですの?」


「きらら様は生きる騒音公害じゃございませんか!」


「そうです! EPなんてございません!」

「わたくしが生きてるだけで下々の者は幸せなのです! なのでわたくしが黄金の息をすればEPは入っているはず!」


 なんという理屈。エゴイズムもここまでくれば立派だ。


「しょうがない」


 さらに魔法を使おうとするお嬢様を見て、僕はため息をついた。CO2がまた増える。


「エコエゴ・アサマシク」


 僕は壁に手を添えて唱える。種植えのときのようにではなく、今度は本当の僕の魔法を唱えた。


対象は校舎の鉄筋。お嬢より2倍の大きさで、1万EPぐらいと僕は見積もる。


(それぐらいなら余裕っ)


「死・ナリタマエ」


 僕は囁いた。


「鉄拳」


 エコを掲げる学校とはいえ、校舎は鉄筋コンクリートで出来ている。


僕は鉄が自由に操れた。指先を鉄化させるような繊細なコントールは出来ないが、常人には到底あつかえないほど大量に≪≪鉄だけ≫≫を扱える。



それこそ〝みどりの魔女〟を軽く凌ぐほどに。



なんで僕にそれだけ大きなEPが付与されているのか自分でもわからない。

 高校生なのに身長190cmもあるヤツが「なんで俺でかいんだろう」と疑問に思わないのと一緒で僕もあまり悩まないようにしている。

 チート野郎呼ばわりされるものイヤだったので内緒にしていた。


 

 もちろん、変態を叩き落とす魔法も、教室から見えないようにする。校舎の外壁に生えた鉄の手は、金色の手の平の10倍ぐらいにした。金は鉄より重いから。それが教室へ戻ろうとする変態教師を地面に叩きつけた。


「ぎゃおすぅ!!」


 ハエのように変態が叩きつけられた先は、幸いにも僕らが種を植えた花壇だった。さっきのさっき掘り返したばかりなので当然やわらかい。変態だけど教師の平助先生はいつものようにひどい報いを受けたけれども怪我はなかった。


 教室が歓声に包まれた。この時ばかりは誰もがお嬢様への追随ではなく、こころの底から賞賛した。


 そんな中、黒左と右白はつまらなさそうに黙ってた。お嬢が成功しちゃったからおもしろくないんだろうな。二人はきっと変態教師にボロボロにされるお嬢様が見たかったに違いない。


 僕は窓から身を乗り出して上を見た。鉄の拳はもう消えている。阻むものがなくなった太陽の光は、腰まで地面に埋まってひまわりのようになった教師を照らしていた。


 偽物のひまわりの足下には、植えたひまわりたちがいる。彼らもまた無傷ではなかっただろう。



(ごめんよ)



 僕は心の中で謝った。


 それがエコな彼女へ向けたものなのか、来年に咲くはずだった向日葵たちへ向けたものなのかは、自分でもよくわからずに。

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