EP.6「エコな口論」
「いってぇえ! どわー! ちくしょー!!」
校舎の影にかくれたところで僕は自分の指を確認した。指先からぽたぽたと血が出てた。花壇の中に石が残っていたのだ。
「無茶しちゃって。本気でやったらいいじゃない」
「うわっ、メカ子?」
「今は
操は小さく口端を上げた。それはメカ子のモニターに映ってる姿そのままだった。
ただ、服装は半裸に近い。大人びた下着が透けて見えてた。
彼女は赤くなった僕の顔ではなく赤くなった指を見た。
「ちょっと待ってて」
一瞬で操の姿が消えて、すぐに戻ってきた。その手には絆創膏があった。
絆創膏を指に巻いてぼくは素直に礼を言った。
「本人が来るとはめずらしい」
「目の保養」
それはこちらのほうです! と僕は魔法に感謝せずにいられなかった。
梨本操の魔法は〝転移〟
彼女は家から滅多に出ない。移動を節約しているのだ。その節約を彼女は魔法に変換している。
エコ魔法、ありがとうございます!
「利本はいつもそんな格好でいてたのか」
「エコでしょ?」
「エコっていうかエロだよな……」
後悔を伴う冗談は彼女はしっかり無視してくれた。同じ歳のはずなのに彼女は大人びている。
「人間ってのは生きてるだけで何かを消費してしまう。息をしたら二酸化炭素を出してしまう。歩けば酸素を吸ってしまう。走れば脂肪を燃焼してそれを補うためにKFCに駆け込む。すべてが反地球的じゃない? それなら家から出ないのが一番エコなのよ。ちがう?」
急に難しい話が飛んできて僕は慌てて返す。
でもさ、と前置きして言った。
「あまり外に出ず、映画見たり遊園地もいかず、ドライブもせず、デートもせず。それって人生たのしいか?」
「ネトフリがあるじゃない」
「遊園地は?」
「VRもしくはマイクラ」
「デートは?」
「わたしはとおると毎日してるわよ」
「ネトゲでな…」
「漫然と会うよりいいじゃない」
「それクエストな」
「こころは通じ合ってるの」
「でもやっぱさ現実で、二人で風を感じたいじゃん」
「江古田くん家は扇風機ないの?」
「あるわい!」
梨本との会話は楽しい。僕は好きだ。ただ、なんかいつも噛み合わない。
僕はもどかしくて頭を掻いた。
「俺が言いたいのはだな、人生を謳歌しないってのは死んでるのと一緒だって言いたいんだよ」
「人生を謳歌するのが地球に悪い」
「じゃあ死ぬしかないじゃんか」
そう、と彼女は言った。それが僕には恐ろしかった。今目の前にいる血の通った人間より、メカ子のほうがずっと人間らしく感じる。
「おーい、江古田ぁ。はじめるぞー!」
「おお、今いく」
「死ぬことが一番のエコなのだとしたら、そのエコポイントはどこに行くのksr」
最後の言葉は聞き取れなかった。梨本は言葉も姿も一瞬で消してみせた。
中庭ではお嬢様が再び演説を始めていた。
「皆様ご苦労様です。わたくし大・満足ですわ!」
ぱちぱちぱち、と拍手がまばらに起こった。
「では仕上げと行きましょう! 江古田様、わたくしにあれを渡して下さいな」
「おい、ソウ。いいのか? お前がやってもいいんだぜ」
「いいんだ。とおる。これだけのエコポイントは俺には扱えないから」
いわれるままに僕はポケットから取り出した種をお嬢へ渡した。
このエコ活動は緑化運動だ。土を掘るのは作業。エコ活動は種を植えることだ。当然、種を植えた者にエコポイントが付与されるのだ。
「オーホッホッホッホ」
お嬢様は器用に手押しの一輪車に乗っておいでだった。劇団員は二人がかりでそれを押す。横に平行移動しながらお嬢様が穴に種を植えてゆく。高笑いしながら。
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