EP.4「みどりの魔女」


 2年の教室は3階にある。1年は2階。3年は1階。歳をとるほど地面に近くなるってことかもしれない。夢見る高2病(?)で中途半端な学年の2年生は空に近いってことかも。



 僕は2階の廊下にいた。



(頼メルワケネー)


 ため息が自然と出てきた。ため息にはきっとCO2が多く含まれてる。


(カッコわりぃ)


 いつからだろう。こうやって彼女の前でカッコ悪いところを見せたくなくなったのは。


 小さいころはそれこそ、毎日毎日カッコ悪いところを見られていたはずなのに……。

 僕には母親がいない。ずっと父親と二人暮らしだった。彼女と彼女の家族には小さいころからお世話になっている。


 でも高校生といえばもう大人だ。僕も自分にできる家事は自分でやってる。


自然と彼女の家に行くことも、彼女が家に来ることも少なくなった。


 けれど彼女は地獄耳でお節介だった。おまけに良くも悪くも絶妙なタイミングで介入してくるんだ。

 

「ソウちゃん」

 ほら来た。下の名前を呼ばれて僕は諦めた。

 

 山川花は眼鏡をかけて髪が長かった。

 眼鏡を外すと美人、というより、前はコンタクトだったのが、プラスティックゴミの削減を意識して眼鏡になったのだ。


 髪もそう。切っても切っても伸びてくるのなら伸ばしちゃえとでも思ってるんだろう。髪が乾かせないから冬はよく風邪をひいてる。


 身長は僕よりちょっと高い(年上なのだから当たり前だけど)。


 ナリコとは反対に胸は非常にエコしている。彼女はヴィーガンだった。


「なんですか? 山川先輩」


 僕は白々しく言った。


「よそよそしいわね。ハナお姉ちゃんでもいいんだぞ」

「3階は上ですよ、先輩。ボケたんですか」

「そんなわけないでしょ。もうっ」

「イテっ」


 ちいさな何かが飛んできて僕のおでこに当たった。床に落ちたそれは何かの種だった。


 彼女はポケットから何かを取り出す仕草も、投げる仕草もしていない。


「簡単に魔法を使うなよ、もったいない」

「植えるつもりのヤツなんだからいいのよ」


 それより、と彼女は真面目な目つきで言った。


「もめてるんだって? 聞いたわよぉ」

「だれにだよ」

「愛子ちゃんよ」

ギョっと思わず言ってしまったのは、クラスメイトの保古愛子、通称サカナちゃんの名前が出たからだった。

 絶滅危惧種を保護する活動を入学当初からやっているサカナちゃんと、エコロジストの彼女は仲が良かった。


 クラスで今起きようとしている問題もサカナちゃんから仕入れたんだろう。魚だけに。


「それでどうするつもり?」


と、言われても僕は解決策を持っていなかった。



(いざとなったら……)


と、僕は自分の手の平を見た。よごれていないキレいな手を。

 

けれどそれは最終手段だ。その前にできることはある。


「みんなでエコ活するしかないだろ」

「そう。なにするの? 何EPぐらい? だれの魔法でやるの?」

「うるっさいなぁ、そんなのまだ決まってないってば」

「緑化委員長のおすすめはね」

 彼女は指をぴんと立ててみせた。

「子種を埋えるの」


 ハナちゃんはその細い指を自分のおなかのあたりゆっくりと上下させた。円を描くように。そこには女性にしかない器官がある。


「手伝おうか?」

「うん」


とうなずいてしまいそうになるのを僕は口に握りこぶしをあてて封じ込めた。


「いや、いい」

「そっ、頑張ってね」


 呆気なく彼女はスカートを翻した。直前まで彼女がいたところに種を残して。


 それがと蠢いたかと思うと


ニョキニョキニョキニョキニョキニョキ


 僕の足元で植物が急速成長する。1mぐらい伸びると黄色の花がでかでかと開いた。



 彼女の最強を証明するように。



 しかし、急成長したひまわりはすぐに干からびてしまった。僕の足元に百粒を超える種を残して。


(これだけあれば……あ、そっか!)


 僕は気付いたことをクラスのグループLINEに送った。

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