EP.2「エコな学園」
私立
首都の中心、竹林のように立つビル群の中で円形脱毛症のように造成された土地に僕の学校は建っている。
敷地は排気ガスを遮断するかのように高い壁で囲われている。蔦を模った鉄柵の正門をくぐると、校舎の入り口まで、銀杏の樹々が夏は退屈そうに並んでいた。
両脇を流れる水路は小川といってもいいぐらいだ。中では小さな金魚たちが泳いでいる。僕は彼らを追いかけるように校舎へ入った。
ごみが拾いつくされた廊下を歩き、2階へたどり着くと、魚が迎えてくれる。壁に埋め込むタイプの水槽だ。ブラックライトに照らされているのは生き物係が管理している絶滅危惧種たちだ。
日本の魚類(淡水)でレッドリストに登録されているのは169種だ。全400種のうちの169種なので40%以上。けっこう重たい数字だ。
ヤマノカミ
ミナミメダカの群
女の子みたいな名前のカワバタモロコ
彼らの懇願する視線(なにを求めているのだろう?)に挨拶して僕は教室に入った。
1-E組。
ぼくのクラス。中は朝から騒がしい。
「やばっ」
すでに先生も来ている、というか遅刻だった。
僕は後ろからこっそり中に入る。窓際のいちばん後ろの席の生徒に声をかけた。
「おい、メカ子。おい」
『なんでしょう』
彼女は振り向くかわりに小型カメラがこっちを向いた。
服装は学園の制服をしっかり着ている、が、中身はしっかり自宅にいて授業を受けている。
頭部の四角い液晶モニターには、肩まで伸びた髪をぴっちり分けて整えた女が映ってた。
『さきに挨拶なのでは?』
ロボのくせにコイツは礼儀にうるさい。いや、リモートだからAIではないか。
「おはよう」
『おはようございます。江古田くん』
画面の少女がにっこり笑う。一瞬奥歯を噛みしめてしまうほど可愛い。もしそれがCGでなければ、前の席の僕は最高なんだけど。
「もう出欠とったか?」
『ええ』
「まじかよぉ」
『代わりに返事してあげましたよ』
「え? どうやって?」
「こうやって」
応えた彼女は僕の声音だった。おそらく音声ソフトを使って僕の声を再現しているのだ。
『エコは技術です』
と彼女は言うが、メカ子は席から動けなかった。電源も窓の外に勝手に設置した小型太陽光パネルから引っ張ってきている。
『いつものお返しです』
とはいうものの、いつもメカ子のプリントを教壇まで持っていかされるのには閉口してる。
その気になれば一瞬で学園まで来れるくせにズルいよなぁ、と僕は思ってしまう。
幸い、メカ子のおかげで遅刻はバレずに済んだ。
点呼はサ行へ。エコロジストたちの名前が次々と呼ばれてく。
「おーい、塩津!
塩津は先生に怒鳴られても無言だった。返事をしないわけじゃない。
『はい。何でしょうか』
机の上に出された画用紙に返事がいつの間にか書かれていた。
CO2を出さないように。
塩津は出来るだけ息を止めている。そんなことしたって、そもそもその紙が無駄なのでは?と僕は思ってしまう。
色濃い名前を読み終えると平助先生は
「あー、諸君」
とわざとらしく咳をしてみせた。
平助先生はそろそろお嫁が欲しい28歳である。社会科教師だが体育教師よりも胸板が分厚い。リユースのジャージはそのせいでパンパンだ。
「先生昨日な、着られなくなった古着で雑巾をつくったんだ」
E組全体がざわついた。
それはマッチョな教師が縫い物をしてきたという驚きでもなく、ゴリラがエコを意識しているのかという驚きでもなく、もっと身近で危機せまるものだった。
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