時間稼ぎのワトソンと共犯者



 ここは、K県Y市のとある豪華客船の上。


 だが、華々しい船内プログラムも豪華絢爛ごうかけんらんな食事も鳴りを潜めていた。


 刃物で刺されていた女性の死体が物置で発見されるという事件が起きたのだ。



 そんな中、俺と先生は、とあるグループと共にゲストルームで待機していた。


 被害者はこのグループから出ていて、後は先生の推理を待つだけだったのだが……。


「しかし、田中たなかさん達遅いですね……連絡もつきませんし」

「こんなことが起きてしまったのです……危険な目に合ってないといいのですが」


 おっと、よろしくないパターンだ。

 どうやらここにいる人達だけで、全員では無かったようだ。


歩夢あゆむ先生、あとどれくらいかかりそう?」


「そうですね、推理自体はもうほとんど終わってます。ただ当事者達が揃わないと、最後のひと押しが足りません」



 なるほど、つまり……。


「頼みましたよ、ワトソン君」


 ほがらかな笑顔で送り出された俺は、新たな犠牲者が出ないようにまだ見ぬ当事者達を探すのだった。




 そして、探し人はあっさりと見つかった。


 場所は、日光が燦々さんさんと降り注ぐ屋外テラス。

 テーブルとチェアーにパラソルが所狭しと配置されている。

 平時では人で賑わっていたことが容易に想像できるセンスの良い空間だ。


 その中に二人の人物を発見した。


 一人は、見たところ30代前半くらいの男性。

 海の方向に向けてあるチェアーに腰かけて、ゆったりとくつろいでいる。

 事件が起きてからは全員集団でいるようにと、厳重な注意をされていたはずだが……随分と能天気な人のようだ。

 近くのテーブルには黒い画面のスマホが置いてある。

 マナーモードか、それとも電源でも切れているのか、動作している気配はない。



 そしてもう一人は、男性と同じくらいの年齢と思われる女性だ。

 男性の後ろに位置する、円形テーブルに備え付けの椅子に座っている。

 特筆すべきはテーブルの下で、だろう。



 さて、どうしたものか。

 テラスの出入口で身を潜めて思考を走らせる。


 見たままで言えば、女性が男性を刺す直前なのかもしれない。

 事件の収拾に追われているのか、船員による警備は十分とは言い難いのが素人目にも分かる。

 俺がここまで来れたように、二人でテラスまで来るのはそう難しくないはずだ。


 男性の視界からは女性のことは見えてないし、あのまま女性が背後から刺せば何の抵抗もなく絶命するだろう。


 これだったらいいんだ。


 俺が偶然を装って二人に声をかければ解決する。

 女性からは俺にナイフが見えていたかなんてのは分からない。

 そのままナイフを隠してくれれば、それが一番楽だ。



 だが、そうじゃない場合が非常にまずい。


 共犯のパターンだ。


 もし二人が結託していた場合はどうなる?

 その場合、声をかけた俺は単なる目撃者になる。

 ナイフに気付いていないフリをしてもいいが……。

 一切掴めていない二人の人格パーソナリティに命を賭けるには、分が悪過ぎる。



 一番良いのは船員を呼んでくることだが、そうしてる間にも男が刺されるかもな。


 ――――考えろ。


 被害者はわざわざ物置に隠されていた。

 衝動的に殺したのか、計画的に殺したのかは知らない。

 だが、少なくとも犯人が自首をしていないのは確かだ。


 犯人が一人だろうが共犯だろうが、犯行を隠す意思があったことには間違いない。


 それなら……。

 俺はスマートフォンを取り出してトークアプリを開いた。

 そして、先生にあるメッセージを送った。




「あの……ちょっといいですかー!」


 輪島わじまは通る声で二人に呼びかけて、早足で近づく。

 二人の視線が交わらないように、視線が平行となる位置どりを意識して足を動かす。


 女性も男性も顔がこっちを向いた。


 ――――このタイミングだ……!

 二人が何か声を発する前に、俺は素早く自分のスマートフォンをかざす。


『あ、田中さん!! こんな所にいたんですか! スマホを見てくださいよ!』

『こんな状況で何してるんですか! 早くゲストルームに戻ってきてください』


 俺が賭けたのはトークアプリのビデオ通話。

 俺が目撃者になることで危険になるなら、いっそ目撃者を増やしてしまえばいい。

 そうしてしまえば、俺への口封じの恐れもなくなる。


 無論、こんな思考なんて関係なしのイカれた連中だったら即お陀仏だろうが、それはもう仕方がないことだ。

 これは、俺が納得したやり方だ。

 例え死んだとしても、後悔はなかっただろう。



「ああ、やっぱり駄目じゃないか良子りょうこ。仕方ないから戻ろう。君、わざわざすまないね」


 田中と呼ばれた男性はいそいそと身支度を整えて、チェアーから立ち上がる。


「……はい」


 良子と呼ばれた女性もやや遅れて返事をして、バッグを片手に立ち上がる。


 チラリと彼女の左手を見るともうナイフを握ってはいなかった。







「ワトソン君、スマホというのは凄いものですね。君に言われた通りに操作したらいきなり顔が写ってびっくりしましたよ」


 帰路、先生はスマートフォンの性能にいたく感激をしていた。

 連絡の為にと無理やり買わせたのが功を奏したようだ。


 こんなことも知らないというのは本当に人間ではなくて、死神なのかもしれない。


「さ、せっかくですから中華料理でも食べていきましょう。私、このスマホで調べておいたんですよ」


「俺、別に腹減ってないし、いいよ」


「何を言うのです! 君、人間でしょう!? もっと欲を持ちなさい!」


「欲……ね」


 おれが持ちうる欲。

 それは、とある連続殺人犯に関わること。

 そう、俺の家族を皆殺しにした未解決事件の犯人に。

 今はただ、それだけだ。



「ほら! また暗い顔してますよ! 早速ですがあそこの小籠包しょうろんぽうから行きますよ」


「はぁ……仕方ないな」






 こうして、今回の事件は幕を閉じた。


 だが、この事件を思い出して、俺はふと思うことがある。


 殺人をある意味で利用してる俺と先生は、共犯なのかもしれないと。

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