死神ホームズと時間稼ぎのワトソン
@nemotariann
時間稼ぎのワトソンとお決まりの台詞
「さて、ワトソン君。私は推理する。君は時間を稼いでくれたまえ」
先生がこう言ったということは……そろそろあの台詞が飛び出てくるころかな。
「こんな部屋にいられるか! 自分の身は自分で守る!」
――――来た! お決まりの台詞だが、こいつの死亡率はえげつないぞ。
初老の男が興奮して立ち上がる。
俺もすかさず扉の前に立ちはだかった。
「なんだ貴様、どいてくれ!」
「まぁまぁ……せめて警察が来るまでは皆で一緒にいませんか?」
「ふざけるな! この中に犯人がいるかもしれないんだぞ!!」
『
今、この人は何に怖がっている?
この中に犯人がいるかもしれないこと? それは本当か?
全員一緒に犯人と過ごすよりも、自分一人で部屋にいるほうが怖いんじゃないのか?
「この中に犯人がいるかもしれないから、部屋を出て一人で居たいんですね? ええと……ごめんなさい、お名前は? 俺は輪島って言います」
輪島は敢えて場にふさわしくない笑顔で顔を飾って、男の名前を問う。
「……
「佐藤さん。佐藤さんはこの中に犯人がいるかもしれないから、部屋を出て一人で居たいんですか?」
繰り返しの質問、オウム返しをする。
まずは相手の言葉を繰り返して、沸騰した頭を自分で整理してもらおう。
「そうだ。私は、自分の身は自分で守りたい」
なるほど。
赤の他人に頼るよりかは、自分一人でいたほうがこの人は気が楽なんだな。
もしかすると、多人数との交流が不得意なのかもしれない。
……佐藤さんの目が忙しなく動いている。
他の人の視線を気にしてる……?
それなら……。
「佐藤さん……実を言うと俺、怖いんです」
輪島は息を吐いて、声を振り絞る。
「このペンションに泊まって、いきなり人が殺されて……。だから、皆で一緒にいたいんです」
「……!」
恐らくこの人は、短絡的なんだ。
他人と一緒に一夜過ごさなければいけないと思った瞬間に、突発的に行動してしまったのだろう。
一人で居たいのは怖いからではない、他人の評価を気にしなくていいからだ。
今だってひどく恥ずかしいと思ってるはずだ。
こんな殺人事件が起きた場面で尚、他人の評価を気にしてる自分のことを。
そしてこんな若者に足止めされて、他人からジロジロ見られてるという状況が耐えがたいはず。
それなら逃げ道を作ってあげればいい。
俺が弱者になって、佐藤さんが俺のために折れるという構図を作る。
これで佐藤さんは、今の状況からプライドが傷つかずに
さぁ、乗ってこい。
「……しかたない。警察が来るまでだからな」
よし。
「ありがとうございます!」
佐藤さんは俺が引いた椅子にどっしりと座る。
「しかし君はどこから来たんだね?」
「あ……ええっと大学のゼミで……」
得てしてこういう人は、味方と認識した人には非常に優しくなる。
まあ、これは俺の持論だけど。
ともあれ、これで俺の仕事は終わりだ。
きっとそろそろ……。
「さ、ここにお集まりの皆さん。私の話を聞いてくれますか?」
始まった。
先生は、身振り手振りを交えて、時に大げさに、時に繊細に、まるで舞台役者のように話し続ける。
やれトリックがどうの、動機がどうのと滔々と語り続ける。
俺も椅子に座ったまま一応は聞くが、全く興味が湧かない。
「犯人は、貴方です!!」
先生が腕を振り上げて、ビシっと指をさす。
そのころには、俺はもう半分は夢の中だった。
半ば、顔なじみになっている警察の人達に事情聴取を受けて、俺達は帰路についた。
「しかしワトソン君、私の美しい推理はちゃんと聞いていましたか?」
「
「……本当に出来の悪い生徒ですね。でもまあ、今回も死者が一人だけで良かったですよ。貴方のお蔭です」
「そいつはどうも」
「さあ、次なる連続殺人は……むむっ、1週間後にK県で起きますね! 目指すは被害1です!」
目を輝かせている歩夢先生、自称『ホームズ』を横目で見ながら輪島は思う。
今回の犯人もハズレだったか。
犯人には前科が無かったとのことだ。
つまり、俺の追ってる奴ではなかったってことだ。
長身スーツのやせぎすの男とゆったりとしたパーカーを着た金髪の大学生。
どうみても不釣り合いな俺達は夜の闇に消えていった。
――――この物語には、犯人を追い詰める推理も、真実を求めるような謎も不必要。
連続殺人を感じ取る死神のホームズと時間稼ぎしかできないワトソンのお話だ。
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