第二話 二度目の告白
『誕生日プレゼントに首輪を選ぶなんて…犬でも飼うのかい?』
ラッピングされたそれを受け取るのは、まだ高校生だった頃の
嬉しそうに笑い礼を言うと、早速包みを解き自分の首に当てて見せた。
『俺があなたのものだって
向かい合う相手に
返される言葉は無くとも優しく抱き寄せられれば、肩に頬を
それは、まだ新しい過去の記憶。
中学生の頃から、両親は仕事で国内外を飛び回り留守がちだったし、ずっと一緒に暮らしていた兄は大学を卒業すると同時に恋人の元へと行ってしまった。
家に帰れば一人きり。目的も無く人通りの多い場所を
初めは食事を共にする程度の、年の離れた友達だった。
次第に会う回数は増えていき、相手が仕事で滞在しているというホテルへと通うようになる。
出会いから
けれど、想いを伝えるのはいつも
プラトニックな関係とでも言うのだろうか。
一緒に居るだけで幸せだったから、この関係がいつまでも続けばいいと
出会ってから、三ヶ月を迎えた頃。
誕生日プレゼントに何が欲しいかと聞かれ、選んだのは首輪だった。
本当は指輪でもネックレスでも、身に付けられる物なら何でもよかったのだけれど。
一緒に過ごしたいというだけだったはずの気持ちは、いつしか一方的な忠誠心へと変化し。無意識に、相手にもそんな自分を受け入れて欲しいと
きっとその頃にはもう、終わっていたのかもしれない。
冬の終わり、いつものように仕事に出る後ろ姿を見送った。
そしてそれきりあの人は戻らず、連絡も途絶えた。
以来
「そんなに
頭の中で繰り返す思い出と後悔に今日も浮かない顔をしていると、春色の布が視界を覆う。
「またそんな薄着で。風邪をひくよ。」
「風邪とかそんなのより、あんたに毎回新しい上着を買わせるわけにいかないしな。次からは気を付ける。」
ほぼ毎日連絡を取り合いすっかり友達となった二人だが、相変わらず
今日も待ち合わせの約束をするには至らず、デートの誘いに自ら
そしていつも通り、挨拶代わりに頭を撫でた。
「てかあんた、なんで俺が人を探してるの知ってんだよ。」
情報元は
とはいえ情報はかなり細かなところまで伝わっていて、ひたすら
「人探しじゃなければ、どんな理由があってここに通うの?…っ!まさか…
ショックを隠せないといった表情をわざと作って見せ、わなわなと口元を右手で覆う。
「売るか!客だって相手を選ぶわっ。」
毎度のからかう台詞でも、
「今日はゲーセン連れてけ!ゲーセン!」
「フフッ、どこへでも。
せっかくのデートならばと
「やっぱり男同士でイチャつくとなると、世間体が気になる?だったら、外では友達らしくを心掛けるけど。」
「別に。ゲイなの隠してるわけじゃないし、そういうのは気にしない。ただ…」
並んで歩くことで
「友達でも恋人でも、一緒に居る相手を見てさ、外見の不釣り合いを笑う奴っているだろ。」
「そうだね。」
「俺みたいの連れてたら、あんたもきっと笑われて……。そういうの嫌だから。」
他人と仲良くなるほどに、くだらないことを気にして距離を置いてしまうのもまた
問答無用で
「人がどう捉えるかなんて、いちいち気にしていたらハゲてしまうよ?むしろ気にした方がいいのは僕の視線なんじゃないかな。よからぬことを企んで、隙を
最も気にせねばならぬのは、こんな
「僕は
耳に触れる程唇を寄せ、囁いた。
「んっ!……っう…」
「おやぁ?どうしたのかな?」
「あっ、あんたがハゲちまえ!」
腰を抱かれたままで可愛らしい
―――もっと苛めたら、どんな反応を見せてくれるんだろうね。
そんな
たまたま触れた
何軒かの室内遊戯施設を巡り、
「はぁぁ…。疲れた、腹減った、眠い。」
街灯の柱に寄り掛かり、大きなウサギのぬいぐるみの耳をパタパタと動かす。
可愛いものが大好きな
「見ていただけなのに疲れたの?」
「だって、俺ゲーム苦手だし。見てるのだって疲れるんだよ!」
景品の菓子を口に入れてやると、手にしたウサギの耳で
「そうだねぇ、あれだけ騒げば確かに。」
思い返せば、
それにしても、いくら喜ぶからといって張り切り過ぎたのも否めない。獲得した景品は大きな袋二つ分にもなり、天秤のようにそれらをぶら下げた姿がイケメンには不似合いで。
「なんかすっげぇ楽しくて何も考えて無かったけど、やり過ぎたな。ごめん。」
「その分報酬は貰ったから問題無いよ。…どうしようか。僕が
「
報酬とは何のことだろうと思いつつも、軽く返す。
その上、自宅に招き入れたからどうなるとの考えにも及ばずに、遠慮なく厚意を受け入れた。
「家に食材はある?野菜とか肉とか…」
聞かれて冷蔵庫の中身を思い出す素振り。しかし、不器用な
「パスタと、素麺と。あとレトルトとかカップ麺、缶詰なら結構あるかも。」
「はぁ…、だと思った。まずは君を送り届けてから、買い物に行ってくるよ。」
予想を裏切らない返答に苦笑し手にした袋をいったん足元に置くと、頭を撫でながらスマホでタクシーを手配する。
家に到着するまでの間、ウサギのぬいぐるみで遊ぶ様子を
走行の揺れでウトウトと心地よくなりかけたところで、車は
荷物と共に降ろされ、食材を買いに出掛ける
「えっと。少しは片付けとかしといた方がいいのかな…」
自分ではあまり物を買わないため、どの部屋もさほど散らかっているわけでは無いが、今日持ち帰ったものくらいは片付けておこうと取り掛かった。
菓子はリビングのテーブルに置き、袋の大半を占めるぬいぐるみは纏めて二階の自室へと運ぶ。
一つ一つ出しながら見ていると、どれも可愛くて。作業はまったく捗らず、ベッドの上がぬいぐるみたちによって占拠される結果となった。
「…置く場所ちゃんと決めないと、これじゃ寝れないよな。」
とはいえずっと眺めていると、現状も悪くはない。
ベッドに上半身を伏せぬいぐるみに埋れてみれば、なんとも言えぬ安心感に包まれる。
寝返りをうつには邪魔になりそうだが、わざわざ置き場所を作って整理するのも面倒。雑然とした状態のまま片付けは終了し、リビングへと戻った。
手持ち無沙汰で、また甘い菓子を口に入れながら
日常的に待つことには慣れているつもりだったが、心做しか時間の経過が遅いように感じた。
「……おっそ。」
時計を見上げるも、帰宅してからまだそれほど経ってはいない。焦れったく進まない長針を見てはクッションを叩く。
「シャワー浴びよ。汗かいたし…時間もつぶせるし。」
自分が不機嫌になっていることも、その理由にも気付かずに、唇を尖らせ独り言を吐いた。
もし入浴の最中に
再び自室へ行き着替えを準備すると、浴室へと向かう。
脱衣所で服を脱げば軟弱な自分の身体が鏡に映り、項垂れて
軽い筋トレなどで鍛えてはみるものの、成果を感じられることは無く。それでも、せめてもう少し腹筋が目立つようになればと日々同じ思考を繰り返す。
ふと兄の姿が浮かび、恋しさと劣等感が込み上げた。
兄はいつだって優しく接してくれていたし、両親も兄弟を比較することはしなかったから、
桶に貯めた水を頭から被り、要らぬ感情を振り払った。
ちょうどシャワーを終えたところでインターホンが鳴る。
タオルを肩に掛け、まだ濡れた指でボタンを押し応答すれば、画面に映るのは不似合いなエコバッグを手にした
浴室のドアを挟み廊下の向こうから玄関扉の開く音がして、簡単に身体の水気を拭き取ると、パンツ姿のまま出迎えた。
「ごめん、今シャワー浴びてたから。」
「それは…、どういうつもりかな?」
お邪魔しますの挨拶も許さない刺激的な出迎えにゴクリと喉が鳴る。
動揺で思わず口走ってしまった問いは直ぐに訂正して、
「ドライヤーは?濡れたままだと風邪をひいてしまうし、髪にもよくないよ。」
キッチンの場所を聞き買ってきた食材を置く。
薄手の部屋着を纏いながら
ドライヤーの暖かい風を当てられ目を細める。
「至れり尽くせりだな。執事って、いつもこんな感じ?」
項のあたりを梳く指が何とも心地よく、うっとりと息を漏らす。
「まぁ、あまり変わりはないけど…。仕事とプライベートじゃ、やっぱり違うからね。」
親の仕事の繋がりで仕方なく仕えるようになった主人相手と
何より、今現在
丁寧に乾かし終えるなり頭を撫で、腕を回して頬を擦り寄せる。
「
「あんたが俺の執事になったら、毎日こんな風に世話してくれるんだろ?…うわ、俺めちゃくちゃ堕落しそう。」
「それをさせないのも、僕の仕事なんだよ?」
考えていることがわかって苦笑しながら、首筋に軽く噛みつく。
それには流石に抵抗して、半乾きの髪をくしゃくしゃと手櫛で乱すと、いつものように長めの前髪で目元を覆い隠した。
「もういいよ。だいたい乾いたし…。ありがと。」
「なに…作るんだっけ。俺も手伝う。」
「野菜たっぷりのスープと、オムライスにしようか。僕の分には、ケチャップで愛のメッセージを書いてくれると嬉しいな♪」
頭を撫でてやると幾分落ち着くのを知って、そうしながら冗談っぽく答えれば、
「変態執事って書いてやるよ。」
少し笑って背を向け、段取りも関係無くキッチンテーブルに食材を広げた。
食材の切り方や調味料の計り方、火加減などを丁寧に説明しながら、
続いて素早く美しくオムライスを生み出せば、
「あんた、マジで変態執事だな。」
「んー、もう少しマシな褒め言葉はいただけないものかな?」
苦笑しつつ、ケチャップを手に悪戯気分でハートを描く。
「え?あぁ、うん…。すげぇ、美味そう。魔法でも使ってんのかと思った。」
まったく期待はしていなかった
理性を奮わせ己をどうにか抑え込み、ニッコリ笑んで返した。
「こんなので良ければ、いつでも作ってあげるよ。さぁ、冷めないうちに食べよう。」
「こっちは俺運ぶから、コップとお茶よろしく。」
「了解。熱いから気を付けてね。」
―――なに、さっきの顔。うっかり理性吹き飛ぶかと思った…
パンツ一枚での出迎えにも難無く耐えた
けっして傷付けず、ゆっくりじっくり落とそうと長い目で見ているのに、二人きりという状況下で周囲の視線を意識しなくなった
「まともな飯食うの久々かも。いただきま~す。」
「三食の内せめて一食はちゃんとしたものを食べた方がいい。甘いものばかりじゃ、そのうち糖尿病になってしまうよ?」
「なったらなった時だし。甘くないと食う気しない…」
オムライスもスープも甘くは無いのに?
その言葉は飲み込んだ。美味しそうに食べる姿を見つめ、
「そうだ。買うのも作るのも面倒なら、毎朝お弁当を届けようか?昼でも夜でも好きな時に食べればいいし。僕の手料理、けっこう気に入ったでしょ?」
「……いい。あんたも忙しいだろ。」
予想に反し、
―――おっと。ミスったな……
少しばかり心を許したかと思うや否やの曇り顔に、何がいけなかったのか思案する
「もしかして、僕が一緒じゃないと食べる気がしない?」
「っ……別に。」
チラリ覗く
「それならそうと言ってくれればいいのに。執事だからって、四六時中主人に仕えてるわけじゃないんだよ?僕の場合、夜は必ず自宅に戻って自炊してる。それをここへ来て済ませばいいだけのことでしょ?まぁ、
「あんたに…、何もメリット無いだろ。そんなの…」
「んー。初めに言った理由をずっと
「?……何が…」
目が合うのを避けて彷徨う
「信じる信じないは
どうせまた、からかっているだけ。そう思い込んで片付けるのは今となってはもう難しくて、
「別に今すぐどうこうって気は無いから安心して。ただ少しだけ、キミに尽くす時間を増やしたい。
「もし…す、すきに、なれなかったら……、どうすんだよ。」
「あー、それは考えてなかったなぁ。どうしようか。万が一失恋した時は、責任を取って
「意味わかんね。なんで俺が……」
不満げに、けれどどこか嬉しそうな空気を纏い、残りのオムライスを口へと詰め込んだ。
―――刺激的な恋愛ができそうだと思って近付いたけど、完全にハマったなぁ。
沸き上がる欲を鎮めるべく、深く深く息を吐く。
「めちゃくちゃに抱きたくなるから、そういう顔やめて。」
「はぁ?!わかんねぇよ!あんたが勝手に…っ」
「まぁ、そうなんだけど。はぁ…。無理やり襲って嫌われないよう、せいぜい頑張るよ。」
以降、ほんの少しだけリミッターを解除した
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