第144話 蘭さんピンチ



 蘭さんのムチが舞う。

 ガラスのように繊細な外観なのに、勇者の最強装備というムチが。


 どうだ? 巨人の大将、倒れるか?


 ダメだ。立ってる。いや、それどころか、なんかダメージを受けてるようすがない。


「兄ちゃん。なんかおかしいよ。蘭さん、十万攻撃力なのに、ぜんぜん効いてない」

「変だな。防御力が四万だと、さしひき六万で、レベル差の補正が入ったとしても、最低五万はダメージを与えるはずだ」


 すると、となりでデギル隊長がうなった。あ、そうだった。この人もいたんだったね。


「玄武の守護だ」

「玄武の守護?」

「そうだ。あのチーム。大将も玄武の守護を受けてるんだ。玄武の守護石の効果でバリアが張られてる」

「装備品魔法か」

「身につけてるだけで効果を発揮する魔法だ。たぶん、敵からのダメージをあるていどまで肩代わりしてくれる」


 つまり、たまりんの使う月光のセレナーデの対物理攻撃バージョンだ。蘭さんの六万ダメージを全部、うけおってくれたとしたら、かなり強い効果だ。


「あっ」と猛が言った。

「見えた。たしかに、玄武の守護石っていう装飾品をつけてるな。装備者の体力の三倍までのダメージを無効にするバリアを張ってくれる」


 三倍……あの大将の体力四万だよね。てことは、十二万ダメージまで防いでくれるのか。蘭さんの一撃が六万だとしても、二撃は無効に。


 蘭さんは一ターンに二回しか動けない。次のターンの巨人大将の攻撃を必ず一回は受けてしまうってことだ。


 蘭さんは熟考した。

 あと一撃で倒さないと、行動順が相手に移ったとたんに、今度は自分が倒されてしまうということを自覚している。


 蘭さん、ピンチだ。

 どうするんだろう?

 ブレイブツイストさえ使えば、バリアを破壊した上、相手にダメージを与えることができる。通常の二倍ダメージを与えるんだっけ?

 でも、勇者だってことはバレる。


 会場にはゴドバや魔王軍の手先も来てる可能性が高いし、ここで勇者の最終奥義を使うのは、別の意味でリスクが高すぎる。


 ハラハラしながら見守っていると、蘭さんも後顧こうこの憂いを重く見たようだ。あきらめたふうで、通常攻撃をしかける。


 ガラガラガッシャンと大岩をくだくような音がして、バリアがくずれた。


 あと一撃、動けてればね。蘭さんの勝ちなんだけど。

 やっぱり、それ以上は行動できないみたいだ。蘭さんは歯をくいしばって待機行動にした。


 ああ、デッカいビルが動きだす。体が大きいから、持ってる剣もデカイ。刀身だけで三メートルはありそうな両刃の剣だ。


 やーめーてー。

 蘭さんがぶつ切りになっちゃうよ。上半身と下半身が真っ二つになっても、蘇生魔法でもとに戻るもんなんだろうか? うう、残酷。


「怖いよ。ぽよちゃん」

「キュイ」


 僕らが抱きあってふるえていると、ついに巨人大将ヴィクトリアは走った。一歩ごとに大地がゆれる。工事現場で基礎の支柱を打ちこむためにボーリングしてるときみたい。


 蘭さん、よけてェー。

 二分割、または三枚おろしにならないでェー。


 巨人大将は大きく両刃剣をよこになぐ。

 ああっ、やっぱり二分割だ。上と下で真っ二つにィー!


 蘭さんの麗しいおもてが青ざめる。と、その瞬間。

 ピカッと蘭さんの全身がまぶしく発光した。


 ん? この感じは今までにも何度かあったやつ。

 イベントだ。勇者にだけ起こる特別な技や魔法をおぼえるときの演出。



 チャラララッチャッチャ〜!

 ロランの危険察知がランクアップした。



 ちょ、ちょっとやめてよ。このテロップ、みんなに見えてないよね? 僕らだけ? 僕らだけだよね?


「危険察知。モンスターやダンジョンの有無とかがわかる個人特技だよね」


 蘭さんのステータス画面を見る。特技の欄は数値画面とは別のページだ。こっちはバグってないらしい。



 危険察知

 ランク3 戦闘中、敵の攻撃を受けそうになると、50%の確率で自身のステータス中、もっとも高い数値が防御力になる。



 自身のステータスで、もっとも高い数値が……?


 金属と金属のぶつかるようなものすごい音がした。

 巨人大将の大剣が折れている。真っ二つになったのは、蘭さんの胴体じゃなく、巨大な剣のほうだった。


「五万防御……力の数値がそのまま防御力になったんだ」と、猛も、あぜん。


 それってもう反則技だよね。

 いいなぁ。勇者は。特別あつかいされてぇ。


 玄武の守護もすでにうちくだかれていた。

 次のターン、蘭さんのムチの前に、巨人の大将はひれふした。

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