エピローグ『まだまだおじさん魔法使いと元押しかけ女子大生』

エピローグ  変わることと変わらない想いは共存する

 山崎 明莉という少女と出会い、約四年が経過した。正確に言えば再会なのだが、まぁ出会ったとしておこう。

 最初の数ヶ月はまさに怒涛だった。いきなり求婚されたと思ったら、いつの間にやら魔法使いの助手になっていた。そして、いくつかの仕事や事件を共有する間に、俺は彼女を好きになってしまった。

 年齢差が酷いことは自覚している。だから当初は一線を引いていたつもりだった。しかし、彼女はそんなものをあっさりと乗り越えてきた。その姿は、俺の小さな価値観など簡単に塗りつぶすほど輝いて見えた。


 そして俺は、着慣れない真っ白なタキシードで、今この場に立っている。

 視線の先には、俺よりも真っ白な衣装を着た明莉の姿。父親の明夫さんに手を引かれ、ゆっくりと俺の元へ向かっている。顔はベールに隠れて見えない。


 婚約後、双方の両親に挨拶したことを思い出す。


 いわゆる『娘さんをください』をやりに明莉のご両親を訪ねた時は、あまりの歓迎っぷりに驚いた。正直、もっと厳しい対応になると思っていたので、肩透かし感がすごかった。

 明莉とお付き合いする前から、ご両親の中では俺と結婚することになっていたそうだ。この親にしてこの子あり、ということだろうか。

 

 逆に、自分の親の方が大騒ぎだった。明莉は緊張しすぎて何も話せなくなっているし、俺の母親は泣き出すし、父親には殴られそうになった。

 結局、落ち着いた明莉より場は丸く収められたが、この歳になって家族の修羅場を初体験してしまった。後から聞いた話では『息子が若い娘さんをたぶらかした』と本気で思っていたらしい。ここの部分の倫理観は、親譲りなのだと思い知らされた。


 参列席を見回してみる。今日は多くの人が出席してくれた。人付き合いが上手くない俺にしては、かなりの上出来だ。


 上司として出席した麻衣子と目が合った。気の強そうな視線を残しつつも、柔らかく微笑んでくれた。

 黒影事件の翌年、彼女は本部長にまで昇進した。昼飯の時に言っていたが、本気で社長の席を狙っているようだ。

 恋愛方面も充実しているそうだ。婚活サイトで知り合った男性は、自分も仕事をしつつ麻衣子を支えてくれていると、常々惚気られている。悔しいので、俺も惚気返してやっている。



 その後ろには、師匠と瀬戸が並んで座っている。

 瀬戸は露骨に不機嫌そうな顔をしている。あいつ、未だに明莉を狙っているから手に負えない。対して師匠は少し涙ぐんでいるようにも見えた。

 あれからの二人は修行の日々を送っている。瀬戸は弟子入りしてから二年も経たない内に、俺よりも強い力を身に付けていた。性格はともかく、才能とそれを活かす努力は認めざるを得ない。

 師匠の話によると「予定よりも早く兄さんと決着が付けられそうだよ」とのことだ。ちなみに師匠は今、若いOL風の美女になっている。同年代の友達っぽくという、瀬戸からのリクエストらしい。

 あの人は弟子に甘すぎる。少しだけ嫉妬してしまったのは、恥ずかしいけど事実だ。

 

 それと二人は、黒影の元凶を祓った後のことまで考えていた。世界から黒影が消えると、魔法使いは不要となってしまう。稼ぎ口を失った魔法使いは路頭に迷うことになり、最悪の場合、犯罪に走ることも想定される。

 そんな事態を防ぐため、新たな魔法使いの活用方法を検討しているそうだ。師匠のネームバリューと瀬戸の口車で、各国の協会を丸め込んでいる最中らしい。最終的には『超常の力を使う人助け集団を目指します! 私と師匠の力で!』(瀬戸談)とのことだ。


 これまでの事を思い返していると、俺の恋人はもう目の前まで来ていた。そして今から、恋人は妻になる。

 お決まりとなった儀式をこなし、白いベールを持ち上げると、俺は息を飲んだ。普段とは違う化粧をして、照れたように目を伏せる明莉は、あまりにも美しかった。


 ふわっと魔法使いに関わりたいと思って大学に入った明莉だが、今は明確な夢を持っている。曰く『普通の人でも魔力が見えるようにしたいんです』だそうだ。

 元を辿ると、師匠や瀬戸との会話に入れず寂しかったという可愛い理由なのだが、確実に社会の役に立つものになるだろう。それ以来、より勉強に熱が入るようになり、魔法使いの仕事へも強く関わるようになった。

 卒業後は、魔力を使った機器を研究開発している企業へ入社し、夢に向かって突き進んでいる。仕事が忙しそうなので助手の仕事は辞めてもいいと伝えたが、断固拒否されてしまった。「健司さんは相変わらず女の子の気持ちがわからないですね」と叱られる始末だ。


「綺麗だよ」

「もう、恥ずかしいよ」


 ついつい出てしまう歯の浮くような台詞も、今日くらいは許されるだろう。よし、儀式の最後の手順だ。俺は明莉に顔を近付け……


 おい、待て。

 このタイミングでこれはないだろう。

 気付かなければよかったと思うが、それはもう遅い。魔力の揺らぎは、明莉の友人席からだった。


『明莉、黒影だ』


 魔力を使い、俺の意識を送る。一方的に送るだけであれば、魔力を感じない明莉にも伝わるのは実験済みだ。その証拠に、彼女の首が縦に動いた。

 同時に認識阻害の魔術が行使された気配を感じる。師匠と瀬戸も動いているようだ。


 時が経ち、世界や人が変わっていく中、俺はあんまり変わっていない。できる範囲で、できることをして、人を助ける。少しだけ生活は犠牲になるけど、それをわかってくれる相手と出会えた。


「明莉」

「はいっ!」


 まだまだ魔法使いを続けるつもりのおじさんは、愛する妻の手を取る。あの日押しかけてきた女子大生は、かけがえのない大切な女性になっていた。



【おじさん魔法使いと押しかけ女子大生 ~彼は恋を思い出し、彼女は再び恋をする~】 完

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