第30話 言葉のあやが通じる場合は限られる(第4部 完)
瀬戸の爆弾発言により、俺の思考は一時的に停止した。数秒後になんとか再起動した頭をフル回転させ、言葉の意味を確認する。
「それは、あれか、山崎が気に入ったと?」
「はい。もう明莉ちゃんと呼んでしまうくらいには最高です!」
最高と。
その気持ちはわかる。山崎は最高だと思う。助手としてはもちろん、他にもいろんな意味で素晴らしい子だ。
ただ、瀬戸はどんな意味でそう言っているのかはわからない。俺はちらりと山崎を見た。
「いやいやいやいや、違いますからね。私、そういうのじゃないですからね」
最高な山崎は、ものすごい勢いで首を振っていた。その勢いで、括った長い髪が暴れる。
「違わないよ。明莉ちゃんは最高だと私は確信してる。私のモノになるべきよ」
「やーめーてー」
このままでは話が進まない。こいつはたぶん、話が絡まり過ぎている。
「一旦落ち着け」
とりあえず、山崎に詰め寄る瀬戸の肩を押しやった。反対の手で、助手の頭を押さえる。
ここは、互いの主張を整理するところから始めよう。それから受け入れるかどうかを議論すればいい。
「で、瀬戸は何のために山崎が欲しいんだ?」
「え、決まってるでしょう。私の助手ですよ」
「私が瀬戸さんの、助手ですか?」
「そう、さっきの動き、最高だったよ」
「あー、そうなんですね」
歩きながら下を向く山崎。きっと勘違いをしていたんだろうな。どんな勘違いかは聞かないでやろう。
「でも瀬戸は協会の職員だろ? 助手なんてそのうちあてがわれるだろう」
「違うんですよ、里中さん。私はいつまでもあんなところに所属しているつもりはありません」
瀬戸は将来、協会から独立してフリーランスの魔法使いになるつもりらしい。俺と違って本業とする予定だそうだが、まぁ似たようなもんだろう。
それに向けたコネ作りのために、一旦協会の職員になったということだ。瀬戸くらい有能であれば、そんなキャリアパスもあるんだなと感心する。
「とりあえず今は、どんな下働きも耐えています。いずれ奴らを見返すために。そしていつか、あの方と肩を並べられるように!」
握った拳に力が入り、震えている。その性格と信仰だから、色々苦労をしているのだろう。
それならば、今の瀬戸の立場は角が立ちすぎていて、あまり良いとは言えない。差し出がましいとは思いつつも、職業柄教えてやりたいことは山ほど浮かぶ。
しかし、今日はやめておこう。初仕事を終えた彼女の達成感に、水を差したくない。
ただし、それとこれとは別問題だ。山崎の事は当然のように気になるのだ。
「で、それで最高な山崎が欲しいと?」
「そう、それなんです。私が独立した暁には、最高な明莉ちゃんを助手として迎え入れたいと思いまして」
「恥ずかしいから、最高最高言わないでください」
なるほど。瀬戸の意見は大いに頷ける。さっきの依頼者への対応も、俺へのタックルも、荒はあれども理想的だった。
そんな山崎にとって、瀬戸の申し出はとても良いものだと感じる。フリーランスで活躍する魔法使いの助手なんて、活用学科卒としては最高に近いルートだ。
「どうですか? 私が独立するまでは、里中さんのところで続けるということで」
しばらくは俺の助手として経験を積み、成長したところで巣立つ。その先は、これまた成長した瀬戸が待つ。この二人ならば、想像するだけでも良いコンビだと思える。
「だめ」
しかし、俺の返答は簡単だ。たぶん、数日前までだったら悩んでいただろう。いつまでも俺のような中途半端者の助手でいいわけがないなんて、思ったかもしれない。
配偶者とまではいかないけど、向き合おうと決めた後だ。ここは譲れない。
「えー、くださいよー」
「あげない」
頑なな俺にしびれを切らしたのか、瀬戸は山崎の方へ首を伸ばす。
「そもそも明莉ちゃんの将来を、里中さんが勝手に決めていいわけじゃないもんね。今じゃなくていいから、私とやらない?」
「お断りします」
「即答! もしかして、嫌われてる?」
露骨に落ち込んだ態度を見せる瀬戸。感情の起伏が激しいところは、山崎に少し似ている。
「いえ、嫌いではないですよ。あ、最初は健司おじさんを悪く言うから嫌いでしたけどね。ただ、今はお友達になれるかなって、思ったり……思わなかったり……」
後半になるにつれ、山崎の声が小さくなる。この子も照れることなんてあったんだな。意外な発見だ。
「じゃあ、考えてもらってもいいよね。今すぐってわけじゃないし」
「せっかくですが、それはお断りします」
濁さずきっぱりと言うところが、山崎という少女だ。そんな所もまぁ、好き……だったりする。それと、即答してくれたことが嬉しい。
「えぇ、なんでだめなの?」
「私、健司おじさんの配偶者を狙ってまして」
「え、ほんとに?」
「はい、ほんとに。いろいろ頑張って、ようやくデートに誘ってもらえるところまでこぎつけたんです」
「あぁ……」
食い下がる瀬戸に、山崎がとどめを刺した。その驚愕の表情に、思わず笑ってしまう。
「里中さん、ニヤニヤしてて気持ち悪いですよ。こんな若くて可愛い子をたぶらかしてるし」
「大丈夫。健司おじさんがニヤニヤしてくれてるの、私は嬉しいですよ」
「あーもう」
俺はとんでもなく照れくさくなって、歩幅を広げた。
「逃がしませんよ、里中さん」
背中から元気な声がかかった。振り向く気力は今のところない。
「なんだよ」
「私、明莉ちゃんのこと諦めませんから。いつか里中さんから奪ってみせます。それくらいの魅力を身に付けるので、覚悟していてください」
その大声に、周囲の視線が集まった。これは絶対に勘違いされている。事情を知らない皆さんには、意味不明な三角関係のもつれにしか思えない言い回しだ。
「ごめんなさい瀬戸さん、いえ由佳ちゃん。あなたの事は嫌いじゃなくなったけど、私は身も心も健司おじさんのモノなんです」
ノリノリで返す山崎の言葉も、もうめちゃくちゃだ。突き刺す視線に耐えきれない。情けないおじさんの俺には、早足でその場を去ることしかできなかった。
第4部『組織からの刺客(新卒)』 完
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