第4話 バイト先はちゃんと選ぼう(第1部 完)
なんというか、あれだ。
自業自得?
インガオホー?
ドアに鍵を差し込んだ状態で固まった山崎さんを見て、俺の意識は飛んでいきそうになる。あんまり強くないくせに、アルコールに頼ったからだろう。うん、そういうことにしておこう。
「えーと、失礼ですが、どこかでお会いしたこと、ありませんか?」
やばい。記憶が戻りつつある。
「いえ、私はこれで」
続きを話される前に、俺は鍵を開けアパートの部屋に逃げ込もうとする。まさかお隣さんだとは、いくらなんでも思わないだろう。
ちらっと言葉を交わしただけだ。よほど強い想いでもなければ、既視感程度で済むはずだ。
「あの、さっきのおじさんですよね? 魔法使いさんの」
「ぐはぁ」
だよね。
よほど強い想いだったもんね。長い間熟成された気持ちだったもんね。
山崎さんの大きな瞳が次第に輝き潤んでいく。もう完全に記憶が戻ったみたいだった。
「えっと、こんなところでは何ですので、私の部屋、上がりませんか?」
「いや、女性の部屋に上がり込むなんて」
「では、そちらにお邪魔させてもらってもいいですか?」
「いや、散らかってるので」
「気にしませんよ」
「……少しだけね」
「はい!」
回らない思考と大きな負い目から、つい承諾してしまった。この部屋に女性を上げるのは、初めてのことだった。
ドアを開け、キッチンと一体になった細い通路を抜け、八畳のリビングへと向かう。
「お邪魔します。あ、間取りは隣と同じなんですね」
後に続く山崎さんは楽しそうだ。彼女を傷付けない方法を考えているが、回転の鈍くなった頭は良いアイデアを出してくれない。
「どうぞ」
座布団代わりにしていたクッションを差し出す。人を招く前提ではないので、自分用のものしかないのだ。
「いえいえ、押しかけておいてそんな。失礼しますね」
「流石にお客さんを直に座らせられないよ」
「いえ、大丈夫です」
山崎さんは頑なに手を横に振り、小さなテーブルの前に正座した。この反応には、いい子と呼ぶべきか困る。しかし、ちょこんと座る姿は可愛い。
彼女の気遣いを無下にもできず、俺はクッションの上に腰を下ろした。
「ドアの前でお会いした時、記憶が戻っちゃいまして。それに、表に書いてあったので苗字も知ってしまいました。里中おじさん」
「だよねぇ」
苗字を知っても『おじさん』は付けるみたいだ。変に律儀な子だ。
「なんか、すみません」
「いやいや、謝るのはこっちだよ」
申し訳なさそうにする山崎さんを見て、再び罪悪感がのしかかる。子供の頃、親に『あんたは気にしすぎ』と言われた事を思い出した。
「でも大丈夫です! 私、こう見えても《魔法・魔術学部》を専攻していまして」
「そうなんだ、難しいのに」
「はい! そのために実家からこっちまで出てきました。残念ながら体内魔力は全然ないので、活用学科ですけどね」
魔法・魔術学部はとても人気がある上に教えている大学は少なく、入試の合格率が低い。きっと、魔法使いに近付くためにすごく努力したんだな。
俺のせいで、なんか泣きそう。
そこの学生ならば、正体がバレた魔法使いや知ってしまった人の扱いについては知っているはずだ。そして『大丈夫』と言ったということは、そういうことだろう。
「ですので、こんな場合の対応について、もちろん知っています。最初に習いますしね」
「だろうね」
「私としては、配偶者になるのがオススメです」
「だろうね」
魔法使いや魔術師の正体を知ってしまった者は、基本的に記憶を消去する措置をとる。ただし、消去が困難な場合は特例として、いくつかの回避方法が法律で定められている。
「でも、お部屋に上げてもらった時、少し考えたんです。私、里中おじさんを困らせてないかって。舞い上がってて気付けませんでした。ごめんなさい」
「いや、そんなこと」
「好きでもない初対面の相手と結婚なんて、無理な話ですよね。だから、助手でいくのが無難だと思っています。弟子の方が魅力的ですが、さきほどのとおり体内魔力がないもので」
俺も彼女の提案は正しいと思う。
法律では守秘義務に巻き込めばいいとの考えのもと、配偶者・共業者・弟子・助手のいずれかであれば、記憶操作は免れるとされている。
現在、俺と山崎さんが選べる選択肢は、配偶者を意図的に避けると助手しかない。形だけ登録してもらえば、それで済むし楽なもんだ。周りに言いふらすような子には思えないし、それで終わりにできる。
「そうだね。明日にでも形だけ登録してもらおうか」
「え、嫌ですよ」
「は?」
何を言ってるんだこの子は。酔いは覚めてきた気がしていたのに、頭の混乱はおさまらない。
「やるならしっかり助手をさせてください。課外授業みたいで、学業の役にも立ちますので」
「いやぁ、助手は募集してなかったし、魔法使いは副業だし」
「大丈夫です。ちょうどバイトも探してたし」
何が大丈夫なのかさっぱりわからない。やっぱり、この子は思い込みが激しすぎる。
「あと、どちらかと言うとこちらがメインなのですが、助手というポジションを利用して配偶者を狙います」
「はっきり言うなぁ」
「はい! 正々堂々です」
正座したまま、ボリュームのある胸を張る。たぶんこの子は、可愛くていい子なのにモテないタイプなんだろうなと理解した。
ただし、俺にとっては好みの子だ。外見はもちろん、この少しのやり取りで知った内面も。
「やっぱり結婚するなら、お互い好きである方がいいです。私はもう里中おじさんが好きなので、うん、大丈夫です……」
「お、おう」
自分で言っておいて恥ずかしいのか、頬を赤らめ下を向く。可愛い。
しかしすぐに俺に向き直り、話を続けだした。本当にコロコロ変わる子だ。
「なので、里中おじさんにも私を好きになってもらおうと画策しています。だから、助手というのはとても都合がいいと思います。それに、お隣さんだなんて、もう運命です」
「そうかぁ」
いや、既にだいぶ好きなんだけどね。
しかし、ここでなびいてはいけない。俺のちょっとした感情で、未来ある若者の人生を棒に振らせてはいけない。
助手はやってもらいつつも、恋愛や結婚は早めに諦めてもらおう。そもそもが、俺のどこが好きなのかもわからないし。
「わかった。好きかどうかは置いておいて、とりあえずは助手でいこう。少ないけどバイト代も出すよ」
「はい! 最低賃金でも文句言いません。あ、下のお名前も教えてください」
待ちきれない山崎さんに急かされ、その場で契約書にサインをさせられた。
魔法使い歴十二年の俺に、初めて(配偶者狙いの)助手ができた。
第1部『それは出会いか再会か 』 完
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