後日談
【理想の女】という寓話は本来第一話目だけで物語が閉じられており、続きは存在しない。しかしあまりにも身も蓋もないので後世で追加された物語がある。
あるいは最初から続きがあったのかもしれないが、
何らかの影響で書物にはまとめられなかったのかもしれない。
以下はその続きである。
■
…醜いまま理想の女性となった上、自分を愛するようにと命じた男は他の女を作ったので、自分が必要なくなったことを悟って自殺を図るが、死ぬことはできなかった。
醜くて嫌われていても男は愛されてはいたいと思っていたからだった。
「自分より弱い人間がいてほしい」という理想を押し付けられたので理想の女性は醜いまま存在し続けなければならない。
理想の女性は男に頼んで自分を忘れてくれるように懇願した。
「もう私なんて必要ないんでしょう、だったらせめて私のことを忘れてちょうだい」
しかし男は自分より弱い人間が存在してほしいという自分の醜い感情に気がついていないので、「なんのことかわからない、変なことを言わないでほしい。精神病院にでも行けばいいのではないか。自分は醜いお前らに騙された被害者だ」と言って彼女を拒絶して家の門を閉じて追い出し、男はそのままいなくなってしまった。
理想の女性は死ぬこともできず、ずっと誰かより弱く、かといって病気でもないので同情もされることのない存在として有り続けなくてはならなくなったことを悟った。
彼女は何年も何年も殺されるほど憎まれるわけではないが軽度に人々に邪険にされ、昔男が貧しかったころしていた仕事を押し付けられて食い繋いでいた。
女はいっそ誰かに殺された方がまだ情があるのかも知れないと思うようになった。
また「弱い人の気持ちをわかってほしいからもっと苦しんでほしい」とでも祈られたのか、
理想の女はそういった仕事をつまらないと思って生き甲斐を失い、自分より美しく賢く周囲を妬む必要がなく、人徳にも優れた人々を見て苦しんだ。
彼女はある日、教会で仕事をすることで居場所をつくった。たくさんいるシスターの一人として扱われたので誰も彼女の名前をちゃんと覚えておらず、何をしているかも興味がなかったので、聞いても誰も彼女のことをよく知らなかった。
彼女はそこで働くうちに、教会に来る人たちに、ある人からは母親のようだと言われ、ある人からは勇敢な青年のようだと言われ、ある人からは姉のようだと、ある人からは旧友のようだとも言われた。
彼女が鏡を見ると自分には目鼻があるのっぺらぼうになっていた。
自分で理想の自分になろうとしても何かになることはなかったので、神に祈って自分を理想の姿にしてくださいと願うと、やはりそのままの姿だった。
すると、教会の奥に泣き喚く子供がいた。
駆け寄ると、窓に映る自分が母親のような姿になっていることに気がついた。
彼女は神に感謝して子供を実の母親のところに送り届けた。
■
物語はこれで終わっている。これなら救いようのあるお話なのだが、同じ年代に出版された本には記入されておらず、数100年後、伝承をまとめた書物の中に含まれていたので、付け足しされたのは後世の話であり、原本にはなかったと考えられている。
理想の女 ドストレートエフスキー @Qandemic
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