第38話「共存への一歩」

 奥からドシンッと大きな足音を立てて出てきたのは入り口にいたウルフより一回り程大きなウルフだった。

 体つきも異なり体全体が筋肉で覆われているようにがっしりしていた。片目は切り傷のせいか塞がれていたが、もう片方の目は鋭くこちらを見ている。


『俺がコイツらの頭を張っているヴォルグだ。話は少し聞いていたが俺に用があるのか? 話してみろ』


 (ん? リーダーはルドガーとか言うウルフじゃなかったか?)


『ヴォルグ様!……いいんですか!? 人間もいるんですよ?』


 ギンッと二人のウルフを睨みつけるとまた直ぐ下を向いて黙り込んだ。


『コイツらがすまなかった。他の奴らとあまり話した事がないせいか礼儀がなっていないんだ』


 いきなり出て来た時は威圧感が凄まじく、不安になったが他の奴らとは違って話が通じる奴の様だ。


 (良かった。戦闘狂と聞いていたからいきなり襲ってくるかと思ったけど……)


「いえ、こちらこそいきなり来てしまいすいません。今日は少し話を聞いて頂きたくやって参りました」


『ふむ。話してみろ』


 蓮はエルフが森で生き抜く為に必死で暮らしている事、そして食料の調達がウルフが襲ってくるせいで困難な事を伝えた。


 最後に昔の様な共存する形は出来ないのかと相談した。


 リーダーのヴォルグから返ってきた答えは意外な言葉だった。


『ん? おかしいぞ……俺は確かにこの森に巣食う長として皆を率いているが他の種族を敵対として扱えとは言っていない。例えそれが人間であってもだ』


「そうなのか? けど確かにこのエルフ……アイネは昨日ウルフの群れに襲われていたぞ? それに人間に対して強く復讐心を抱いているとも聞いていたが……」


『人間に対して今は良く思っていないが復讐心などはとうの昔に捨てたわ。あれは仕方のない事だったからな……それより他種族への敵対というのが気になる……! まさか。おい! ルドガーはいるか!?』


『……は、はい。ここにいます』


 洞窟の奥で待っていたのかすぐに表に出てきたルドガーと呼ばれたウルフもまた二足歩行をしており、どことなくヴォルグに似ている。


『おい、お前の仕業か?』


『俺は……父さんに言われた通り、森を守っていただけだ! 人間や他の種族が食料を取るから俺達の分が無くなっちまう。それで森にいるウルフ達に……』


『それで食糧目当ての者達を襲わせる様に仕向けてたのか……バカが。俺は元より争う気など無い。息子のお前なら統率してくれると思って任せたんだ』


『けど……! コイツらに昔俺達は裏切られたんだろ!? 許す必要なんてないじゃ無いか!』


 話を聞いていくと、どうやらヴォルグの息子ルドガーが森のモンスター達を率いて人間やエルフを襲わせていたらしい。


『前にも言っただろう? 人間も全てが悪い奴らでは無い。あの時、私が裏切られたのも人間側に理由があったからだ。ほんの些細な誤解から生まれたな……』


 昔ヴォルグは人間やエルフと仲良く暮らしていたが、食糧を独占していると嘘の噂を流されて、街の皆から干されてしまった過去がある。

 ヴォルグの事を良く思っていなかった人間の仕組んだ罠にかかってしまったのだ。


『だからってコイツらがまた同じ事をしないって言い切れないだろ?』


『……蓮さんと言ったかな? こう言った時はウルフの中では決闘をして勝者が全ての権利を持つ事としているのです。無理なお願いとは承知しておりますが、コイツと一戦交えてくれないでしょうか?』


『はあ? 人間とやるのかよ! まあいいさ。これでお前が勝ったら何でも聞いてやるよ。その代わりお前が負けた時は一切森に入ってくるな。そこのエルフもだ! 父さんもそれでいいよな?』


 (結局このパターンか……戦わなくて済むと思ったのに……)


「分かりました。それで分かってくれるのならやります」


 驚く事に葵が返事を返した。


「おい、葵が行くのか? 俺が戦ってもいいんだぞ?」


「ううん、今回は私が言い出した事でしょ? だから私にやらせて!」


 アイネもこくりと頷いた。


「分かった。任せるよ」


 葵なら大丈夫か……


『どちらかが負けを認めたらそこで終わりだ。始めろ』


『いくぞっ! すぐ終わらせてやる!――狂化!』


 ルドガーは体に力を入れると全身の筋肉が盛り上がり大きさが2倍程になった。


 (でかいっ! てかあの筋肉で殴られたらさすがに葵でもキツいぞ。攻撃は当たれないな……)


 と考えていたら既に葵の姿はそこに無かった。開始の合図と共にルドガーの背後にまわりこんでいたのだ。


『なっ、この人間速いっ! がはっ!』


 近距離からの連撃で5発を瞬時に相手の背中に入れるとすぐ様次の行動に移る。


 バックステップと同時に霞を繰り出し3発の斬撃を相手に放つ。


『あぎゃっ! ぐはっ! ぐへっ!』


 強い……ていうか何か少し怒ってないか? あいつ。


「勝手に人間を襲わせてんじゃないわよ! 図体だけデカくなったって当たんなきゃ意味ないわよ!!」


 あ、やっぱ怒ってるなありゃ……


「おい、葵! 殺したりするなよー!」


「大丈夫! ちょっと痛い目あって貰うだけ!」


『くそ! いい気になりやがって! もうどうなっても文句言うなよ!――凶化!』


『ルドガー! それは使うなっ!』


 ルドガーの体から黒い靄が出てきて全身を包んだ。目は充血した様に赤い。


「ヴォルグさん、あれは!?」


『あれは凶化と言って理性を短時間失う事によって全ての身体能力を狂化の何倍も上げる技だ。理性が無い為、何をしでかすか分からん!』


「葵! 気をつけろ!」


 言葉が届くより先に葵はルドガーの攻撃をまともに喰らってしまった。


「葵ーーーっ!」


「――おぼろ


『ぐっ、がはっ……』


――!?


 攻撃を受けたはずの葵はその場でピンピンしており、逆にルドガーが白目剥いて倒れている。


「ふぅ、成功! うん、本番に強いね私!」


「葵? 何したんだ……? 確かに攻撃を受けたはずじゃ……」


「今のは『朧』って言う技だよ。簡単に言うとカウンター攻撃かな」


 葵の使った朧は物理攻撃に対して発動可能なカウンター技だ。相手の攻撃の等倍ダメージを相手に与え、自身が受けるダメージも95%カットしてくれる。


「タイミングがシビアだけど慣れればもっと使えそう!」


「いつの間にそんな技を?」


「蓮がこの森に入ってからウルフ討伐したでしょ? その時に私のスキルレベルも上がったの! 初めて使ったけど上手くいったね!」


『ははっ、お見事だっ! ルドガー! いつまで気絶しているんだ!? さっさと起きなさい!』


 ヴォルグがルドガーの頬を3回叩くと意識を取り戻した。


『俺は……? ぐっ! 何が起きたんだ?』


『お前はそこの女性、葵さんからの攻撃で自身の攻撃を跳ね返されて気絶したんだ……お前の負けだよ』


『そうか……。負けたのか。仕方ないな。お前らすまなかった! まさか人間如きに負けるとは思わなかったが勝負は勝負だ。今後一切他の者達には手を出さないと誓おう』


「やけにすんなり認めるんだな?」


『ああ、プライドは勿論あるが、負けを認めないのはそれこそ弱き者だからな。しかし、次は負けない! また是非とも手合わせお願いする!』


「いいよ! 次も負けないからね!」


「アイネさん! 丸く収まった気がしますけど良かったですかね?」


「はい! ありがとうございます! ヴォルグさんとルドガーさんもありがとうございます! これからは少しでも昔に近づける様に共存の道を進んでいければと思います」


「ヴォルグさん。また近い内に来ます! 今は別の用事があって長居出来ないのでその時にこれまでの事やこれからの事を色々お話させて下さい!」


『勿論だ! その時までには互いが共存できる様な場所に向かっている事を誓おう』


 蓮はヴォルグと固く約束するとエルフの里へ戻った。

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