第31話「VSヘルン」

「――ヘルンッッッ!!」


 部屋に入りすぐさま周りの様子を確認したが誰もいない。


「おい、さっき来ていたタワー連合の人達はどうした?」


『ああ、それなら消したよ。 私が見たいのは強者だからね! どーせ逃してもこの上の階層の管理者に殺されていたさ』


『1人だけ可能性を秘めてた奴がいたからそいつは逃してやったけどねぇ』


 蓮の怒りは頂点に達していたがどこか落ち着いていた。むしろいつもより冷静ですらあった。


「改変」


 両の手に持つ剣にそれぞれATKとAGIを付加して構えた。


「硬質化」


 スキルを唱え終わると同時に影移動でヘルンの背後に回った。


「はっ!」


 ヘルンは後ろを見ずに瞬時に横へ避けた。


『これは……影移動だね。トレースでモンスターから奪ったのかい?』


「――!? なんでお前がそんなことまで知ってるんだ?」


『んー、私が与えたからね。カスタマイズスキルは。これ以上は何も言わないよ。知りたければ私を倒して上の管理者に聞くといいさ』


 (どういうことだ? ヘルンが与えた?)


「蓮! 避けて!」


「――!」


 ヘルンの腕から放たれた黒い塊が蓮の横を通っていった。後ろの岩の壁に衝突するとその箇所が丸々消滅していた。


『よく避けたねぇ! 素晴らしい反応速度だ! けど次は避けれるかな?』


『グラビティホール』


 ヘルンの周りの地面が小刻みに揺れて周囲に重力場の様なものが現れた。


「かはっ!」


「集の矢!」


 百合が放った矢がヘルンの体に命中して攻撃が解かれた。しかし、ヘルンは全くダメージを受けていない。


「君達も中々やるじゃないか! けど、まだ熟してない……フフッ」


「葵、百合! もう一度攻撃を仕掛けるから合わせてくれ! 一気に仕留める」


「分かった!」


 蓮達はタイミングを合わせて一斉に攻撃を仕掛けた。


「影移動!」

「霞!」

「パワーレイン!」


 葵と百合の攻撃は確実にヘルンに届いた。手応えも十分にあった。


 蓮は瞬身で続け様に攻撃を仕掛けているが、ヘルンはダメージを受けているはずなのにも関わらずフードから不気味な笑みがこぼれ落ちていた。


『惜しいねぇ。いい攻撃だったけど私には効かないよ』


 そう言って漆黒色のフードとローブを取るとピエロの様な顔面に華奢きゃしゃな体が姿を表した。


『ご褒美に私のスキルを教えてあげよう。スキルは重力制御。攻撃も全て体に触れた途端に下向きの重力によって体には伝わってこないのさ』


「そんな! それじゃ私達の攻撃じゃ倒せないってこと……?」


『蓮って言ったかな? 君の力はまだ見てみたいけど他の子達は少し眠っててもらうよ。――重力制御


 ヘルンが腕を前方に向けると葵と百合は凄い勢いで壁へと吹き飛ばされ打ち付けられた。


「葵! 百合!」


 打ち付けられた反動で気絶している様だが、命は落としてなさそうだった。


『殺してはないよ。勿体無いからね。でも……君が私に負けた時は命の保証は出来ないかな』


 (あいつに攻撃さえ当たれば……普通に攻撃しても重力で攻撃はいなされてしまうし)


『さあ! 残ったのは君と私の2人だけだ! 全ての力を出し切って私を楽しませてくれよ?』


「言われなくてもすぐに倒してやるよ」


 とりあえずあいつの攻撃には当たれない。きっと流転るてんで重力攻撃をあいつに返したところで無力化されてしまうし。

 俺が今出来ることは攻撃を繰り返し行い攻撃を出させないようにするしかない。


「たぁっ! はぁっ!」


 蓮のステータスはステータス倍化の効果で攻撃力、俊敏性ともに相当な高さまで上がっているにも関わらずヘルンはこの速さに対応している。


 (おいおい、管理者だからって何でもありかよ……)


 重力制御云々うんぬんの前に連の攻撃が当たらない。


 あいつが想定していない攻撃、あいつの予想を超えた動きをしないと攻撃を通すのは難しそうだ。


 そこから暫くはお互い攻め手に欠けた攻防を繰り返した。ヘルンの攻撃も蓮のスピードの前には中々当たらず範囲攻撃を出そうにも蓮は一定の距離を保って攻撃していた為、中々捉えることができなかった。


 蓮はふとここに来る前に百合がやっていたスキルの同時使用について思い出していた。


 (もしかしてスキルを特定の組み合わせで発動すれば全く別のスキルへと昇華させれたりしないか? あいつの意表を付ける技に……)


 しかし、どの組み合わせのスキルが複合されるのか分からないので適当に出していくしか無い。


 (影移動と硬質化はさっき一緒に出しても何も起きなかったよな。それなら……)


「影移動! 炎陣!」


 焔からトレースしたスキルと影移動を組み合わせて発動した瞬間、蓮が移動するのでは無く炎の渦が相手の影の周りに現れ、テルンを巻き込んで辺りを燃やした。


 (影移動の移動対象をスキルにも適用できるのか……けどこれは昇華というより単純な2つのスキルを組み合わせただけだな)


『くっ、炎が急に!? だが……重力制御!』


 一度体に触れた炎は消えないという性質には気付いておらず重力制御で燃え上がる炎は鎮火させたが腕に纏わりつく炎は消えない。


『消えない炎ですか……仕方ないですね』


 ヘルンは自分の右腕にスキルを使い、右手ごと炎を消滅させた。


「なっ! 自分の腕ごと消滅させたのか!?」


 (だがダメージは与えれた。想定外の攻撃ならあいつを倒すことが出来る……まっと致命的な攻撃を与えることが出来れば)


『流石に今のは想定外でした。スキルを複合とはやりますね! けどもう今の攻撃は喰らいませんよ?』


 確かに奴の反応速度なら何が来るか分かっていれば体に触れる前に消滅させてしまえる。


 もっと手数の多い攻撃を瞬時に与えれれば……


『次は私の番です――重力制御


 蓮の体がヘルンへと引き寄せられる。とてもじゃないが抵抗できない。


 (くっそ、このままじゃ攻撃範囲に入ってまた範囲攻撃を喰らってしまう。次あの攻撃を受けたら防御を上げたとしても致命的だ)


 咄嗟とっさに蓮はスキルを3つ唱えた。この攻撃が効かなきゃ多分そのまま硬直して今度こそやられるけど仕方ない。


「頼む!」


「瞬身! 炎舞! 隠蔽!」


 すると突然蓮も含めて周りの時が止まり聞き覚えのある声が聞こえてきた。


『……ジッ、ジジッ』

『特定スキルの複合を確認――カスタマイズスキル《MIXミックス》を発動』

『ナビゲーションと共に周りの時間を止めております』


 (これは! スキルを初めて発動した時と同じ声だ)


『決められた3つの要素のスキル複合を確認した為、新たなスキルを習得します』


 蓮の体が一瞬強い光で包まれた。


『《空間斬撃(炎)くうかんざんげきーえんー》を習得』


『時間停止を解除します』


「ちょっ! おい! 待て!」


 時間停止が解除されるとテルンへ向けて再び強い力で引き寄せられる。


 さっき使ったスキルは発動していないって事は複合されて無効になったって事か?


 (考えてる暇はないな。さっきの奴の言葉を信じてみるか。技の名前的に剣は振らないといけないんだよな……?)


「――空間斬撃(炎)!」


 引き寄せられる中、蓮は技の発動と共に白剣を思い切り誰もいない目の前に振り抜いた。


……


「……え? 何も起き……ない?」


『なんだ? 威勢の良い声で何か面白い事をしてくるかと思ったのに何も起きないじゃないか! ククッ! 君ならきっと私に勝ってタワーの秘密に辿り着いてくれると思っていたのに残念だよ……お終いにしよう』


――ボォッ、ボォッ、シュッ、シュッ、ボォ


 ヘルンが攻撃を出そうとした瞬間、ヘルンの周りから真紅しんくに染まった斬撃が炎を上げながら無数に現れた。

 空間から急に現れたと言った方が正しいだろう。


 斬撃は空間から現れるやヘルン目掛けて凄まじい速さで放たれていく。さながら、斬撃が瞬身スキルを使っているかの様だった。


『何だこれは……グハッ、ガハッ。重力制御が間に合わない』


 重力制御でいくつかの斬撃は無力化されたがとてもじゃないが全ては処理出来ない程の数の斬撃が襲い掛かった。


「いけるっ! 引き寄せも解除されたし、今ならとどめをさせる!」


  蓮は更に剣を振り抜き一気に斬撃の数を増やしていく。


「これで終わりだっ! はぁぁぁぁぁぁっ」


『グフっ、ハァ、ハァ、ハァッ』


 無数の斬撃がヘルンの胴体に襲い、体からは炎が上がっている。重力制御でも消せないぐらいまでに……


『ふぅ……甘く見過ぎましたね。まさか3つのスキルを合わせるとは……お見事です……』


『貴方ならきっと私から何も教えずともそのスキルの本質に気付いていくでしょう。楽しかったですよ。でも上の階層の管理者はこんなに甘くありません。気を付けなさい』


 そう言うとテルンは腕を伸ばし蓮に向けて黒い塊を放った。


『もう時間が無いので、タワーの事やスキルの事をお喋りする時間は無さそうです。代わりにそれをあげましょう』


「おい! ちょっと待て! 聞きたいことが……」


 そう最後に言い終えるとテルンは炎と共に消滅していった。

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