第12話「エリアボス討伐戦②」

「大丈夫かっ!? 一度後方へ下がれっ!!」


 黒崎の声が部屋全体へ響き渡り蓮たち後衛のパーティーも一斉に前方へ視線を移した。


 そこには五メートルを超える大きさのオークキングが身の丈ほどある武器を叩きおろしていたのだ。


 それまで静寂不動を貫いていたボスが急に動き出した。


 周りを見回すと取り巻きの数は残り数十体になっていたことから、おそらく周りを囲うゴブリン達の数に応じて動き出すと言ったところだろう。


「前線は2つに分かれてボスと取り巻き両方を相手するんだ!」


 複数のパーティーがオークキングへ向かって攻撃をしようとするが全て寸前で避けられてしまった。


 オークキングのレベルとこちらの攻撃部隊のレベルが釣り合っておらずそもそも攻撃すら当てられない。


「まずはあいつの機動力を奪え! 左右に分かれて足元に攻撃を集中させるんだ! 後衛は上体に攻撃を当てて注意を逸らせ!」


 後衛の遠距離スキルを持つホルダーが一斉にボスに向かってスキルを発動した。


 それと同時に二つのパーティがそれぞれ左右に散るとボスの足元に入り込みスキルを発動した。


 様々な色のエフェクトと共に攻撃が繰り出される。


「たぁぁぁっ! はっ! やぁぁぁっ!」


 一瞬、体のバランスを崩し転倒しそうになる。若干ではあるがダメージも入っていそうだ。


「ぐおおおぁぁぁぁあ!」


 オークキングは攻撃を受けながらも武器を構えて足元の数人目掛けて強烈な蹴りを入れてきた。


「なっ!? ぐ、かはっ……」


 足元で攻撃をしていた二人が反撃に合い壁際まで吹き飛ばされてしまった。


 追撃をしようと蹴り飛ばした人間目掛けて武器を振り上げながら敵は走り出していた。


 壁に叩きつけられた反動で逃げる事も出来ないメンバーに向けて黒崎は大声で叫んだ。


「早くっ!! 早くビブルカードを使え!!」


 その場で倒れていた二人はビブルカードを使おうとするが一向にタワー入り口へ戻らない。


「なっ、カードが使えない!」


「俺もだっ! 使えないぞ」


 二人は前を向くとオークキングの攻撃が目前に迫っていた。

 

「……! ひぃ!!」

 

 オークキングの一振りで二人は宙高く舞い、地面へ落ちた。


 すぐに二人の元へ黒崎含め多くのホルダーが駆け寄っていったが、既に命は無い状態だった。


 蓮達は少し離れた場所からその光景を目の当たりにしていた。実際に人がタワーで亡くなる瞬間を見たのはこれが初めてだったので恐怖で足がすくんでいた。


 この様子を見ていた100人余りのホルダーは一様にエスプカードを出し使用した。


 だが、誰一人として帰還できるものはいない。


 そして、ほとんどのホルダーがパニック状態になりまともに戦う事も出来ていない。


 それもそのはず……これまでタワーにはエスプカードがあったからある程度の危険もかえりみず挑むことができていたからである。


 その当たり前が無くなったのだ。

 

「落ち着け! 周りのモンスターはほとんど片が付いた! みんなでボスに攻め込めば勝機はある!」


 けれど、初めの時のように士気が上がる事は最早無かった。一度心の中で折れた気持ちは中々戻るものではない。


「蓮! しっかり!」

「お兄ちゃん……!」


 蓮も同様に恐怖で思考が止まっていたが、二人の声で少し冷静さを取り戻した。


 二人の声もどこか震えているようで恐怖が伝わってきそうだった。


「ああ、もう大丈夫だ! ありがとう! ひとまず俺たちは前線に立つのは難しいからいつでも援護に入れる位置を保とう。けど危なくなったらすぐ後ろへ退くんだ」


 二人は頷き「分かった!」と答えた。


――部屋に入ってから30分程経過した頃


 もうエスプカードによる帰還が無理と割り切った者達が攻撃を始めていた。


 オークキングに対して攻撃パターンが分かってきたのかヒットアンドアウェイを繰り返して徐々にダメージが入るようになってきた。


 今攻撃をしているのは60人ほど。


 残り半分は戦意を失った者や亡くなってしまった人々だ。


 ただ、攻撃が入っているとはいえ、決定的な攻撃を入れることは出来ず、周りの集中力も切れかけていた。


 黒崎はこのまま戦いが長引けば確実に全滅してしまうと考えていた。



 (賭けになってしまうが……やるしかないか)



「俺がやる。近くにいると危ないから他の皆は下がって援護してくれ」


 そう告げると黒崎は背中に背負った大剣を軽々と鞘から抜き身体の前に構えた。



「瞬身……」



 スキルを発動すると武器ではなく黒崎の全身からぼんやりとしたオーラのようなものが波打ち始めた。


「いくぞ……」


 言葉を一言だけ発するとそこからは一瞬であった。


 蓮は目の前で何が起きたかすぐには理解できなかった。蓮が一回まばたきをした間に黒崎がオークキングの背後にいたのだ。


「これが瞬身。黒崎さんのスキルか! 相手もあの速さについていけていないし、これならいけるんじゃないか」


 黒崎はそこから立て続けに攻撃をし続けた。しかし、それは攻撃をし続けなければならない理由が二つあったからだ。


 一つは一回の攻撃で敵に与えるダメージ量が低いこと。


 黒崎はAGIこそ同レベル帯の中では高かったが、その分ATKはかなり低い。


 これでATKが強かったら本当の化け物スキルになっていただろう。



 二つ目は、スキル発動後に瞬身の連続使用が途切れた場合に30秒間身動きが取れなくなるからである。


 これは致命的ではあるが、基本的にとどめを刺す用途でしか使ってこなかったのでこれまではそこまで気に留めていなかった。


「はぁ、はぁ、はぁっ……」


 オークキングに対して瞬身による意識外からの攻撃を当て続けるごと十数回を過ぎた頃。


 相手も相当なダメージが蓄積してきているのか攻撃が鈍くなってきた。


 (あと少し、あと少しのはずなんだ……)


 黒崎が瞬身で移動をして攻撃をしようとしたその瞬間、オークキングの体が赤く光りこれまでのダメージが無かったかのような動きを見せ反撃してきた。


「あ、あれは」


 蓮には見覚えがあった。第五階層で戦ったボスゴブリンが盾を壊された時と同じ光景だったのである。


「もし同じ効果ならマズイ!――黒崎さん!」


「なっ!?かはっ……」


 黒崎は攻撃を途中で止めることが出来ず、オークキングの攻撃を真正面から受けてしまった。


「おい!大丈夫か!?」


 黒崎は瞬身というスキルを得たためかATKの低さと同じくらいDEFも低かった為、先程の一撃が致命傷となってしまった。


 蓮の目の前まで吹き飛ばされた黒崎からは既に生気が感じられない。


 リーダーがいなくなり統率がとれなくなった他の人々は防戦一方となっていった。


「黒崎さん……」


 ふと黒崎に手を伸ばした蓮の目の前にウィンドウが表示された。


 ≪トレース対象を検知≫


「いきなりなんだ? いくら試しても発動自体しなかったのに……まさか」


 蓮は再度、黒崎に向けて手を伸ばしてスキルを発動した。


「カスタマイズ[トレース]!」


……


 ≪スキル「瞬身」をトレース(ストック1/8)≫


 (これって、黒崎さんのスキルを習得したって事か?)


「お兄ちゃん? 今のは何?」


「新しく使えるようになったスキルなんだけど、どうやら亡くなった対象に使用できるみたいなんだ。多分その人のスキルを俺も使えるようになったんだと思う」


「そんなことが出来るなんて……蓮のスキルって一体なんなの?」


 (正直、自分も分からないが此処までくると明らかに通常のスキルからは逸脱したものみたいだな……)


「俺だって聞きたいよ。けどこの状況、こいつのおかげでもしかしたら切り抜けれるかもしれない」


「だから今はこの状況を乗り切るために葵と百合も援護を頼む!」


「――分かった。こんなところで終わりたくなんてないからね。援護は任せて!」


「分かった! 後ろからの援護は任せて!」



 二人に一瞬笑みを見せてから、蓮は大きく息を吸い込むとゆっくりそれを吐き出し極限まで集中した。

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