第5話です 名は体を言葉は立居を
私たちは電車に乗って数駅離れた町に向かいました。
大都会という訳ではないですが、ここら辺では一番大きな町です。
本屋だってありますし、図書館だって、あと中古本屋もあります。
商店街やデパート、美味しいレストラン、カフェ、バーや映画館。
スイーツのお店もあれば、お菓子だって売っています。
それだけではありません。
色々な機器のそろったゲームセンターだってある。
数駅離れただけで郊外とは別世界。
まるで未来の世界にタイムスリップしたみたいな感覚です(冗談です)。
当てもなくデパートを見たり、町の中を食い歩きしたり、ゲームセンターでゲームをしたり、面白おかしく遊びました。
こういうのは二人だから面白いのですね。
近年では一人○○が流行っていますが、私はその流行に乗り遅れています。
一人のときなら大抵本を読んでいるか、猫のように縁側で日向ぼっこしたり、家でお菓子を作ったり、完全なインドア派で町に繰り出そうとはしません。
唯一出るとすれば映画を見に行くときとか、本屋や図書館に行くときくらいです。
ふーちゃんは言うなれば、私と外の世界を繋ぐ架け橋。
ゲームセンターを出て、町の花時計がある中央広場のベンチでひと休憩していると、私が一人で外に出たくない原因が、何の予兆もなくやってきました。
「ねえ、きみら、暇してるの?」
三人組の男性グループに声をかけられたのです。
髪の毛を金、銀(白銀)、銅(茶色っぽい)に染めたメダルのようなチャラ男たちでした。
いわゆるナンパらしいです。
こういう町に出てきて、一人でいるとこのような殿方に声をかけられるので、一人で町に出たくないのです……。
私は自慢じゃありませんが、殿方をあしらうのが上手くありません。
大抵の殿方は「ごめんなさい」とか「連れがいます」とでも言えば引き下がってくれるのですが、しつこい人はいつまで経っても引いてくれません。
ですが今回はそのような心配はいりません。
「目的はなんや!」
ふーちゃんは毅然とした態度で質問を質問で返しました。
男気があり過ぎです。
メダル三人組は鳩が豆鉄砲を食ったよう、または猿と犬が対峙したときのような顔を浮かべました。
「ナンパやろ! ごめんやけど、うちらお兄さんらと遊ばんで」
道行く人々が興味深そうに振り向きながら、かと言って立ち止まらずに行きかっています。
カウンターをくらわされた、三人組はあたふたとして、慌ててふーちゃんの話をさえぎりました。
「そうだけど、下心なんてないって……。ただ可愛い子がいたから声をかけてみようと……」
これほど説得力のない言葉があるでしょうか。
「あいにくな、すーちゃんはお兄さんらには興味ないわ。それどころかすーちゃんは男に興味……」
私はふーちゃんの横腹を小突いて、笑顔を向けました。
メダル男たちは自分たちの手に負えないと思ってくれたのか、漫画で見るような感じの、すたこらさっさという擬音をたてながら立ち去っていきました。
何はともあれ一件落着。
さすがふーちゃん、男気溢れていて惚れてしまいそうです。
もしかして、これが恋? なんて――。
昔からふーちゃんには助けられっぱなしです。
私は大人びて見えるのか、中学のころから殿方に声をかけられることが度々ありました。
その度にふーちゃんが文字通りの、悪い虫を追い払ってくれたものです。
本当に良き友に恵まれたものですね。
広場の中央にある花時計が午後五時半を指していました。
大都会と違って電車が次から次に出ている訳ではないので、電車が来るまでもう少し時間があります。
「すーちゃん、ここにいたら危険や、カフェで時間潰そう」
「ここは比較的安全な日本ですよ。そうそう危険な目に――」
「日本だって、どこだって危険なの。そこら中に野生の野獣がうろうろしてんだから。少しでも隙を見せようものなら、喰われちゃうんだって。だから野獣使いにならないといけないの」
猛獣使いではなく、野獣使いですか。
はあ……と答えて私たちはギリシャ神話の怪物がロゴに使われている、某有名なカフェに入って、高くて甘いキャラメルラテを注文しました。
味を一言で申しますと、甘いです。
甘々、とんだあまちゃんです。
美味しいですが、甘いです。
甘い物は美味しいです。
甘くすれば甘くするほど値段が上がるのでしょうか?
甘い物を飲むと、しょっぱいせんべいが欲しくなります。
ですが、売られているお菓子やケーキなども、全て甘そうですね……。
蟻が甘い物に群がるようにカフェの中は、座る所がないくらい人々でごった返していました。
何とか窓際の席に座ることができ、一安心です。
休むために立ち寄ったのに、疲れたんじゃあ元も子もありません。
電車の時間までふーちゃんと他愛無い話をして、帰りの電車に乗りました。
ふーちゃんの家は私の家から近いので、家の近くまで一緒です。
十字路で分かれて、午後七時半過ぎに家に帰ってきました。
「おおおおおお、菫! 大丈夫だったか! 悪い虫にちょっかい出されなかっただろうな! 父さん心配したぞ!」
小っちゃいおっさんが、飼い主を出迎える犬のように玄関に一直線にかけて来ました。
何度も言うようですが、おっさんなのに子供のような穢れないつぶらな瞳をしていて、前歯が欠けていて、昭和のお父さんのような恰好をしている、どこかのゆるキャラのことを言っている訳ではありません。
「お父さん、心配し過ぎです。そんなに心配しなくても、私は大丈夫ですよ」
私は足下にまとわりつく、小っちゃいおっさん(父)を適当にあしらいながら、靴を玄関角にそろえて居間に向かいます。
「そうか、ふーちゃんと一緒だったんだもんな。だったら安心か」
父に金銀銅三人組の話をすると気が動転して何をするかわかりません。
「おかえり、晩ごはん食べるから服だけ着替えて来な」
母は菜箸片手に、とんかつを揚げていました。
粗めのパン粉がきつね色にカラっと上がっていて、油の光沢が食欲をそそります。
外で色々食べて来ましたが、晩ごはんは別腹です。
フードファイターの人に細い人が多いように、私も見かけに寄らず、よく食べます。
フードファイターになれるかもしれません。
私は急いで制服を着替え、荷物を机にほっぽり、うがい手洗いを忘れずに済ませて食卓に着きました。
私が席に着くと同時に、最後のとんかつが揚がり、家族四人の夕食が完成しました。
「ピッタリね」
母はとんかつをザクザク切ってキャベツの千切りとミニトマトが盛られた皿に、とんかつを立体的に盛り付けました。
その上からオイスターソースとお好みソース、ケチャップと赤ワインで煮詰めたソースを添えています。
「食い意地は張ってますんで、食事には遅れません」
「おかわりならありますからね」
祖母は別皿に盛られたとんかつを指さしました。
「ありがとうございます。お祖母ちゃん」
祖母は礼儀正しい人でした。
私の礼儀正しさは祖母の影響と言っても過言ではありません、たぶん。
名が体を表すというように、言葉は
お釈迦様の教えの中にも礼儀正しい言葉遣いが含まれているのではなかったでしょうか。
丁寧な言葉を使っていると、脳は丁寧な人格を形成するのです。
例えば一人称はその人の我を表していると思いませんか?
私という一人称を使うと丁寧に聞こえますし、僕なら健全でおとなしそうな気がします。
俺ならオラオラっぽいですし、あたしなら姉御肌っぽい。
気が弱いことに悩んでいるなら、いっそ一人称を俺に替えてみれば心は強くなるかもしれません。
一人称の大切さ、言葉の大切さがわかっていただけましたか?
今の時代、汚い言葉が溢れ過ぎているのです。
言霊という信仰がある通り、言葉には本当にすごい力があるのですよ。
ある偉大な魔法使いがおっしゃられた通り、言葉は人を傷つけることも癒すこともできる魔法なのです。
哲学の世界では言葉が世界を形成しているという考えがあるくらいですからね。
ソシュールは言葉を差異のシステムと言っています。
言葉とは物を区別するために生み出されたツール。
価値を区別するためのツールなのです。
価値があるものにしか名前はありません。
例えば道端に転がっている石はどのような形状をしていようと石という名称しか持ちません。
ですが石を食料にしている宇宙人がいたとしたら、私たちが色々な食べ物に名称をつけているように、形状の違う一つ一つの石に名前を付けているはずです。
つまり、言葉とは差異のシステムだと言っているのです。
卵が先か鶏が先かというように、思考が先なのか、言葉が先なのかという議論もあります。
言葉があるから人間は抽象的に物事を考えられるのだという人もいますし、言葉があるから人間は具体的に物事を考えられるのだという人もいます。
はたしてどちらが先なのでしょうか?
私は思考が先にあり、その抽象的な思考を具体的にするために言葉が生まれたのではないかと考えます。
まあ、本当のところはわからないのですが。
私は大きなとんかつを三枚平らげて、豚さんに感謝しました。
手を合わせて私に食べられたすべてのものと、私の口に入るまでに携わっている多くの人々に感謝をするのが食前食後の儀式です。
私は思うのです。
神様に感謝する前に、命と大地の恵み、そして人々に感謝しなければならないと。
神様に感謝するのはその後です。
というわけで、ごちそうさまでした――。
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