第95話 亀裂

 アルテュール家臣団の新たな仲間、ルイスが自宅の裏庭でリバース嘔吐している頃。アマネセル国首都スーペルノーバにそびえ立つ白亜の城、城内にある廊下に若人の集団二つがあった。


 若干黄色がかった肌、黒色の瞳と髪、童顔。

 二つの集団、それぞれを構成している若者たち計11名をアルが一目でも見れば言うだろう―――『同郷だ』と。


 そう、彼らは異世界へと呼び出された日本人である。年のころはほとんどが17歳、一部16歳の高校二年生。異世界―――超大陸テラに勇者として召喚される前は千葉県立美浜高等学校二年五組こそが彼らのいるべき場所であった。


 争いごととは無縁、平和な現代日本社会で多少の不自由はあれどほとんど苦労することなく高校に当たり前のように進学した世間知らずの子供たち。


 そんな彼らを取り巻く環境は異世界に召喚された日を境に激変した―――。


 日本人の心体の拠り所である風呂は我儘言って毎日入れるようにしてもらえたが、食事やトイレ、娯楽の何から何までが全て一段二段の格落ち。

 無意識下で行っていたフォークやナイフの使い方、古典の授業で習った尊敬語、謙譲語、丁寧語以外の礼儀作法の実技講習。汗と涙と血、吐瀉物に塗れた体力づくり、料理包丁の何倍も長く重い金属製の武器を使っての鍛錬。

 高校ではあれほどまでに嫌いだった座学が恋しいと何度思ったことか。


 彼らの職業は青春あおはるな高校生から一昔二昔前の軍人へとジョブチェンジを果たしたのである。


 しかし、彼らの中にはジョブチェンジをしなかった、することが出来なかった者もいる。

 異世界初日。謁見の間にて行われた適正の儀、そして連日に渡る過酷な訓練の中で戦闘職には不向きであると判断された所謂生産職の者たちだ。


 そして今まさに、城内の廊下にて戦闘職組と生産職組がお互いの存在を認識しあった。


 全員が全員、目を伏せたりどこか居心地悪そうな顔をしているのが生産職組――誤解を恐れずに言うのであれば陰キャグループ。その生産職組を見下し、人によってはニヤついている方が戦闘職組――陽キャグループである。


 一方は堂々と廊下の真ん中を歩き、一方は廊下の片側によりただただ面倒ごとが通り過ぎるのを待つ。


 しかし、生産職組の願い虚しく。面倒ごとは向こうの方から勝手にやってきた。



「―――どうして君たちは稽古をサボっているんだ?」



 声色に侮りはない。あるのは嫌悪感のみ。

 その声の主は名を神楽坂勇也という。

 ダークブラウンのマッシュヘアに180ほどの背丈、整った顔立ちをしている学校に一人はいるであろう典型的なモテ男である。


 そんな彼は生産職組の行動を理解することが出来なかった。

 鍛錬についていけなくなること自体は仕方のないことだと理解が出来る。自分たちとは違い彼、彼女らは戦闘に不向きな適正を有しているのだから。

 だがしかし、それは鍛錬をサボる理由にならない。勇也にとっては怠慢でしかないのだ。


(同郷の仲間である俺たちが汗水血反吐をひり出しているのを見て、知っているのにもかかわらずなんでサボる!どうして鍛錬についていけるようにと努力をしない!)


 勇也の思考回路は純粋でシンプル、そして酷く自己中心的なモノ。生産職組の内心なんて考えちゃいない。

 故に理解できない、しようとしない。彼ら生産者組は下で自分は上であるという日本から引きずってきた価値観があるから。


「……ごめん」


 そんな怒れる勇也にぼそりと謝る青年が一人。

 彼の名は向井正むかいただしという。

 何も手が加わっていない短くも長くもない黒髪に170あるかないかの背丈、人畜無害で温和な顔つきの彼は外面では申し訳なさそうにしながらも内心怒り狂っていた。


(ついていきたくてもついていけない、適正の数字の前では努力は無意味なんだ。お前らに僕たちの気持なんて分かるはずがない!文官や給仕の女性たちから毎日穀潰しって言われてるんだぞ。分かられてたまるかナルシスト!)


 しかし原因や理由が何であれ、自分たち生産職組が鍛錬を行っていないのは、血反吐を吐く思いをしていないのは事実だった。だから純粋な嫌悪感を正面切ってぶつけられた生産職組はここ数か月の間に溜まりにたまった負の感情を吐き出したい衝動に駆られるも唇を噛んだり掌に爪を食い込ませるなどして各自で負の感情を必死に抑える。


 しかし、戦闘職組からすればその沈黙は弱者がただただ強者自分たちに恐れを抱き、縮こまっているようにしか見えなかった。

 故に日頃よりアマネセル国の兵士たちに扱かれコテンパンにされていた弱者は下を見て悦ぶ。


「いいよなぁ?お前らは。図書館に通っているだけで生きてけるんだからよぉ!面の皮何枚あるんだって話だ、クソが」

「マジでそれな。あーしらは一日中扱かれてんのに不平等だねー」

「ですね。ただでさえここは階級差別蔓延る不平等な世界なのですから、僕たちの間だけでも平等に、ね?」

「まあまあ、向井君たちは適正に恵まれなかったんだから仕方ないじゃん。向井君たちの分まで私たちががんばろ?影山君もそう思うよね?」

「…あ、ああ。長谷川さんの言う通りだ」


 直接的すぎる皮肉と暴言。一部、生産職側を思いやるような発言が聞こえたが、言った本人の顔を見れば心にも思っていないと一瞬で分かる。の同調は無視だ。

 

(どうして僕らがこんな思いをしなくちゃならないんだ……僕たちはただ平穏な高校生活を送りたかっただけなのに…!)


「……あれさえ……完成すれば…適正なんて……」


 彼らの怒りの矛先はなにも自分たちを日々罵り続ける戦闘職組だけではない。身勝手に私利私欲のために自分たちを召喚した者たち、アマネセル国の重役にも向いていた―――


「あ?何か言ったか?聞こえねぇよ。喋るくらいは出来んだろ!」

「……何も言ってないよ」

「ぜってぇ言っただろ!」

「…政宗、もういい。―――残念だよ向井君。それに阿蘇君、前島さん、坂東さん、島原君。君たちには失望した。ここにはいない生産職組のみんなにもだ。僕たちの…セレスティナ様の邪魔だけはしないでくれよ?」

「……」


(そっちこそ邪魔しないでくれ。あれさえ―――さえ完成すれば君たちは用済みになるんだ。セレスティナ様のお役に立つことが出来るのはお前たちじゃない。僕たちだ…!)


 ―――ただし、セレスティナは除く。




「アマネセルは勇者ともども実に愚かですねぇ……まぁ、我が国にとっては好都合でしかありませんが…」



 その愚かな忠誠心さえも男にとっては想定内―――。

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