第94話 新たな仲間


 フェアカウフ商店の裏庭。

 額を地面に擦り付け、上ずった声で俺に対して謝罪するよく似た栗色の頭が二つ。


「「申し訳ございませんでした!!!」」


 ホラーツとその妻ドロテアに事情を説明し終えた俺が裏庭に出たところ、所謂ジャパニーズ土下座をした兄デニスと弟ルイスが俺の視界に飛び込んできた。


「若様のお眼鏡にかなうのであれば、是非うちの子を部下に!」とフェアカウフ夫妻に納得してもらい、ふぅ、よかったよかったと安心していた矢先の出来事だった。


「おい、ラヨス。なんでこうなった」


(俺がこういった堅苦しい行為を好まないとお前なら知っているだろう?)


「もちろん知っています、アル様。僕もそのように伝えました。しかし二人とも商人には曲げてはならないものがある、と言って聞かなかったのです…」

「二人の意見を尊重した、と」

「はい」


 ラヨスにも色々と考えがあったのだろう。

 まぁ、俺の好みなんかより二人の青少年の強い意志を優先したと考えればそう悪い気がしない。


「……はぁ、分かったよ。俺に対してそれだけ強気に出られるのなら何故あの時…と思わないでもないがな。…まずは二人とも、謝罪は受け取った。顔をあげろ。喋りづらい」

「「…はっ」」


 顔をあげたデニスとルイスの兄弟は俺を見上げる。

 今度はパニクったりしなかった。


 ちゃっちゃとルイスの剣才をこの目で見たい俺は早速用件を伝える。

 もちろん、これ以上威圧しないためにも口調は普段通りに戻してからだ。


「えっとなぁ、今日俺たちがここを訪れた理由はルイス、君を俺の部下に加えるためだ。君の親御さんにはそのことを伝えているし、許可も取っている。後は君の剣才と気持ちだけだ」

「えっ、ええっ!僕がですか!?」


 驚愕のあまり大声をあげるルイス。


 まあ無理もない。当事者同士の繋がりもなければうちヴァンティエール家とこれといった親交もない。それでもと挙げるのならひと月前、俺が王都にいた頃にあったラヨス達の実地研修だけ。

 自分を次期辺境伯爵直轄の部下になどと話が飛ぶことはありえないのだから。


 でも、俺は決して冗談を言っているわけではない。気軽に話せる友だ……部下が欲しいのは本心なのだ。


 今も「え?えっ?僕が!?」とあたふたするルイスを落ち着かせるように、言い聞かせるように、ゆっくりと続ける。


「そ、君がだ。ただいきなり部下にならないかと言われても気持ちの整理がつかないだろうだから「なります!ぜひ僕を若様の部下にしてください!」…まずは君の剣才を見せて……ん?」


(ん?今なるっていった?)


 目をぱちくりとさせてルイスを見る。

 が、お前なんてった?と聞く前にデニスがルイスを叱った。


「ルイス!若様のお言葉を遮るなんて無礼にもほどがあるだろう!…申し訳ありません若様。ルイスには私がよく聞かせておきますので何卒!ご容赦を!」


 再び俺に対して頭を下げるデニスと下げさせられてるルイス。

 気持ちはわからんでもないが面倒だ。今は無礼よりも気になったことがあるからな。


「いやデニス。気にするな。もちろんルイスもだ。ここは公の場ではないから多少の無礼は構わんよ……それよりもだ。ルイス、今君は望んだのか?俺の部下になることを」

「は、はいっ。ぼ、僕でよければ若様の部下にと言いました」

「何故だ?なぜ即答した?」


 そう。俺が気になったことというのは何故ルイスが即答出来たか、だ。

 自分が住んでいる地を収める領主のところに勤めることが出来ること自体が嬉しいからです、と言われたらそれまでだが、少し違う気がする。

 ルイスの眼からは憧れが読み取れたから。それもヴァンティエールへのものではなく、俺個人への憧れだ。


(俺なにかしたかな……)


「え、えっとぉ、実は僕。前から若様に憧れていまして……」


 ルイスはもじもじする。が、男にもじもじされても気色が悪いだけ。


「ほう、憧れる。父上ではなく俺に?」

「はい!」


 もじもじを止めさせるためにもわかりやすくルイスの言葉をそのままに質問すると、元気な返事が返ってきた。

「話してみろ」と顎で促すとルイスはまたもじもじして、えっとですね…と話し始める。


「三か月前、若様たちが王都へ旅発つとき若様が馬車からその、僕に手を振ってくださったということがあってですね…なんて優しい方なんだろう。僕は将来若様の役に立てる人間になりたいと思いました…あっ、その、僕が勝手に若様から手を振られたと勘違いしているだけなんですけどっ、あの、その…」

「…いや、俺は君に手を振ったよ。間違いない」


(あぁ、先ほどの引っ掛かりはこれか…通りで初対面の気がしなかったわけだ…)


 思い出すのは三か月前。王都に向かうために父上と乗り込んだ馬車。孤独感と小さな声援、翡翠色の瞳の少年。

 何故忘れていたのだろう。俺の中の黒歴史だからか?


 ただ思い出したからといって俺が彼に何をすることもない。あの時は勇気をもらったよ、ありがとう、と心の中で自己完結させるだけ。運命ってあるのかな、と柄にもなくロマンチックに思うだけ。もじもじするより気持ちが悪いな…。


「え…本当ですか?」


(……こんなにも簡単に人を信じてしまうルイスの将来が心配なんだが)


 ぽかんとしてから、わ~と口を広げて嬉しそうにするルイスを見てこいつ部下にして大丈夫かな?と思ってしまった。


「あぁ、本当だとも。それとも何か?俺の言葉は信じることが出来ないか?」

「いえっ、信じます!信じさせてください!」

「…はは(犬みたいだ)」


 ありもしない尻尾がブルンブルンと揺れるのを見た。


 まあいい。俺の部下になったからといって将にならなければならないなんて決まりはないんだ。命令に忠実で戦に強い部下というのも必要だろ……て今は違うか。


 今考えていたのはルイスの長期的な活用方法。しかし、それは後で考えればいいこと。考えるべきは短期的な活用方法―――グンターの好敵手ライバルとなりえるかどうか。


 魔法時計からにゅっと剣を二本取り出して一つをグンターに、一つをルイスに渡す。ようやっとここまで来た。


「グンター、待たせたな。はいこれ……ルイスも」

「え、あ、はい。どうも」

「綺麗な木剣だぁ…」

「気に入ったのならあげるよ」

「え、いいんですか!?」

「おう、それくらいならいくらでもやる」

「ありがとうございます!」

「ああ……ラヨス、手筈通りにしてくれ」

「分かりました……二人とも、そことそこに立ってくれ。僕が『はじめ』と言ったら戦闘開始だ。ただアル様は君たちが大怪我することを望んでいらっしゃらない。万が一の場合は仕方ないが、故意に致命傷を与えることのない様に…いいね?」

「おう」

「うん!」


 グンターとルイス、それぞれが構える。

 グンターはヴァンティエールではよく見かける構え。対するルイスはどこかヴァンティエールを感じさせる、しかし我流と言った方がしっくりとくるヴァンティエールとは似て非なる構え。


「――――――はじめっ」

「…シッ……!」

「……ッ!」


 ラヨスによる開始の合図で両者同時に踏み込んだ。


 カンッカンッカンッと木剣同士がぶつかり合う音が聞こえる。


「ラヨス、どう見る?」

「…僕にはグンターの方が一枚も二枚も上手のように見えます」

「まぁそうだろうな…」


 打ち合いは当然ともいえる流れになっていた。

 グンターが攻め、ルイスが堪えしのぐ。しっかりと指導を受けた者とそうでない我流の差。対人訓練を行ったことが有る無しの差。シンプルに剣を握ってきた時間、長さの差。そのすべてが目の前の打ち合いに表れていた。


「はあッ!」

「くッ……!」

「せいッ!はッ!」

「うっ…!うっ…!」


 徐々に押し込まれていくルイス。だがしかし、目は全くもって死んでいない。

 自分と他の孤児院組の差を埋めるべく藻掻くグンターの剣筋、息遣い、目線。そのすべてを剣を受け止めながら観察しているように見えた。


「…やはり、グンターより上だったか……」


 ラヨスやルウは決して弱くはない。にもかかわらず二人はルイスに負けた。それも剣を握り始めてから一週間と二週間で二人を負かしたのだ。


「?…どういうことですか、アル様」

「…なに、ルイスはグンターよりも剣才があるってだけの話だ。見てろ…ルイスは負けるがただでは負けんぞ?」

「……」


 ラヨスとともに再び無言で打ち合いを見つめる。


「ああッ!!!」

「……ぐぅ…!」


 カンッカカカンッ


 打ち合いは終始グンターがルイスを圧倒していた。

 が、最後、グンターは決め手の一撃を欲張った。


「……ッ…」


 ルイスの翡翠色が輝く。

 グンターの一撃は確かに無理矢理ではあるが、疲れ切った終盤に放ったとは思えないほど力の籠った良い薙ぎ払いだった。


 しかし、それよりも深く潜ったルイスには当たらない―――。


 敵に首元を晒しながら深く潜るルイスは防御を捨て、回避を選んだのだ。もちろん木剣を構えることも出来ていない。


「なッ……!」


 だが、グンターの虚を突くには十分すぎる行動だった。


(大胆だな…)


 先ほどまで尻尾を振っていた子犬らしからぬルイスの行動に見ていた俺とラヨスまでもが度肝を抜かれる。


「やあっ…!」


 ルイスは気合の籠った声を上げて頭からグンターに突っ込んでいった。


(決まったか…)


 グンターの敗亡―――。どうやら俺はルイスという少年を見誤ったようだ。


 ―――が、グンターという少年の潜在能力を見誤っていたことにも気づかされる。


「……えっ?………うぐっ!」


 間抜けな声、呻き声は勝ちを確信していたルイスから出たもの。


 そんなルイスの腹にはグンターの膝が綺麗に入っていた―――。


「アル様はこうなるのを予想していたのですか…」

「……お、おう」

「(嘘はいけませんよ?若様)」

「……」


 こ、こうして俺たちはルイスという新たな仲間を迎へ入れることになった。







「うっ…おろろろろろろ……」

「うわっ!ついやっちまった!」

「大丈夫ですかっ!ルイス!」

「母を呼んできます!」

「おう頼む……ホラーツとドロテアにどうやって説明しよう…」


 鳩尾を強打したルイスが地面に虹色を吐き出して、その後が大変だったのはまた別の話…。






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言い訳:新作投稿に夢中になっていました……<(_"_)>

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