第91話 ボッコボコの二人

「今日はここまでにしましょうか」

「…うん、賛成」

「若、元気がないですな」

「散々俺を転がしたオルデン、お前が言うか?性格悪いな」

「はっはっは、褒め言葉ですな。戦場を生き残るためには少しひねくれていた方がよいのです……ですから若も戦場には向いておられる」

「…嬉しくない褒め言葉なんて初めてだ」


 囁かれた明るい未来の可能性によって意気揚々とオルデンに特攻してはや十数分。

 オルデンのいいように地面を転がされ倒れ続けた俺は他愛ないやり取りをしたのち稽古をつけてくれた最低限の礼としてぺこりとお辞儀をしてからオルデンのもとを去る。

 しかし、オルデンのもとを去るからといって練兵場自体から去るわけではない。

 部下の頑張りを見に行かないとな。


「さてと、グンター達は頑張っているかな?」


 土埃で汚れた運動着を手で払いながらそうつぶやき、ふらふらの足を離れたところで稽古を行っているグンター、ラヨス、ルウ、イーヴォのところへ向ける。


 カンカンッカカンッカカカカッ


「くっ…うっ……!」

「グンター君、捌ききれてないわよ!ほらっ、そこ!」

「ぐっ…!」


 俺が孤児院組の訓練スペースに着いたのは丁度グンターがリア姉に虐められているところだった。


(…何やってんの?)


 リア姉は俺たちと一緒に来たが孤児院組たちとは別で訓練を行う予定だったはず。

 なのにどうしてグンターと木剣を打ち合わせているのだろう。


「なぁ、ラヨス。なんで姉上とグンターが打ち合いしてるんだ?」


 疑問を持った俺は休憩中であろうルウとともに座り、二人の打ち合いを見守っていたラヨスに質問した。

 ちなみにイーヴォは少し離れたところでバチバチに打ち合いをしている近衛騎士たちを見ている。彼の第六感とも言える予知能力を鍛えるためだ。


 話しかけられたことによって俺の存在に気づいたラヨスは「アル様、お疲れ様です」と俺の顔を見上げて言い、それから視線を今もなお激しくぶつかる二人に戻してから答えた。


「休憩中のリア様がグンターと教官の稽古を見て突然『私がグンター君に稽古を付けるわ』と仰ったのです。そしてグンターがリア様のお誘いを二つ返事で受け、いきなりこのような打ち合いになりました」


 どうやら、リア姉が打ち合いを吹っ掛けたらしい。


「稽古?打ち合い?……いじめじゃん」

「はい……。」


 目の前で繰り広げられているものを見てふと本音が溢れる。ラヨスも同意だそうだ。

 それほどまでにリア姉とグンターの実力というのはかけ離れていた。


 カンッカンッカカンッ


「ぐっ…く…っ……!」

「守りも大切だけどそれだけではだめよ。守ることしかできないとしても攻めようとする姿勢だけは見せなさい!全く怖くないわ!」

「…くっ……はい!…わっ……」


 喋りながらも手を休めることなく攻め続けるリア姉に対し「はい」と返事をするだけで精一杯の守りに終始するグンター。

 別にグンターに才能がないわけではない。

 庶民としてはむしろある方だ。体格にも恵まれているし将来は立派な戦士になって俺の役に立ってくれるだろう。

 しかし、相手が悪すぎる。

 相手はヴァンティエールの麒麟児だ。

 リア姉は三つの年齢差を感じさせないスピードと柔らかく鞭のようにしならせた体躯から繰り出される斬撃でグンターを圧倒していた。


(やめさせた方が良いかなぁ……)


 あまりのリンチ状態にそう判断し、声をかけ中断させようとする。

 が、俺の行動はラヨスの言葉によって止められた。


「グンターはここひと月、悩んでいたのです」

「悩んでいた?」

「はい。王都から帰ってきたらみんな変わっていた。俺一人変わっていない、って。そう、僕に呟いてきました」

「今、あいつは変わろうと藻掻いている。だから止めるな、と…ラヨス、お前は俺にそう言っているのか?」

「……はい」

「んぅ~……」


 願うような瞳で俺を見てくるラヨス。

 俺は唸りながらもラヨスから目を逸らし剣劇を繰り広げる二人を見る。


(やっぱり実力差あるなぁ……)


 しかし、今注目すべきところはそこじゃないとグンター個人に焦点を当てる。


「くっ…はぁっ!……ぐぅ…」


 その結果わかったことはグンターはしっかりと成長しているということだった。

 剣速といい身体の捌き方といい、王都に行く前よりも格段に成長している。

 でなければ防戦一方といえど、あそこまでリア姉が激しく攻めることなんてないだろうから。

 王都では俺がコネの限りを尽くして王都の騎士団の訓練場に送り込んだからな。

 実際、俺が騎竜にそっぽ向かれている時もグンターは第七騎士団で稽古を付けてもらっていた。

 成長していないはずがないのだ。


 ではなぜ自分は成長できていない、変われていないと思うのか。


「…一緒に王都に行った二人が変わり過ぎたんだ」

「…そう、ですね」


 一緒に行った二人―――イーヴォとルーリーが変わり過ぎた。

 一番の原因はこれだろう。


 特にルーリーだ。

 孤児院組以外の人間に物事をほとんど言わない。言ったとしてもどもってしまい涙目になってしまっていたルーリーは今や大魔導士ばあちゃんの弟子である。

 この前のブレンとイゾルダの授業では他の子供たちとは明らかに質の違う魔法を操っていたのを俺もこの目で見た。

 まぁまだ俺の第1位階の魔法の方がすごいけどな。

 何せ4年もの間、それだけをひたすらに訓練してきたのだ。そう簡単に抜かれてもらっちゃ困る。


(今はそれは置いといて……)


 そして、イーヴォも変わった。

 自分が夢中になれるモノを見つけたのだ。

 彼の場合はそれが木工だった。

 近衛騎士たちの打ち合いを見ている今もその手には何かしらの木工細工をさわさわと触っている。


(おい、誰だイーヴォにあれ買ったの…。俺、買ってやった覚えないぞ)


 とまぁ、グンターの変化はこの二人に比べると確かには小さく見えてしまう。

 100の前では1が10がちっぽけに見えるのと同じでな。

 でも、それでも、成長はしている。

 周りと比べればちっぽけなものかもしれないが確実に成長しているんだ。


 ラヨスもグンターの成長には気が付いている。

 でもそのことをグンターに気づかせてやることは出来ない。

 気づかせてやることが出来るのはグンターと同等、もしくはそれ以上の才を持つ者だけ。

 ラヨスも武術の才能がないというわけではないがグンターと比べると一段二段劣る。

 自分より才能がない奴に「お前才能あるよ。成長している」と言われてもいまいちピンとこないだろう。


 しかし、逆の場合も逆の場合でまた難しい。

 成長に気づかせてあげることは出来るが、方法が大切になってくる。


 自分には到底たどり着くことのできない場所にいる才ある者、しかも年下に叩きのめされて「お前才能あるよ。成長している」と言われたらどう思う。

 え、馬鹿にしてる?って思っちゃうね、俺なら。


 幸いリア姉は慰めの言葉をグンターにかけていないことからこのパターンには突入していない模様。

 でも、ただただボロカスにされて何くそぉ!と思い、立ち向かえるのは一部の主人公とごく一部のMっ気を持つ人間だけだよリア姉。

 あと、俺みたいにプライドを拗らせた人間だけ。

 グンターはこれらのどれにも当てはまらないように見えた。


「ラヨス、止めた方が良いと思うぞ……あれ」


 一度止めるべきだろう。


「……そう、ですね」


 俺の言葉にラヨスも納得する。


 藻掻き続ける中で自分なりの答えをその手で掴み取り己の糧とする。

 それがベストなんだろうが、人間藻掻けば何とかなるんだったらこの世は偉人で溢れている。藻掻いても報われない者が大半だ。


「リア姉~!止まって~!!!」


 俺は自分の存在をアピールするかのように騒ぎ立てながら激しく打ち合っている二人に近づいて行った。

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