第90話 パクりでも極めればオリジナル

『無形』のオルデンは『パクり』のオルデンだった。


 おじい様に『無形』の二つ名を賜ったオルデンが作った流派なのだから、問題はないのだと思うけど聞いておこう。

 自分が学んでいる流派がどのようなものであるかが知りたい。


「えっと~、その、オルデン。真似というか模倣というか、そういうのって許されることなの?なんか、他流派への最低限の礼儀とかに反しないの?」


 それに普通にこの世界の武術の価値観を知りたい。

 どうも、地球のそれとは違う気がするんだ。


 俺の質問にオルデンは腕を組み、う~んと唸り思い出そうとしている。


(礼儀なんて知りません、とかないよね?)


 しかし俺の心配は杞憂に終わる。


「他流派への礼儀ですか……確かにそのようなものもありますなぁ。ただ、本来流派とは強くなるためなら何でもする、というのが当たり前。模倣できるならしてみろが常識ですので」

「へぇ~」


(驚いた、相当に強気な武芸者たちだな…)


 模倣できるならしてみろ、か。

 確かにそんな簡単に模倣できるのであれば流派なんて必要ないもんな。

 だって、教わんなくてもできるのだもの。

 俺の感心と驚愕をよそにオルデンは思い出したかのように続ける。


「あぁ、礼儀と言えるものですとあれですかな……。『今日の敵は明日の友』勝負事の結果は引きずらないとか…。まぁ、守らんものもおりますが」

「オルデンとか?」

「私は守りますぞ」

「でも今忘れてたじゃん」

「…歳です」

「ふ~ん」


(まぁ、いいや)


 つまりはあれだ、別に他流派の武技をパクっても問題ないわけだ。それだけ聞ければ安心だな。

 誤解が怖いので、地面に刺さった木剣を引き抜き稽古を再開させようとしているオルデンに確認する。


「じゃあ、他流派の武技でも何でも模倣していいんだ」

「それはちと違いますな」

「え?」


(あぶねぇ…聞いといてよかった……)


 念のための質問が功を奏した。

 オルデンはまたまた木剣を地面に突き刺し説明を始める。


「模倣してはならんものもあります。……と言っても一つですがな」

「一つ……」

「それは各流派に存在する『秘奥』と呼ばれる各流派秘伝の武技です」

「『秘奥』……」


(『秘奥』…奥義……必殺技か!)


 必殺技、それは男心をくすぐるロマンの一つである。

 アルティメット・うんちゃらとか、ゴッド・うんちゃら・うんちゃらとか、中二の時にやたら叫びたくなる名前を持ったスーパーかっこいいやつだ。

 例え特別な者しか使えないものでも存在するだけで心躍る。そのようなもの。


 (武術の世界にはロマンがいっぱいあるんだな…俺のことを見て嫌な顔するロマン騎竜よりもこっちの方が断然いいや。武技は嫌な顔しないだろうし)


 俺は話してを聞くために興奮状態を嫌なことを思い出すことによって鎮める。

 こんな鎮火方法はイヤだ。


「えぇ、かくいう私もグラディウス流の『秘奥』を一つ会得しておりますが、もう何年も使っておりませんな。私が使えばそれこそグラディウス流の者たちは報復に来るでしょう。『秘奥』というのはその流派が長年、血と汗と涙を流し続けて昇華させた至高の武技ですから――」

「同門以外の者が使ってはならないと」

「そういうことです。その流派の達人たちも滅多に使いません。使えば使う分だけ他流派に情報が行ってしまいますからな。対策されてしまうのです」

「だから『秘奥』は『秘奥』であるわけだ」

「そういうことです」


 まぁ必殺技ってのはとっておいてなんぼのものだ。

 ポンポンポンポン必殺技が出てきたら、もうそれは必殺技ではない。

 というかオルデン、グラディウス流の『秘奥』使えるんだな。

 一つ会得したってことは複数あるってことかな…。


 俺が考え事をしている間にさあ、稽古再開だと地面に刺さった木剣を引き抜くオルデン。

 でもちょっと待って、まだ聞きたいことあるから。

 なんかごめんな。団員のみんな。

 あとで練兵場の地面均すの俺でもオルデンでもないのにこんな深い穴ぼこ作っちゃって。

 どうしても聞かなきゃならないことがあるんだ。


「―――アレス流には『秘奥』ってないの?」


 そう、この世界の流派にも必殺技もとい『秘奥』があるのであれば、聞かねばなるまい。

 俺が今学んでいるアレス流には必殺技があるのだろうか、と。

 たとえそれが俺の手の届かない高みにあるのだとしてもロマンはそれだけで男の子を勇気づけるのだ。


「―――ありませんな」


 しかし、そのロマンはオルデンにバッサリと切り捨てられた。

 オルデンのさも当然のように放たれた言葉に思わずつぶやく。


「ありませんなって……」


(え、それじゃあオリジナリティの欠片もないじゃん)


 項垂れる俺。

 しかし、オルデンはそんな俺を気にせずに続ける。


「アレス流の強みは武技のつながり、これだけです。しかしこれだけで十分なんですよ……『秘奥』など必要ない」

「どういうこと?」


『秘奥』を必要としない―――。


 その言葉に顔を上げる。


(秘奥が使えなくても強くなれるのか?)


『秘奥』とはその流派の達人にしか使うことが許されない武術の極地。

 その内容を具体的に知っていなくても分かる特別の境界線。その向こう。

 俺には超えることのできない線。


 オルデンはその『秘奥』がない、ではなく必要ないと言った。


「『秘奥』とはその名の通り最後の一手。絶対に負けることを許されない勝負。己の技が、流派の技が通用しない、見切られてしまっている。そのようなときに出すのが『秘奥』です。―――では若、質問です。そのような状況に、古今東西数十流派の武技を自在に組み替え自在に扱うことのできる者が―――陥りますか?」


 オルデンはにやりと笑い、俺にそう問いかけてくる。


「理論上では陥らないだろうなぁ……」


 そう、理論上では陥らない。

 実際に陥らないかはわからない。アレス流を使うものの技量によるだろう。

 でも、可能性だけでも十分だ。


 型にとらわれない変幻自在な武術。

 パクりだろうがそれを極めてしまえばそれはもうパクりではない。

 立派な武術オリジナルだ―――。


 変幻自在の型にとらわれない武術、アレス流の開祖『無形』のオルデン。


「私が『無形』である理由が分かりましたかな?」

「あぁ、俺に合っている理由もわかった」


 古今東西のあらゆる武技、型を網羅することのできる万能性が必要とされる武術。


 俺もオルデンと同じくにやりと返す。


「若、それはあなたの強みです。弱点なんかではありません」


 俺ってそんなに顔に出やすいかな…笑っただけなんだけど……。

 微妙な顔をする俺を見てオルデンは優しく微笑む。


「若は私以上に多くの流派を学ぶことが出来るでしょう。それにヴァサア流が加わればベルトラン様に魔法、フリーダ様に武術です―――想像してみてください。『秘奥』を携えた者たちが為すすべなくあなたの前で地に伏す姿を……」


 俺は言われたとおりに想像する。

 自分は特別だと信じてやまない強者たちが、天才たちが、努力して成長した俺に敗れ、悔しさで屈辱で地面を濡らす…。


 悪くない―――。


 そんな風に思えてしまった俺はおかしいのだろうか…。


「―――オルデン、びしばし頼む」


 あくまでも俺の目標はヴァンティエールにふさわしい男になること。

 しかし、それだけではいつか折れてしまうときが来るかもしれない。

 そのようなときに思い出そう、強者の上に立つ自分の姿を。

 それぐらいは許されるはずだ。


「若はまだ幼いのでそこまでやりませんがね…」


(あぁ、早くおっきくなりたい!)


「どぅおりゃーーーーー!」


 木剣を引き抜いたオルデンに俺は感情の高ぶりをそのままに突っ込んでいった———。

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