第89話 『パクり』のオルデン

『勇者』の存在を父上から聞き出した日からひと月が経ったがアマネセル側にこれといった動きはない。

 僅かな動きくらいはあるのだろうけど、要塞と屋敷の間を忙しなく往復する父上からは「特に異常はない」とのこと。

 最前線シアン・ド・ギャルド要塞より離れたスレクトゥの屋敷からではそれ以上の情報は知れるはずもなかった。


「…まぁ、知ったからってどうこうできるわけじゃないけど……ねっ―――!」


 カンッ


「よっ……若、なんか言いました?」


 カンッカンッ


 木と木がぶつかり合う乾いた音が鳴る近衛騎士団練兵場の中。

 ヴァンティエール家近衛騎士団長オルデンが攻撃の手を止めずに話しかけてくる。

 

『勇者』がいようといなかろうと俺がすることは変わらない。

 ヴァンティエールの名が見合うような人物になるべく日々努力するのみだ。


 そんなこんなで今は武術の稽古中。

 稽古しているのはヴァサア流格闘術ではなく、剣術だ。


 武器相手最強のヴァサア流格闘術だけ学んどけばいいじゃんと思われるかもしれないが、考えてみろ。馬の上で拳振り回すか?剣とか槍を振り回すだろ。

 それに王国最強ヴァンティエールの次期当主が武器使えませんじゃ格好がつかない。

 だから、こうして稽古をつけてもらっている。


 しかし、俺が習っている剣術は王道流派であるグラディウス流剣術ではなくアレス流剣術と呼ばれる王道からは逸脱したもの。


 オルデンが勧めてくる武術は俺に適したものであると信じているし、実際ヴァサア流格闘術もこのアレス流剣術も俺に合っているから文句はないんだけどさぁ。

 理由が納得いかないんだよねぇ。


 俺は剣を振るのをやめ、その場で止まる。

 俺に合わせてオルデンも止まった。


「なぁ、オルデン。なんで俺は珍しい武術ばっか習ってるんだ?」


 俺の問いかけにオルデンは木刀を地面に突き刺してから答えた。


「普通は自分の長所と噛み合う武器、流派を選ぶのですが、若は何でもできる代わりに突出した能力がありませんからな。若の良さを余すことなく使うことのできる武術となるとヴァサア流格闘術かアレス流しかないのですよ」


 そう、俺が王道武術を学べない理由とは俺の能力が全てにおいて……そのぉ、あのぉ、何と言いますか…。


「――要は、器用貧乏な若が悪いということですな」

「ぐはっ…!」


 オルデンの暴言ともいえる事実に俺は膝と手を地面に付く。


(少量でいいからオブラートに包んでくれ…。)


「お、俺は自分が器用貧乏だなんて思っていないぞ…」

「『究極の器用貧乏』ですか?」

「違う!」


(皮肉が混じったオブラートなんていらないよ…)


 俺は断じて違うと否定する。


『究極の器用貧乏』と聞いて思い出されるのはヴァサア流格闘術を極めんと決意をしたあの時。

 オルデンが話したヴァサア流格闘術の開祖である『拳神』に関することだ。

 

 王国最強は誰かと聞かれたときに『修羅』『万魔』とともに名が上がってくる男『拳神』ジークフリート。

 彼は自分が『究極の器用貧乏』であると、そして対武器最強ヴァサア流格闘術はその『究極の器用貧乏』にしか扱えないと言ったらしい。


 なので世間一般からすると『究極の器用貧乏』と言われるのは名誉なことだ。


(でもさぁ……ダサくね?)


 しかし俺はそうは思わない。

 だって、究極でも器用貧乏なんでしょ?いやだよそんなの。


 ヴァンティエール家の中では劣っているけど、世間一般から見たら俺は自分が優秀であると思いたいんだ。器用貧乏だなんて認めないぞ。


 それに『究極の器用貧乏』とか言っておいてその名前はズルいだろ。

 ジークフリートってどこぞの英雄様だ。


「……若は若かりし頃のやつとよく似ておられる」


 思考がややくだらないこと所に走り出した俺にオルデンが優しく話しかけてきた。

 その目には悪感情など一切浮かんでおらず、むしろ昔を懐かしんでいるようだった。


「嫌味か?」

「いえ、褒め言葉ですよ。昔は違いましたが今では私はやつ――ジークには手も足も出ません。若も将来はそのようになると言っておるのです」

「…え」


 突然の褒め言葉。

 それも『無形』という二つ名を冠するオルデンからの褒め言葉に驚き、不覚にも嬉しくなってしまった。


(ほ、褒められても嬉しくなんかねーぞ!)


「…どうだか」


 俺は自然と口角が上がっていることに気づき、不愛想なふりをする。

 器用貧乏って言った後に褒め言葉。

 下げて上げる。策士じゃないか…。


(ん?そういえばオルデンってなんで『無形』って呼ばれているんだろう…)


 ふとそんなことを思った。


 じいちゃんの『修羅』、ばあちゃんの『万魔』、ジークフリートの『拳神』。

 それぞれ二つ名の由来はそれぞれなんとなくだが分かる。


 しかし、オルデンの『無形』は全くもって分からない。


(この際だ聞いてみよう)


「なぁ、オルデン」

「はい?」


 地面に突き刺した木剣を抜き、稽古を再開させようとしているオルデンに俺は聞いた。


「なんでオルデンは『無形』なんて言われているんだ?」

「…そうですなぁ」


 俺からの質問に一拍間を置き、考え始めるオルデン。

 少しの時間が経ってから問い返してきた。


「若、アレス流のことをどこまでご存じで?」

「ん~……」


 それはもちろん……


(あれ?そういえば自分が習っている剣術のことほとんど知らないな)


 知っていることと言えばアレス流の開祖はオルデンで、ヴァンティエール近衛騎士団はみんなアレス流の手ほどきを受けているってこととアレス流は剣術のみならず槍術から弓術まで幅広く取り扱っているということ。

 それ以外は知らない。


「あ~、アレス流は剣術だけじゃないってことしか知らないや……」


 勉強不足って思われんのやだなぁ、と思いながらオルデンに言う。

 するとオルデンはそれが当然であると言わんばかりに頷いた。


「まぁ、そうでしょうな。私はそれしか教えておりませんので」


(おい、この野郎。俺の不安を返せ…)


 道理で知らないわけだ。というか最初にもっと詳しく教えろよ。


 非難の眼をオルデンに向ける。

 しかし、オルデンはというと知らんぷりしてアレス流について話し出した。


「アレス流とは若の言う通り、近接武器である剣から遠距離武器である弓まで、多くの武器を取り扱っています。しかしそれはアレス流の特徴であっても強みではありません。アレス流の真の強みは一つ一つの武術の技の組み合わせにあります」

「ほう…」


 武術の技の組み合わせとな…。


 武術の技――『武技』は流派の数だけ存在する。

 例えばヴァサア流の完璧なまでの受け流しは『流』と呼ばれるし、父上が師範代の資格を持っている槍術の王道流派――ロストルム流槍術の武技で、なんだっけ…確か『俊突』ってのがあったはずだ。かくいうアレス流も『強踏』という踏み込みの武技がある。

 そしてその武技を最大限に生かすのが武技の組み合わせで、ヴァサア流ならば『流』で受け流した力を『伝』で自分の力に変え『破』でカウンターといった順番に武技を出すのが最も基本的かつ強力な組み合わせになっている。

 ゲームでいうコンボ技みたいなものだ。

 武技を作り、コンボ技を考え出し、身に着け、継承する。流派はこうやって出来ている。


「武技の組み合わせかぁ…例えばどんなのがあるんだ?」


 前世ではもちろんゲームが好きであった俺は興味本位で聞いてみる。

 俺の眼からはすでに非難の色なんてない。あるのはロマンだ。

 コンボ技っていうのは聞くだけでワクワクするからな。


 俺の期待の視線を一身に受けたオルデンは再び木刀を地面に突き刺してから答える。

 しかし、その内容は耳を疑うものであった―――。


「そうですなぁ…若でも分かりやすい組み合わせですと『流』『強踏』『俊突』ですかな。若でしたらここに『伝』を組み込むことでさらに強力な組み合わせを作れる。…おぉ、ヴァサア流を使える者であれば組み合わせはなお広がりますなぁ!」


(―――え?)


 オルデン、一人でも盛り上がっているところ失礼するよ。

 アレス流のものであればそれはアレス流と言って差し支えないが、今出た3つのうちの2つと全く同じ名前の武技を俺は知っている。


「オルデン、今の武技の組み合わせ――『流』『強踏』『俊突』だっけ?武技一つ一つはアレス流のもの?」


 同音異義武技なのかなぁと思い質問した。

 そんな俺に対してオルデンは何を言っているんだと否定する。


「いいえ、違いますよ。『流』と『俊突』はご存じの通りそれぞれヴァサア流とロストルム流のものです。『強踏』はグラディウス流の踏み込みの武技ですな。それがどうかしましたかな?」

「……まじか」


(『強踏』ってアレス流の武技じゃないの……)


 どうやら俺が習っていた剣術の流派はパクリ流派だったらしい―――。

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