第85話 帰還

「帰ってきたわね」

「ね」


 王都出発から早3週間。

 ヴァンティエール家ですが何かと堂々と周りを騎兵で囲まれた馬車が野党に襲われることとか当然なく。実に安全な旅がもうすぐ終わる。

 ヴァンティエール領の領都スレクトゥの壁が見えてきたからだ。


 そんな中、俺は窓の外に見える景色を懐かし気に眺めるリア姉の言葉に相槌を打っていた。


「私が王都にいる2年の間で何か変わったことってある?」

「それこの前、話したじゃん」

「アルのことじゃなくて街中の様子とかよ?」

「あ、そっちか……えっと~、特にないかな」

「そ、ならよかったわ」

「ん?どゆこと?」

「私の知らないところで私の育った町が変わってしまうのは少し寂しいなぁと思って」

「……」


 2年でそこまで変わるわけねぇだろ、と思うけど口には出さない。リア姉はそういうなんか、っぽいことを言いたくなるようなお年頃なのだろう。

 それにもしかしたら感動の帰郷を演出するための演技かもしれない。


(ふっ、邪魔しちゃ悪いな)


 それっぽく頷いておこう。


「……アル、馬鹿にしてる?」

「へ?」

「ハッツェン、どう思う?今のアル」

「(さわさわ、さわさわ)……アル様、変なこと考えていませんか?」

「アル?」


(え、俺なんかした?)


 なぜだろう、いつの間にか空気がアウェーになっている。

 馬車の中で幾度となく失態を晒してきた俺だが今回は悪くない。絶対に悪くない。

 だって雰囲気づくりに協力しただけだぞ?というかハッツェンはなんで俺の身体をさわさわしただけで俺の考えが分かるんだ?お返しとして後でさわさわしてやる!


「いや、変も何もリア姉もお年頃だなぁ、と思ってただけだよ……」


 事故を未然に防ぐため俺は先ほど敢えて言わなかったことを口にする。


「……どういうことよ」

「どうって、言っていいの?」

「言いなさいよ」


 ずいっと俺に寄ってくるリア姉。恥ずかしくなっても知らないよ?


「え、だって「私の知らないところで私の育った町が変わってしまうのは少し寂しいなぁ」ってなんか、その~……クサくない?2年でそこまで変わるわけないじゃん」

「っ……!」


 聞くや否や顔を真っ赤にしてそっぽを向くリア姉。やはりそれっぽく大人びた発言をしようと意識していたらしい。

 ほら、言わんこっちゃない。


(なんか、久々に勝てた気がする)


 今思えばいつもいつもリア姉には負けていた気がする。いや勝ち負けなんかないんだけどさ…。こう、ね?なんかね。

 いつも言い負かされてたり、勝てねぇやって思わされてたりしたからさ。

 ちょっと爽快です。


(なんか楽しくなってきたな…)


 反撃の心配がないかどうかリア姉の顔を伺う。


「見ないで……」


 金髪碧眼の美少女が自らの手で顔を覆い隠す。

 しかし、隠しきれていない部分からは透明感ある白い肌が紅潮しているのがチラチラと見え隠れする。

 そしてとどめの恥じらいを持った「……見ないで」、と。


「あ、ハッツェン。後でお仕置きね」

「へっ?」

「マリエルも俺の味方しなかったから同罪」

「え?私もですか」

「俺は三週間前のことを忘れていないぞ」

「……」


(勝った……)


 完全勝利とはこういった状況を指す言葉なのだろう。




 ◇◇◇




「お母様!」

「オレリア、おかえりなさい。会いたかったわ」

「私も!」


「ラヨス、元気にしてたか?」

「もちろんだよ、グンターは?」

「色々と大変だったけど元気だ」

「それはよかった。後で王都での話を聞かせてよ」

「あぁ」


「おねぇちゃ~ん!」

「ルーリー!」

「あのね、そのね、すごく楽しかった!」

「私もお勉強がんばったよ!」


「イーヴォ、元気だったか?」

「……うん、もちろん」

「王都どうだった?」

「…たのしかった」

「あっ、デールずるい!私もイーヴォと喋りたい!」

「うっせぶす!」

「ブスって言った方がブスなんだからね!」

「はいはい、二人とも喧嘩しない。本当に仲いいんだから」

「「……」」


 完全勝利から約一時間後。


 俺は2か月ぶりの我が家の前にある空間にて感動の再開を喜び合う者たちを見ていた。


「……アル様」

「若様、私たちがいます」

「別に何とも思ってないからさ、手をぎゅってするのやめてくれない?俺が一人で寂しがっているみたいじゃないか」


 俺、一人じゃないんだぜ?ほら、リア姉を抱きしめてる母上が俺を見て手招きしてくれてる。

 でも、母上。ごめんなさい。もう少し後でいいですか?今はどうしても気になることがあるんだ。


「父上ーーー!」

「っ!……おぉ、どうしたアル。私との再会がそんなに嬉しいのか?」

「はい!」

「そうか、私も嬉しいぞ」


 母上たちとは違って父上は会っていない期間が短いものの、それでも3週間ぶりだ。

 父上の胸にダイブして再会を喜び合う。

 そして、抱き合ったまま少ししてから尋ねた。


「――――――で、父上。どうしてにいるんですか?」


 そう、どうして俺たちよりも後に王都を発ったはずの父上が俺たちよりも先にスレクトゥについているのか。もっと言えば、どうしてそこまで急いでスレクトゥに戻ってきたのか。

 そのことが気になってしまった。


「……やはりか、もう少し素直に喜んでくれないか?」

「無理です。気になっちゃいます」

「はぁ、お前というやつは……私の部屋に後で来なさい。今はアデリナの方に行ってやれ」

「わかりました――――母上ー!」


 3週間前に感じた胸騒ぎを一旦忘れ、俺は手を広げる母上のもとに走っていく。


「おかえりなさい、アル。私より前にベルのところに行くなんていけない子ね?」

「ご、ごめんなさい」

「許します」

「あ、母上。そういえば父上がエルーシアさんとなんかいい感じでした」

「それは……許せないわね」

「エルさんともども叱ってやってください!」


 外聞を気にせず駆け出し、母上の胸に飛び込める。そして何も気にすることなく自然体でいられる。

 地元といういうのはどの世界でもいいもんだ。

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