幼少~少年 ―求めるは個の力―

第84話 足音

 人が持つ自己顕示欲を象徴するかのような玉座。

 我行く道こそ正道なりとまっすぐに伸びる深紅の絨毯。

 むき出しの柱は黄金に輝き魔法灯の光を辺り一面にまき散らしている。


 ―――『華美』。


 この空間以上にこの言葉が似合う場所は大陸広しと謂えどそうありはしない。


「おい、まだなのか!」


 玉座でふんぞり返り喚き散らす初老が一人。

 嘆く美姫が一人。


(止められなかった……此度の犠牲に見合うほどのものが存在すると言うのでしょうか……)


「セレスティナ、わかっておるな?」

「もちろんでございます、お父様」


 美姫、セレスティナは胸元に向けられた不快な視線を無視しながら内心とは裏腹に微笑を浮かべ、艶のある桃色の髪を耳にかける。

 たったそれだけの所作で華美な空間は彼女の美貌にアクセントを加えるだけの脇役に成り下がった。


「セレスティナ、今夜わしの部屋に―――」

「お父様、来ますよ」


 何度目になるか分からない実父の誘いを流したセレスティナ。

 彼女が視線を注いだ先の空間が突如歪み、光りだす。


「む?―――お、おぉ……!これで、ついに、ようやく……!ぐふふフフフ……」


 隣で来るかどうかも分からない未来を思い描き顔を歪ませる愚王。

 愚かな父親を横目で一瞥し階段を一つ一つ踏みしめるように、優雅に、そして悲壮感を漂わせ、セレスティナは光に近づいてゆく。


(彼の地にそれほどまでの価値があるのでしょうか……)


「ここはどこだ……」

「え、やばくね?」

「それな、マジやば谷園」

「どうなってるのぉ…」


 目を覆いたくなるほどの輝きが失せた後、そこには忙しなく辺りを見回しては困惑し、声を上げる哀れな人間たちがいた。


 美姫は自国の未来を憂う、か弱き哀れな王女を演じる―――。


「どうか…どうか窮地にある我が国をお救い下さいっ……諸悪の根源であるヴァンティエールを……打ち負かしてくださいっ、お願いしますっ」


(茶番ですね……)


 その心はひどく冷めていた。



 

 ◇◇◇ 




 アルテュールたちがスレクトゥに向け王都を離れた頃。

 王都アイゼンベルクの中心アイゼンベルク城の大会議室にはアルトアイゼン王国の中核を担う傑物たちが集結していた。


 その傑物たちの中にはアルテュールの父、ヴァンティエール辺境伯ベルトランも含まれている。


 しかし、その傑物はというと滅茶苦茶に緊張していた。

 周りに座っているのは先代公爵や現公爵のような最上位貴族たちばかり。伯爵家の当主などもちらほら見えるがそう言った者たちは何らかの要職についている猛者。


 断トツで最年少だった。


(場違いではないか……)


 ベルトランは楕円形に伸びる大きな机の前に置かれた椅子に座り心の中でため息をつく。


 アルテュールはベルトランの完璧すぎるポーカーフェイスによって気づいていないが、この男、実は貴族の集会というものが大の苦手である。

 貴族と言葉の駆け引きをするより槍を打ち合う方が何百倍も好きだった。


 貴族との集会に出る際、貴族の仮面を被るのは偏に帰りたいという感情を殺すためである。

 公私の線引きなどという立派なものでは断じてない。


 国王の招集がかかっていなければ今頃子供たちと一緒に帰路についていた。

 早くアデリナに会いたい、リュカに会いたい、槍を振り回したい。


 2週間に渡りため込まれた欲望がベルトランの内側で渦巻く。

 しかし、感情の渦を決して表に出さない、悟らせない。

 エルーシアに遊ばれていたアルテュールとは違い内と外の間に完璧な壁を作っていた。


 その差は才能云々の問題ではない。単なる経験の差だ。


 外から見れば最強ヴァンティエール、中身は最年少らしく緊張、いや帰りたがっているベルトラン。

 そんな男に近寄るもう一人の最年少がいた。


「やぁ、ベル。元気かい?外見だけは相変わらず立派だね」

「……」

「無視かよ、ひどいなぁ。お前とアデリナの馴れ初めを大声でしてやってもいいんだよ?」

「それだけはやめろ……何の用だ、ウィル。」


 一度は無視をしたもののこれ以上したら何をされるか分かったものじゃない。

 ベルトランはウィルと呼んだ男の方を向く。


「ぃやっ、久しぶり」


 眩いくらいに澄んだ白色の髪を揺らしながら愉快そうに水色と琥珀色の眼を細める美男子がいた。へらへらしている。


(本当に久しぶりだ。最後に会ったのはオレリアが生まれる前だったか……変わらんな)


「あぁ」

「なんだよ、つれないな~」

「時と場所を考えろ」

「相変わらずお堅いねぇ。カチコチだ。あぁ、あと今度さ……おっと」


 何かを言いかけたウィルだったが突然話を区切り自分の席に戻っていく。

 そんなウィルの背中を見ながらベルトランは何か大きな気配が会議室に近づいてくることに気づいた。

 時を同じくして部屋に完全な静寂が訪れる。

 周りの重鎮たちも気づいたようだ。


 数秒後、ザッと音を立て会議室にいる者全員が立ち上がり、頭を深々と下げた。


「待たせたな―――座れ」


 アルトアイゼン王国第21代国王フリードリヒ7世、クローヴィスが己に忠誠を誓う者たちにそう合図すると再びザッと音が鳴る。


 クローヴィスは全員が席に着いたことを確認するとすぐさま口を開いた。


「時間が惜しい。手短に伝えるぞ―――」


 我らが国王がここまでことを急ぐとはただ事ではない。

 王国にとっての非常事態が起きていると直感的に感じた傑物たちは一瞬何故かベルトランに視線を向けたが、すぐさまクローヴィスを注視する。


(む、なんだ……?)


 一瞬だけではあるものの傑物たちの視線を一身に受けたベルトランは不可解に思いながらもすぐさま逸らした傑物たちの視線の先を見た。


 ベルトランの後、傑物たちの視線を一身に受けたクローヴィスは言葉を紡ぐ。





「―――――アマネセルが勇者召喚に成功したそうだ」


「「「「「「「!!!!!!」」」」」」」





 海千山千の大貴族たちが驚愕し、絶句する中―――



(聞こえるな……)


 ベルトランはただ一人、すぐ傍まで迫る大戦の足音に耳を傾けていた。

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