第79話 王都発つ
今世で一二を争うほどの濃密な一日を過ごした翌日もまた王都を経つ準備でてんやわんやの一日となった。身の回りの整理はハッツェンやマリエルと言った侍女さんたちがやってくれたのだが親しい貴族家への挨拶周りは俺自身が行かなければならない。
アイゼンベルク城に赴き多忙なおじい様とおばあ様の代わりとして迎えてくれたロドヴィコおじ様と少し話した後、『変人』ギルベアトの生家ゼーレ=ゼーシュタット公爵家の屋敷へ。
そこで俺たちを迎えてくれたのは『変人』ではなく『宰相』だった。
どうやらギルベアト、誕生会脱出以降王都の屋敷に戻っていないらしい。宰相に聞いたところ人知れず一人、ゼーレ公爵領領都ゼーレシュタットで謹慎中なのだとか。
バカだなぁと思いながら公爵家屋敷をあとにした帰り道の馬車の中。父上の顔色が少し悪かったことを覚えている。
二つの訪問を終えれば今度は真逆。訪問される側に。
公爵家屋敷からうちに戻ってきてすぐ、ばあちゃんの生家、カーティス=ヴァイザーシュタット伯爵家を筆頭に多くの貴族家がうちにやってきた。
その中にはつい一日前にお世話になったフィリグラン伯爵家もあった。
俺は父上にぴたりとくっついて満面の笑みで「昨日はどうも」と言ってやったよ。
頬をピクつかせるエルさんを見てすっきりしました。
そんなこんなでその日は終わり、ついにヴァンティエール領に向け王都を立つ朝が来た。
窓の外に見える空はあいにくの曇り模様だが、出立の時刻は無関係に近づいてくる。
せわしなく屋敷を内外を歩き回る使用人を見ると誕生会を思い出すな。
あの時はおじい様が時刻を無理に早めたせいでもっと慌てていたっけ。
「あっという間だったね、ハッツェン」
「はい、アル様」
「いろんなことあったね」
「はい…」
玄関に向かう途中の廊下。俺の言葉に答えるハッツェンはやや苦笑いだ。
王宮での出来事を思い出しているのだろう。
ヴァンティエール辺境伯家と同じ爵位を持つ貴族、リミタ=グレンツ辺境伯家。
そこの嫡男エミリオに絡まれたあの出来事。貴族としての初名乗りがナンパ師相手かよと思わないでもないが今となってはいい思い出だ。
「でも今思えばあいつとのいざこざって大したことなかったよね」
「はい、それ以上に大きな出来事がいくつもありましたからね」
「そうそう、例えば謁見とか誕生会とかね。……あれ?大変な出来事って大体おじい様絡んでない?そう思わない、ハッツェン」
「……」
「あれ、答えてくれないの?悲しいなぁ」
「……アルさまぁ」
まあ答えられるわけないもんなぁ、そうですって言ったらおじい様がいろいろ迷惑かけたって認めることになっちゃうもんなぁ。
俺?孫だからいいでしょ。公の場じゃあるまいし。
立場的に答えることが出来ない、でも俺の問いにはなるべく答えたいと心の中で葛藤し、うんうん唸っている可愛いハッツェンを見ながら廊下を進む。
すると―――
「若様、またハッツェンをいじめているのですか?」
王都滞在2週間で随分と聞き慣れるようになった声が俺たち二人の足を止めた。
「おはようマリエル。朝からいきなり人聞きの悪いこと言わないでくれよ。ただ俺はハッツェンに聞いていただけなんだ。王都では色々あったなって」
「へ?」
「なのに答えてくれないんだよ。俺悲しくなっちゃって」
「あら、それはハッツェンがいけませんね。若様を悲しませたくないという言葉は嘘だったのですか」
流れるような連携ハッツェンいじりのパートナー、マリエルが俺の前に現れハッツェンをいじった後でぺこりとお辞儀する。
「で、どうした」
「御屋形様からのお言葉でございます」
「え?え?」
流れるようないじりを受けたハッツェンが混乱する中、俺はマリエルと至極真っ当な会話を始める。
「へぇ、突然だな。で、父上はなんて?」
「『急遽城に行くこととなった、先に王都を立て。私の代わりと言ってはなんだがオレリアがともにスレクトゥへ戻ることとなったことも伝えておく』だそうです」
「……急だなぁ」
あまりにも急な予定変更。城への呼び出し。
(おじい様がまたかかわっているな……)
またかよ、と思わないでもないが今回はちと違う気がしている。
おじい様の我がままで予定が変わったわけではない気がする。
(何だろう……胸騒ぎがする)
しかし、今考えても仕方のないことだった。
おじい様が父上を城に召集するまでの何かを俺がどうこうできるはずもない。
それに父上が言いたいのはお前は気にせず時間通りに動けと言うことだろうし、リア姉もそのつもりで動いているだろうから俺が遅れるわけにはいかない。
「わかった、ありがとう。マリエルはグンター達を馬車のところへ連れて行ってやってくれ」
「畏まりました」
「―――マリエル」
俺からの命令を受けて行動を始めようとするマリエルを呼び止める。
呼び止められたマリエルはどうしたんだろう、と不思議そうな顔をしていた。
そんな彼女に俺は感謝を伝える。
「2週間という短い時間だったが楽しかった。ありがとう
―――――それとこれからもよろしく頼む」
「こちらこそよろしくお願い致します」
「おう。グンター達を馬車のところへ届けたらこちらの馬車に来い」
「畏まりました」
マリエルの返事を背に俺は行動を始めた。
◇◇◇
「アル、何とかしなさいよ」
2時間後、出発も秒読み段階の馬車の中、急遽帰省することになったリア姉に命令される。
「……わかってるよ――――――ハッツェン悪かったって、からかったうえに放置してごめん」
「……」
命令内容は俺とマリエルにからかわれたうえ放置され、ご機嫌斜めになったハッツェンを元通りにすることだった。
「…あなたそんなことしたの?」
リア姉があまりにもくだらないとため息を吐くように呟く。
その呟きを聞いて情けなくなった俺は共犯者のくせに何故かそ知らぬふりをしていたマリエルに助けを求めた。
「格好つけてたら忘れたんだ……マリエルからもなんか言ってくれ、頼む」
「…私は若様に乗っかっただけですので」
そしてまさかの裏切りを受ける。
いや、マリエルの言う通りなんだけどさぁ。
「……アグニータ、たす――「アグニータを巻き込まないで」……ふぁい」
ガチャンッ
「出発いたします!」
馬車の扉が閉まり御者が出発を知らせる。
「……ごめんて、ハッツェン」
「…アル様なんて知りません」
直後、曇り空の下、馬車が進み始める。
(最悪だ……)
濃密な2週間を締めくくるイベントにしてはあまりにもひどい。
そんな王都出立であった―――。
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