閑話 ―スレクトゥにて―

第80話 冷たい風と温かな日差し

 ―――時はアルテュールたちが王都に向けスレクトゥを出立した直後まで遡る。



 アルたちの見送りを終えた後、今日は特別に授業なしだとアルの母アデリナに言われたスレクトゥ孤児院組はラヨス、ルウ、ルイーサ、デール、メリアの順になって敷地内に点在する丘。

 その中腹で寝そべり、一時いっときの別れの悲しさを噛み締めていた。




「行っちゃったね、グンターたち」

「……」

「うぅ、さみしいよぉ……ルーリー」

「やーい、泣き虫ルイーサだぁ……ひぐっ」

「デールも泣き虫じゃないっ……」

「うっせ……ぶす……」

「ぶすって言った方がぶすなんだから……」




 ルウの言葉にラヨスは静かに頷き、ルイーサは妹ルーリーが心配しないようにとため込んでいた悲しみを涙に溶かす。

 ルイーサを揶揄うデールも半べそをかき、そのデールを注意するメリアの言葉にはいつものような張りがない。


 物心ついた時からずっと一緒にいた。

 暑い日も寒い日も、つらい日も楽しい日もいつも8人は一緒だった。


 でも今は5人。


 言いようもない不安と悲しみ。


 8人で分け合っていた時には感じたことのない胸の痛みが5人を襲う。


 胸の痛みに耐え大丈夫、大丈夫だとお互いを励まし合いどれくらいの時間がたったのだろうか。


 ルウの胸に抱かれ、多少の落ち着きを取り戻したルイーサが泣き止んだとき、今まで無言だったラヨスが雲一つない晴れ空を仰ぎながらつぶやいた。




「……見送る前は大丈夫だ、なんて思っていたよ。僕は」




 その言葉は皆へ向けたものなのか、それとも自分に向けたただの独り言なのか分からない。



「「「「……」」」」


 ラヨスと同じく4人は空を無言で仰いだ。


 同じ空の下にグンター、ルーリー、イーヴォがいる。

 そう思うだけで心が温かくなった気がした。


 そしてその温かみが5人しかいないという現実によって冷めたころ、ラヨスはまた口を開く。


「でも見送った後はこのざまだ…。アル様から孤児院組のまとめ役を仰せつかったのにね……」


「「「「……」」」」


 4人はここまで弱気なラヨスをいまだかつて見たことがなかった。


 いつもグンターと並び自分たちを引っ張ってくれた頼れる次男。


 その声はあまりに切なく、弱々しい。


「「「「「……」」」」」


 ささー……――――――


 風が吹き、ヴァンティエール家お抱えの庭師によって整えられた下草が一世に声を上げた後、再び静寂が訪れる。



「―――わたしがまとめ役、やる?」



 その静寂をどこか的外れな、しかし思いやりの気持ちを帯びた声色が終わらせた。


「ラヨス。一人で抱え込まないでね。私たちはみんなで一つだから。だからわたしがまとめ役をやってもラヨスがやったことになるわっ」

「……ルウ」


 ラヨスは上に向けていた視線を左にやる。

 丁度同じタイミングで右を向いたルウと視線が合った。




(―――何を言っているんだろう……)




 綺麗に整った目の前の少女の顔を見ながらラヨスは思う。

 ルウがまた何か言い始めた、と。


 しかし、そんな通常運転のルウを見て思う。

 そうだ、いつも通りでいいじゃないか、と。


 グンターの代わりになろうと考えていた。

 どうすればグンターの代わりにみんなをまとめ、より良い方向へ導いていけるのだろうか、とアル様にお前がリーダーだと言われた時からずっと。


 でもいいじゃないか。いつも通りで。


 ほら、こんなにもホッとする―――。




「……いや、僕がやるよ」

「へ?」


 ラヨスはぽかんとするルウを横目に立ち上がる。

 数秒後、またまた馬鹿にされたことに気が付いたルウが立ち上がりラヨスに近づいて大きく一息。



「なら初めからそう言いなさいよっ!」



 グンター達が王都へ行ってしまったことでラヨスが落ち込んでいる、次に年長者の私が助けないと、と思って励ましたルウ。

 しかし、当のラヨスは何故か知らないがいつも通りに戻っていた。しかもしっぺ返しまで食らわせてきた。


 なので当然私の心配返してよ、と言わんばかりの大声をラヨスの耳元で発射。


「うわっ!耳がっ!……え、あっ――うわぁぁぁぁ」


 そして着弾。

 左の耳を抑え身悶えるラヨスはバランスを崩し、丘を転がる。


 いきなり大声を上げ丘から転げ落ちた次男に弟妹たちはびっくり。

 しかしすぐ後に笑い声が上がり始めた。



「ぷっ、あははははっ」


「ラヨス~だいじょうぶ~?……ぷっ」


「うわー!ラヨスだっせー!」


「デール、笑ったらラヨスがかわいそうよ……くすっ」


 ざまぁないわねと言わんばかりにゲラゲラ笑うルウ。

 心配そうな様子で丘の下をのぞき込み緑と茶色でまみれたラヨスを見てつい噴いてしまうルイーサ。

 いつもの調子に戻り全力でラヨスを煽るデールにいつものようにそんなデールを注意するメリアも思わず情けない姿になり果てた兄を見て笑う。


「お前らぁ……!」


 自分が悪いとはいえここまで笑われたのはさすがに腹が立つ。

 身体中のあちこちがヒリヒリするが立てないほどではない。

 むしろ走れる。それも全力で。


「うわっやべっ、ラヨスがキレた!逃げろー!」

「「「きゃ~!」」」


 声を上げながら丘を駆け上がっていくラヨスを見るや否や子供たちは走り出す。


「待てー!許さないぞー!」


「あははは!ラヨス怒るの下手かよー!変な怒りかたー!」

「お前からだ、デール!」

「え、ちょっ!ぎゃーーー!」


「デール~、ラヨスをよろしく頼むわ~」

「ルウ、お前は許さないぞ……」

「きゃー!ちょっと、来ないでよー!?」

「まぁーてー!」




 温かな日差しが見守る丘の上。

 5人の顔には先ほどまでの陰りは残っていなかった―――。




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