第52話 ぬるっと始まる
―――貴族のパーティはぬるっと始まりぬるっと終わる。
学校の卒業式みたいに校長挨拶、来賓ならび祝辞、在校生からの言葉、などなどの決められたプログラムも存在しない。
特に合図があるわけでもなく主催者である貴族家に皆挨拶しに行くところから始まり、それが終わると立食形式で軽く食事をとりながら参加者同士で近況報告や政治の話をする。
パーティの種類によってはその後に出し物があったり、踊ったりといろいろあるがそれも終わると参加者たちは自然解散を始める。
そのまま帰る人もいれば、会場になっている貴族家の屋敷にある客室に泊まり翌早朝に帰る人もいる。
つまりはすごく自由なのだ―――。
「アル、緊張してる?」
「いや、大丈夫だよ。―――リア姉はお友達が来ているんでしょ?俺のことは良いから楽しんできなよ」
俺とリア姉は現在パーティ会場の二階にある待機室にいた。隣には父上もいる。
耳を澄ませば階下から人の息遣いや声が聞こえてくる。すぐ下がパーティ会場となっているからだ。
リア姉が心配して声を掛けてくれたことで1歳の時に参加した初めての北方連盟集会のレッドカーペットの上での出来事を思い出す。
確かあの時もリア姉は俺を心配してじいちゃんの肩の上に乗っかる俺を見てきたっけ。相も変わらず優しい。
それに対して俺は余裕をもって答える。ぶっちゃけ謁見の間と比べると大したことなく感じてしまうためそこまで緊張していないからだ。
ボッチ……ぐはっ‥‥‥な…俺…とは違ってリア姉は今日の誕生会に友達を招いている。俺を心配して友達と楽しめないんじゃ可哀そうだろ。
それにリア姉と一緒にいると貴族の子女たちがたくさん寄ってくる気がする。
貴族の大人相手よりも子供相手の方が難しい気がするんだ―――喋ったことないから…。
こちらが本音なのかもしれない。
「ダメよ―――アルも楽しまないと。私の友達を紹介してあげる」
「え、いいよ…」
「ダメよ、一緒に来なさい」
しかし、リア姉がそれを許してくれない。
(助けて父上!)
既に貴族モードに入っている父上にSOSビームを目から放つが「私とオレリアとアルテュールは常に一緒だ」と軽くあしらわれてしまった。
初めから選択肢なんて与えられていなかったのか…。
「御屋形様、お時間でございます」
父上にメンチ切っていると王都別邸で侍女長を務めているベルタが部屋に入ってきて入場の時間を知らせる。
「行くぞ、オレリア、アルテュール。―――今日の主役はお前たちだ、胸を張り続けなさい」
「「はい」」
父上とリア姉に続き部屋を出ると「ヴァンティエール卿並びオレリア嬢、アルテュール殿のご入場です。」と階下の会場からは本日の司会を務めているカーティス=ヴァイザーシュタット伯爵がヴァンティエール家の登場を伝えているのが聞こえた。
カーティス伯爵家は北方連盟の一角を担っている家の一つであり、ばあちゃんの実家でもある。今司会を務めているのはばあちゃんの実の弟で現カーティス伯爵家当主ルッツ・マンフリート・フォン・カーティス=ヴァイザーシュタットだ。
俺は北方連盟で何度か会っておりルッツさんと呼んでいる。彼は過去に宮廷魔導士第4席を務めていたこともあるという傑物中の傑物だ。
また、ばあちゃんもルッツさんも元宮廷魔導士だったことからわかるように、カーティス家は魔法の名門として知られている。領都ヴァイザーシュタットは別名「賢者の都市」と呼ばれているほどだ。
ただ司会と言ってもやることはほとんどない。入場してくる貴族の名前を読み上げるだけだからだ。パーティーは知らぬ間に始まり、知らぬ間に終わるのでそれ以外にすることはない。
それでも大役である。ヴァンティエール家が信用している家にしか司会はやらせない。
2階から1階のパーティー会場につながる階段を見せつけるように一段一段ゆっくりと降りていく。豪華なメゾネットみたいな感じの階段だ。
俺も結構様になっているのではないだろうか(こけないようにゆっくり降りているだけ)。
老若男女問わず俺たちを見て、拍手を送ってくる。
(おぉ、すげぇ)
俺としては「こんなにもド派手に登場しなくていいじゃない」と思うのだが、今日の主役は誰であるかをわからせるにはちょうどいいくらいなのだろう。
無事階段を降り切り、そのまま会場内にある少し開けた場所にある舞台の上ではなく前に立つ。
全員の視線は未だ俺たちに張り付いたままだ。
(お~、見てる見てる。事前情報で分かっていたけどかなりの数の家が参加しているな。)
華やかな衣装に身を包んだ貴人たちを眺めながらそう思う。2階の控室で謁見の間よりは平気でしょと考えていた、いや思い込ませていたくらいには不安だったのだ。平常心を保てている自分に一安心する。
(おっと、俺の仕事をしないとな。)
一歩前に出た父上の口元に風魔法を展開する。
これは事前に俺が提案したことでもある。
暇すぎたのでなんか仕事くださいと言ったら「自分で考えなさい」と言われて考え付いたのが疑似的なマイクを魔法でつくることだった。
「今日は皆さまお集まりいただき感謝いたします。今月をもって長女オレリアは10《とう》、長男アルテュールは5《いつつ》を迎えることができました。祝ってやってください。―――」
父上の随分とフランクな言葉を
「「「「「‥‥‥!」」」」」
父上が声を張っているようには全く見えないのに間近で聞いているという不思議な感覚を味わっている参加者たちは皆困惑、驚愕している。驚いたからと言って声上げずにいるのは流石上位貴族たちだ。子供とかは「へ?」とか「なに?!」とか「変だよ~」と声を上げてしまう者もいた。『変』はやめてくれません?
父上の挨拶はその後少しの間だけ続き最後はあの言葉で締める。
(《風よやめ》)
「アルトアイゼンの誇り高き黒狼に忠誠を、王国に栄光あれ!!」
「「「「「アルトアイゼンの誇り高き黒狼に忠誠を、王国に栄光あれ!!!」」」」」
俺やリア姉も含めた会場中の者が父上に続いて復唱する。侍女や執事はしていない。これは貴族にのみ認められた宣言であるからだ。
誇り高き黒狼とは我が国の国王の象徴である。その黒狼に忠誠を誓い、王国の繁栄を願うというものなのだ。
北方連盟集会ではこの宣言の最後に「北方に幸あれ」をつけて少しオリジナル感を出す。最初の二文があって国王を貶めないような内容なら自由に足していいらしい。
父上の挨拶が終わり次にリア姉、その次に俺と無難な挨拶も終わる。
ここからやっと他貴族との交流が始まるのだ。
◇◇◇
俺たちの前に多くの貴族が入れ代わり立ち代わり挨拶しに来る。今挨拶しに来ているのはすべて辺境伯よりも爵位が低い家―――つまりは伯爵家
このことからわかる通りこの場にいる貴族で一番低い爵位は伯爵家なのだ。
俺も初め聞いた時は恐ろしいと思ったよ。だってこの場には下位貴族家は一つとしていないのだから。
それもこれも全ては国王陛下のせいである。
国王陛下と言うのはそう会える存在ではない。
下位貴族で機会があるのだとすれば功績を立てるか適正の儀か代替わりの挨拶くらいだろう。
国王陛下が今回の誕生会に参加することが決定した時点で下位貴族の参加権は失われ格式高いパーティになってしまったのだ。
―――本当に迷惑だ。ただそれは俺とリア姉のことが好き過ぎる故の行動なので責めづらし、嫌なわけでもない。
俺がおじい様のことを考えていると今まで硬派な声を出していた父上の声質が柔らかいものへと変わった。
「カーティス卿、ご無沙汰しております。」
先ほどまで司会を務めていたカーティス=ヴァイザーシュタット伯爵こと、ルッツさんが挨拶に来たのだ。
背は普通くらい、170ちょいかな?ばあちゃんと同じ白髪金眼の渋みのあるおじ様だ。昔はさぞモテていたことだろう、今でも一定層の女性からは人気がありそうだ。
いくらヴァンティエール辺境伯が伯爵家よりも爵位が高い家なのだとしてばあちゃんの弟なので父上の腰が低い。
父上に畏まられてルッツさんは微笑し窘める。
「そんなに畏まらないでくださいヴァンティエール卿、お久しぶりですね。―――オレリア、アルテュールも久しいな。」
ルッツさんはその微笑みを維持したままで父上の横にいる俺とリア姉にも声を掛けてきた。
「お久しぶりですわ、ルッツ大叔父様」
「お久しぶりです、ルッツさん」
ちなみにリア姉は貴族モードに入っているので「久しぶり、大叔父様!」とは言わない。
俺?通常運行さ。父上に楽しめって言われたからな。
「オレリアは最後にあったのはいつだったか?」
「わたくしが7歳の時ですので、3年前になりますわ。」
「そうか、そんなになるか。以前会った時よりさらに美しくなったな。学園でも学年総代を務めているのだとか―――」
ルッツさんとリア姉が楽しげに話している間俺は暇なので会場を見まわす。
(ん?なんだあれ…。)
そして変な集団を見つけた。
料理が並ぶテーブルの前で3人ほどたむろし、そのうちの二人が相当なスピードでパクついている。確かあそこら辺は俺と若手料理人で開発した料理が並んでいたはずだ。そしてパクついている二人のうち一人は見覚えのある人物だった。
(何してんだよ、ディーおじさん…)
一歳の時に参加した北方連盟集会からずっと変わらない金色のライオンのようなたてがみを生やしている2メートル近くある巨躯はとんでもなく目立つ。俺以上に楽しんでいる人がいるとは思わなんだ。
「アルテュール息災か。」
「はい、お陰様で。」
「なんだ、聞いていないと思って声を掛けたのだが聞いていたか。」
少し揶揄うように言ってくるルッツさん。甘いぜ。ただ視線を外していたことは事実なので謝る。
「申し訳ありません、少々気になるものが目に入ってしまいまして。」
しっかりとディーおじさんを売って―――
俺がその方向に視線を向けるとルッツさんもつられて視線をそちらに向け「あぁ、ならば仕方ないな」と苦笑いする。
その後また俺に視線を戻して話しかけてきた。
「ディーウィット様は昔からあのような感じだ。気にするだけ無駄だぞ。―――話は変わるが先ほどの魔法、実に素晴らしかった。
先ほどの魔法とは疑似マイクのことだろう。俺はバレないように魔力を絞って展開したはずなのだが簡単に見破られてしまったらしい。どんな種類の魔法を使ったのかも正確に見抜かれている。流石は元宮廷魔導士の人だ。
そんなルッツさんの目が少し輝いている気がする。魔法が好きなのだろうな。
「俺はまだ第一位階魔法しか使えないので試行錯誤が必要なんですよ。」
「いやそう卑下するな。アルテュールの歳で第二位階魔法以上を使うことのできる者は少なからず存在するがあそこまで綺麗な魔法はそう見ることができない。素晴らしい魔法をありがとう。」
何故か感謝されたが、元宮廷魔導士にルッツさんに魔法のことで褒められたのはわかったので心の中で小躍りする。
なお『綺麗な魔法』の意味は分からない。魔法に関する話を今初めてルッツさんとしたがどこか天才特有のにおいを感じる。
「ただ、これ以降の魔法の使用は控えてくれないか。もし使うのだとしたら私に一言言ってからにしておくれ―――解除するからな。」
「?…はい、分かりました。」
(解除って何だろう…。)
一人疑問を抱き、質問しようとするがルッツさんは既に「長々と話し過ぎましたね、それでは」と俺たちの前から去った後だった。
そして俺の思考を切り替えさせるようにしてルッツさんが元居た場所に美女が現れる。俺の素朴な疑問はすぐさま美女によって上書きされた。
「久しいな、フィリグラン卿」
父上の声色は親しみの色を含み穏やかになっている。ルッツさんに向けた声色とも少し違う。
そんな父上に対して妖艶な笑みを浮かべる美女。ただの貴族と貴族の関係だけではないとみた。
(―――母上に報告せねば…)
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