第42話 対面

「父上、アルテュールです。」

「入りなさい」


 少し前にハッツェン達と別れた俺は王宮務めの侍女さんに豪華な扉の前まで連れてこられた。

 父上に入室許可を得て扉が侍女さんによって開かれた後、恐る恐る中に入ってゆく。


「もうそろそろで陛下がいらっしゃるようだ。身なりを整えなさい。」

「はい」


 返事をする俺だが実際に身なりを整えてくれるのは部屋に待機している侍女さんたちであって俺ではない。整えてもらった後、侍女さんたちが退出していき部屋の中には父上と俺の二人だけになった。


 程よい緊張により少し冷えた手先をもみほぐす。

 玉座の間での威圧はトラウマになりそうだったが、何とか耐えきった為にならずに済んだ。子供相手に何しやがると思うのだが、あれが国王陛下なりの挨拶なのかもしれない。それはそれでおかしいか?


 緊張と部屋の中を包む静けさが体内時計を狂わせる。

 どのくらい時間が経ったのだろう。10分かもしれないし1時間かもしれない。そう思っていると父上がおもむろに立ち上がった。


「アル、立ちなさい。陛下がお見えになる。」

「・・・はい。」


 ガチャ


(うわ、来たっ。)

 先ほどの玉座の間で見た金髪の偉丈夫が入ってくる。―――陛下だ。玉座に座っている時は分からなかったがかなり身長が高い、流石にじいちゃんほどはないが…。

 その後ろから母上に似たご婦人も入ってきた。こちらは王妃様。


「待たせたな、ベルトラン、アルテュール。」

「いえ、そのようなことはございません。」

「父に同じく」


 よくある「お待たせ、待った?」「いや、今来たとこだよ」を究極に堅くしたやり取りを済ませ、陛下は王妃様と一緒にふわふわの長椅子にどうしてこうも風格が出るんだろうってくらい優雅に座った。


「二人も座りなさい。」

「「はっ」」


 父上と一緒に長椅子へ再度座ると陛下、王妃様、父上、俺の順で侍女さんが紅茶を持ってくる。

 その紅茶を陛下がこれまた優雅に飲み一息ついてから切り出す。


「・・・アルテュールよ、何故緊張している。おじいちゃんじゃぞ?」

(あんたのせいだよ。)

 とはさすがに言えないので返答に困る。


「はぁ、謁見の際に圧をかけたあなた様のせいでしょう・・・。ねぇ、アルテュール?」

 王妃様は助け舟を出してくれたのだろうがこれまた返答に困る。陛下のせいですってのに頷いていいのだろうか。

「アルテュールはあの時動じていなかったじゃろ」

「あなた様の目は節穴でございますね。アルテュールは必死に抗っていましたよ、ねぇアルテュール」


(なんだか王妃様の方が強そうだな。)


「・・・はい」


 勇気を振り絞って答える。よく頑張った俺、後でハッツェンに言って慰めてもらおう。


「ほら見たことですか。大体、初対面の相手を見定めるために威圧するのはおやめくださいと以前から何度も言っていますでしょう」


 俺の後押しもあってか陛下と王妃様の言い合いの流れが王妃様側に傾く。いや最初から傾いてたか。ヴァンティエールだけでなく王家も女性が強いらしい。どこかで見た光景に安心感が湧き緊張がほぐれてきた。


「すまんイアマ。そしてアルテュールもすまんかったの。ついやってしもうた。嫌わんでくれ」

 しょぼくれた陛下が謝ってきたので慌てて返答する。


「いえ陛下。確かに玉座の間での圧には驚きましたが、嫌いになるはずがありません。むしろ自在に圧を出し入れできてすごいと思いました。」


 後半の言葉が子供っぽくなってしまったが気持ちは伝わったらしい。陛下の顔がパーッと明るくなるが少しして、また暗くなってしまった。俺のせいか?


「・・・陛下ではなくおじいちゃんと言ってくれないかの?」


(そんなことかよ。)

 俺の焦燥感を返してほしい。


「アルテュール、もう少し楽にしなさい。家族です、些細な礼儀は必要ありません。」

 王妃様よ、あなたはどちらの味方なのですか。

「か・・・わかりました。―――ただ『おじいちゃん』ではなく『おじい様』ではいけませんか?」

 じいちゃんマクシムがいるのでややこしいのだ。それにおじいちゃん呼びはちょっとなぁ、恥ずかしいだろ。

「なぜじゃ・・・」

 陛下――おじい様はあきらめきれないのか、理由を聞いてきたので心の中で思っていたことをそのまま吐く。すまんじいちゃんマクシム


「既に父方の祖父マクシムをじいちゃんと呼んでいるので―――」

「またあやつか!マクシムめ、オレリアに続きアルテュールのおじいちゃん呼びも貴様が奪うのか!恩を仇で返しよって・・・。」

 リア姉もおじい様呼びらしい。それよりも―――

「恩ですか?」

 恩仇のところが気になったので聞いてみる。

 じいちゃんは先代のヴァンティエール辺境伯なので当然おじい様陛下との付き合いはあるのだろうが、相手が国王だとしてもあの巨人が恩を売られる状況に陥ることなんてあるのだろうか。


 その問に答えたのはおじい様ではなくおばあ様だった。

「昔、少しの間マクシムが陛下の指揮下に入っただけですよ。彼は恩を売られたなど思っておりません。」

「なぜイアマが知っているのじゃ。」

「フリーダから聞いたのです。マクシムが「陛下しつこい」と愚痴を零している、と」

「むぅ・・・。」

 渋い顔をして唸っているおじい様。玉座の間での雰囲気は9割減されている。おそらくこれが素なのだろう。


「アルテュール、わたくしもおばあ様と呼んでくれませんか?」

「はい、おばあ様」

「~♪」

 呼ばれた王妃殿下―――おばあ様は嬉しそうにしている。ご機嫌で何よりだ。



「ベルトラン、アデリナは息災か。」

「はっ、母子ともに健康でございます。」

 そんなおばあ様を尻目に既におじい様が今度は父上に話しかけ、父上もそれに応えている。俺から父上に照準が変わったらしい。ほっ、としながら紅茶で舌を濡らす。


(うんま・・・。)


 俺は紅茶よりコーヒー派なので紅茶はあまり飲まないのだが、今口にしたものはそんな俺でも分かるくらいの高級品だ。香り高く味がいい、欲しいなぁ。なおこの世界に来てからコーヒーという単語聞いたことありません・・・。


「そうか、それは何よりじゃ。新たに生まれた子はリュカと言ったのぅ、聞かせてくれぬか。」

「はい、ですが私よりもアルの方がより詳しいかと。暇さえあれば見に行っているそうですから」

(―――!こっちにパス出すなよ)

 紅茶を吹きそうになる口を必死に閉じ、鼻から垂れてきそうになった紅茶をハンカチでせき止めた。セーフ。

 別におじい様と話したくないというわけではないのだが、心の準備というものがいるのだよ。いくら身内とはいえこの国一の為政者だ。母上がいたらどうなるんだろう、と興味が出てきたが今はリュカについて話さなければならない。


「―――リュカは天使です。」

「ほぉ、話しておくれアルテュールよ。」

「御心のままに。まずは―――」



◇◇◇



 リュカのことを存分に語った後、おじい様とおばあ様に「アルテュールは?」と聞かれたので自分についても話した。

 中でも俺がヴァサア流格闘術を習っていることに興味を示したようで「ならば、一度「拳神」をそちらにやろう。奴も多忙故、数時間の滞在となるだろうがの。」とおじい様が言ってくれた。

 俺にとっては願ったりかなったりなので「よろしくお願いします。」と速攻返事しておいた。

 オルデンが不満なわけではない。ただ本物をこの目で見たいというのもまた事実。


 それを見ていたおばあ様からも「わたくしへのお願いは何かありませんか?」とのこと。これまた速攻で「魔法を教えてくれる方を」と答えた。

 父上も探してくれていたらしいが「まだ見つからない」とこの前言っていたので問題ないだろう。魔法もまた、俺自身の力を増すための手段であるため手を抜けない。


 今の俺の最大の強みというのは残念ながら俺個人の力ではない。ヴァンティエール辺境伯家や王家のコネクションが最大の強みなのだ。天才じゃない俺はなりふり構っていられない、使えるものは使わねば。


 俺がまた新しい決意をしていると「わかりました、こちらで手配しておきましょう。何か要望はありますか?」とおばあ様が付け加えてきた。

 なるほど、確かにそれは大事だ。

 教師と一括りに言ってもそれぞれタイプが違う。そのタイプが生徒と合わなければ教師や生徒がいくら優秀だったとしても大した成長は望めない。逆に教師と生徒が平凡だったとしても、相性が良ければ化学変化を起こす場合もあるのだ。

 ただ、いきなりこんな人がいいです!ってのは気が進まないので念のためのワンクッションを入れよう。

「いいのですか?」

「もちろん」

 よっしゃ言おう。

「では『常識にとらわれない人物』をお願いします。」

 これだけは譲れない。

 俺はこの世界の基準からすればなかなかに異端な方だと思う。科学を知っているため魔法にも一工夫二工夫入れているからだ。それを頭ごなしに否定する人や自分のやり方を押し付けてくるような旧世代的思考の持ち主ははっきり言って邪魔でしかない。なので俺のアドバンテージを生かすためには『常識にとらわれない』魔法の教師が必要になってくるのだ。


 多少奇異の目で見られても構わない。そう思って発言したのだが、やはり少しは気になりおじい様と父上にも目を向ける。

 なんか感心していた。

(よかった、大丈夫らしい。)


「変わった要望ですね。―――わかりましたいいでしょう。」

 おばあ様は少し悩むふりをした後、了承してくれた。本当にありがたい。


 いや本当にありがたい…。

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