第41話 本物の貴族

 ―――この世界の名前の数には意味が込められている。

 簡単に言えば王族は3つ、貴族は2つ、平民は1つと名前の数でその人の階級を示すようになっているのだ。

 例えば、我らが父上は貴族なので名前は二つ

 ベルトラン・カーリー・フォン・ヴァンティエール=スレクトゥ

 名前に当たるのはベルトラン・カーリーの二つ、フォンは貴族家の当主である証、ヴァンティエールは家名で、スレクトゥは治めている領地の中心の名前。これは一定以上の都市じゃないとつかない。

 例えば北方連盟の一つであるハイマート子爵は領都がハイマーラントだけど家名の後には付いたりしない。悲しいかな都市とは言えないほどの規模だからだ。

 なので、家名の後ろに自都市の名前が付くことは一種のステータスになっている。


 次に王族―――

 国王陛下を例に出そう。かの御仁は当然王族なので名前が3つ。

 クローヴィス・エディング・アダルフォ・シュヴァルツ=ヴォルフ=ディアーク=アイゼンベルク

 名前に当たるのはクローヴィス・エディング・アダルフォの3つ。シュヴァルツ=ヴォルフが国王である証(貴族でいうフォン)、ディアークが家名、アイゼンベルクが治めている領地の中心の名前。

 ―――うん、長い。超~長い

 ちなみに我らが母上も王族なので名前が3つある。

 アデリナ・イルーゼ・アンナ・ヴァンティエール=スレクトゥ

 今はヴァンティエール家に嫁いでいるので家名はヴァンティエールだ。当主ではないのでフォンはつかないし、国王でもないためシュヴァルツ=ヴォルフもない。


 最後に平民、名前は一つだ。

 例えばグンター、彼の正式な名前はグンター・ヴァイゼンハオスだ。グンターの後についているのは名前ではないし家名でもない。

 グンターという名前はアルトアイゼン王国では珍しくない。ヴァイゼンハオス(孤児院の)と名前の後に付けることで「孤児院のグンター」となりグンター界でも識別することが容易になる。だから、イーヴォもルーリーも領地に残っている子供たちも名前の後ろに「ヴァイゼンハオス」が付いている。

 最後の一年は最悪のものだったがそれ以前の孤児院はまともで楽しかったらしいし、何より家族の証になる。「俺が変えなくてもいいのか?」と聞いたが「このままでお願いします」と言われた。

 本人たちが望むのならそのままでいいだろう。【ヴァイゼンハオス】ってかっこいいしな・・・。


 長々と話したが、ここまでくると「じゃあアルテュールは?」という当然の疑問にたどり着くことだろう。

 今までの俺はアルテュール・ヴァンティエール=セレクトゥ、名前は一つ。

 この世界には回復魔法という超常現象があるがそれ故に医療技術が未発達であるし、戦争や魔物、野盗なども数多存在しているため一人一人の命が軽い。

 これは貴族も例外ではない。幼少期に死んでしまう子供もそれなりにいるのだ。なので国土が広いアルトアイゼン王国内では生まれたばかりの子供をいちいち貴族として陛下が認めていると手間がかかるという理由から7歳の貴族の子弟が全国から集まる適正の儀にてまとめて陛下が認める。これをもって貴族(仮)から本物の貴族となるのだ。

 厳密に言えば俺は平民貴族(仮)だったということになる。

 ヴァンティエールという家名があったから貴族に準じた扱いを受けていただけであって俺自身は平民と何ら変わらない。エミリオが強気なのも俺が本当の意味での貴族にはなっていないと踏んでのことだろう。

 しかし例外は存在する。その例外とは国王陛下に謁見したことがある者だ。

 適正の儀や代替わりの挨拶のような特例を除くと陛下に謁見できる者は身分が相当に高いか、それに見合う功績を残したかのどちらかになる。

 俺の場合は陛下が会いたいと思ったからというこれまた特例ではあるが、謁見したという事実は変わらない。

 なので、あの時俺はアルテュール・ヴァンティエール=セレクトゥと名乗ったがこれ以降は貴族の証である二つ目の名を名乗ることを許されるため貴族に準じた存在ではなく、本物の貴族と同じ扱いを受ける。

 完全な棚ぼたではあるが、なったのだ。7歳に満たない年齢で本物の貴族になるという例外に。


「――俺はアルテュール・・ヴァンティエール=スレクトゥだ。この二人は俺のお付きなんだ。手を出すのなら他の者にしろ。」


 騙しうちみたいになってしまったが仕方ない、俺がチビだからといって突っかかってきたエミリオが悪い。


 そのエミリオはというと驚きの表情をすぐに元のへらへらとした顔に戻している。


「あぁ、君が噂に聞くヴァンティエールの長男か・・・。いや、これは失礼したね、名乗ってくれないから気づかなかったよ。」


 自分は女性に声を掛けただけでヴァンティエールに喧嘩を売っているわけではない。むしろ俺の存在に気づかずにいた自分≪エミリオ≫を認識していたのであれば、先にそちらが名乗っていないとダメじゃないか、同じ身分なんだから・・・。と言いたいわけだ。

 まぁ通用しないことはない。この一瞬でよく思いついたものだ。ただ、こちらも言い返さないとその言い分を認めたことになってしまう、俺の方が悪いということになってしまう。


「敢えて俺の存在を無視していたのはそちらでは?礼を払わない者に払う礼などない。俺は確かにあなたと目が合ったはずだ。にもかかわらず口説いていた。どちらが無作法かは決まり切っている。」


 あくまでも俺は礼節を重んじようとした。しかしその礼節を軽んじたのはエミリオ、お前だ。

 エミリオがまた言い返そうとしてくるが、かぶせるようにして決着をつけべく言葉を続ける。

 少し長い間を取っただけだ、エミリオの会話を遮ったりしていない。


「―――ただここで口論しても仕方ない。それに今は国王陛下をお待たせしてしまっている。どいてくれないか?」

「―――!」


 国王陛下を待たせている。さすがにこれには反論できなかったようで口に出しかけた言葉を強引に飲み込むそぶりを見せるエミリオ。

 反論すること、それ即ち国王陛下をお待たせすることを良しとしてしまうからだ。


 ―――邪魔だ、退け。


 目線でエミリオに伝える。


 エミリオはへらへらして「それはいけませんね。」と言い、道を譲っているがぎこちない。

 その顔が挙動が。


「覚えておけよ、、、」


 すれ違いざまにエミリオは俺に対してそう呟く。


「―――仮面はがれてんぞ」


 その顔は既にへらへらとしたものではなく屈辱の色で染まっていた。



 当事者たちからしてみればこれ以上の面倒を嫌った俺が争いを避けた形だが、傍から見ればヴァンティエール家に道を譲るリミタ家に見えることだろう。


(ふ~、何とかなったかな?流石に気持ちが浮つき過ぎていたな・・・。気を引き締めないと。)





「アル様、申し訳ございませんでした。」

 少ししてハッツェンが申し訳なさそうに謝ってきた。ぷりぷりモードのことを言っているのだろう、そのせいでエミリオに絡まれたのだと。


「別にいいよ。俺も一緒になって楽しんでいたしね。マリエルもごめんな、王宮案内にナンパに色々と。今度3人で一緒に楽しんでもいいところに行こう」

「「畏まりました。」」


 先ほどの反省を生かして二人とも気を引き締めたのか堅っ苦しい返事をするが、口角が少し上がっていた。喜んでくれて何よりだ。


「さあ、戻ろっか。そろそろ時間だと思うしね。」

「「畏まりました。」」


 どこか軽い足取りで三人が進む王宮の外は茜色に染まりかけていた。

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