第33話 小さな声援大きな勇気

「アル、忘れ物はない?」

「大丈夫ですよ母上」

「ならいいわ。ごめんなさいね急にいけなくなってしまって」

「気にしなくてもいいですよ、今はリュカの傍にいてやってください」

「ありがとう、そう言ってくれると私も助かるわ。アル、あなた少ししないうちに随分とお兄ちゃんになったのね―――母はうれしいです♪」


 王都誰行く会議から1週間、急ピッチで進められた移動準備は昨日終わり、ついに今日王都へ向かうため領都セレクトゥを発つ。


 計画当初は母上も付いてくる予定だったが戦時中の当主不在の危険性やリュカが心配だということで残ることになった。


 戦時中1割、リュカ9割と言ったところか。


 ん?なんの割合かだって?そりゃ心配の割合だよ。


 ぶっちゃけじいちゃんがシアンドギャルド要塞にいれば万が一にもアマネセル国に侵攻されることはない。足元をすくわれかねない油断ではあるが、それが事実なのだ。


 それよりもリュカである―――。


 リュカは母上のおっぱいしか飲まない、乳母の母乳はおろか粉ミルクさえも拒絶する。


 なんて贅沢な奴なんだ……


 この1週間で分かったことだ。あの時はもう大慌てで出産休み明け後初めての公務をしていた母上を呼び戻したりした。


 お兄ちゃんは将来が心配だぞ弟よ、重度のマザコンにならないかが心配だ。


 男はほぼ全員がマザコンではあるが、いき過ぎると流石にな……。


 そんなこんなで母上はいけなくなってしまった。残念であるが致し方ない。

 母上を責める要素なんてどこにもないのだ。


「アルそろそろだ」

「はい、父上。それでは行ってまいります母上」

「行ってらっしゃいアル―――ベルあなたも気を付けてくださいね」

「ああ、アナ、君も身体には気を付けておくれ」

「ベル……」

「アナ……」


「・・・」


(ここではやめてくれ)


 お互いの名前を呼び合い、熱く抱擁し合う両親。


 美男美女なのでとても絵になるがそれが親だとなぁ。


 数日に一回はこうなるのだが、いかんせん慣れない。慣れれるもんじゃない。


(馬車乗ろ)


 トボトボと馬車に近づいていく。


 その途中で孤児院組が見送りに来ているのが見えた。


 彼、彼女らは手を振っているが残念ながら俺の方ではない。


 先遣隊としてたった今出発した馬車の中のグンター、ルーリー、イーヴォに手を振っていた。

 3人も手を振り返している。必死に、腕がちぎれそうになるくらいに。


 それもそのはず彼らは短い人生の中でも様々な経験をしており、そのたび共に乗り越えてきた。


 戦友であり家族でもあるのだ。これまでも、そしてこれからもずっと一緒だ。


 そんな家族と初めて離れ離れになるのだ、必死に手を振っているのも何ら不思議なことではない。


 映画のワンシーンのようだ。


 俺はそれを見ているだけ。


「はぁ」


 溜息くらい吐かせてくれ、独りぼっち感がすごいんだ。


 他のどの馬車よりも高級感がある馬車に乗り込み、扉を少し強めに閉めようとする。


 しかし、動かない。


 簡単に壊れないよう重厚な作りになっているためだ。


「ガキか―――孤独感に腹を立ててどうする」


 自分を嘲笑あざわらたしなめる。


 俺は大貴族の長男として生を受けたのだ、このくらいのことは耐えなければならない。それよりも王都で何をするか考えよう。


 王都には何があるのだろうか。珍しいものがあれば是非とも買いたい。

 父上に頼めば多少は買ってくれるだろう、それに今回は母上からお小遣いも貰ったのでお金に関してはあまり心配していない。


 リア姉は元気にしているだろうか。もう2年くらい会っていない、お転婆な性格のままかなぁ、それとも淑女になっているかな?まあ、変わんないか。


 そして今回の事の発端である国王陛下はどんな御仁なのだろうか、皇后陛下は?


「はぁ」


 王都のことを考えて誤魔化そうとするもモヤモヤとした感情は消えない。いつから俺は寂しがり屋に職業ジョブチェンジしたのだろうか。


「どうしたアル、そんなに不安か?」


 俺が女々しく悩んでいる間に父上が馬車に乗り込んできた。充電母上との抱擁は完了したらしい


「いえ、別に。そんな顔していましたか?俺」


 すっとぼける。


「…そうか、ならいいんだ」


「……」


「……」


 短すぎる会話と呼べない会話が終わり、沈黙が車内を満たす。


 御者が馬車の扉を閉め、少しの揺れと共に馬車が動き出した。


 内門を通り抜け上級区も通り抜け中級区に差し掛かったあたりで外から歓声が聞こえてくる。


 気になったのでふと外を見た。


「―――!」


(なんじゃこりゃ)


 中級区は見渡す限り人であふれていた。どこからこんな数の人間が来たのだろうか。


 一人一人が眩しい笑顔を浮かべ何か叫んでいる。


 声量と数が大きすぎて何を言っているのか正確にはわからないが、


「領主様ーーーーー!」「お気をつけてーーー!」「ありがとーー!」


 とかいう声が混ざっている気がした。


(父上愛されてんなー)


 民衆がここまで熱狂的になっているのは見たことがない。


 本当に父上はすごいと思う。


 不意ふいに1歳の時の北方連盟集会を思い出す。


 あの時もそうだった―――。


 みんなが尊敬や畏怖いふの眼差しを向けていた。


 ―――俺が乗っていた祖父に対して。


 俺にも当然視線は集まってきたがそれは祖父のついででしかない。


 偉大な人物の方に乗っかっている置物だった。


 それは今もそう、みんなが見ているのは俺の対面に座っている父上であって俺ではない。


 孤独を感じる――。


 誰も俺を見ていない――。


 北方連盟の貴族たち――。


 先ほどの父上や母上――。


 孤児院の子供たち――。


 そして民衆までも――。


(いかんな、これ以上は考えるな)


 最近はどうもおかしい、急に寂しくなるし情緒じょうちょが不安定になる。


 精神が身体に引っ張られてんのかなぁ。

 前世も大人になっていないガキだったけどね。


(耳をふさいでしまおう、そうすれば多少は楽になるはず―――)


 自分の中の弱い部分が顔を出しかける。


 ―――その時、



「キャーッこっち向いてくださーい!」「お勤め頑張ってくださーい!」


 父上への歓声が飛び交う中


「若様ーーーーー!がーんばっってーーーーー!」


 と子供の声が聞こえた。


 声のする方へ反射的に視線をやる。


 注意しないと聞き逃してしまいそうな声――。


 けれども確実に俺への言葉だった。


 大人たちがひしめき合う中、その間から子供の顔を見つけた。


 お互いの目が合う。


 勘違いなのかもしれない、届かないかもしれない、それでも―――


 ―――――ありがとう―――――


 そうありったけの気持ちを込め頷いた。


 手を振る時間も窓から乗り出し叫ぶ時間もなかった。


「―――!」


 視線の先、少年の翡翠ひすい色の目が見開かれる。が、すぐに大人たちに飲み込まれてしまった。

 馬車はそのまま中門、そして外門を通り抜けていく。


(ちょっと勇気もらっちゃったな)


 誰かが俺を見てくれていた。その事実だけで今は十分だった―――。




 ◇◇◇




「今絶対若様と目が合った……」


 翡翠色の目の少年ルイスはそう呟いた。


「は?そんなわけねえだろ!」

「そうよそうよ!」


 一緒に来た近所の子供たちがわめいているがルイスには聞こえていない。


(カッコいいなぁ、俺よりも全然年下なのにすごいなぁ)


 彼は先ほどアルテュールに対して声援を送っていた。

 周りはみんな領主であるベルトランにしか声援を送らない。

 それではアルテュールが可哀そうだ。

 そう思い声をあげたのだ。

 心優しき少年である。


 ルイスは知るはずもないがその声はしっかりとアルテュールに届いており、勇気を与えていた。


(俺の声にも反応して頷いてくれた!なんて器の大きな人なのだろう)


 庶民しょみんにとって貴族きぞくとは雲の上の存在である。


 そんな存在が庶民、しかもまだ子供である自分に対してうなずき返してくれた。


 それだけでルイスは嬉しかった。


 超絶美人な若手女優が自分の声援に応え目を合わせて手を振り返してくれただけで多くの少年は恋をする。それと同じだ。


(どうすれば、若様の役に立てるのかなぁ。そもそも自分なんかが力になれるんだろう)


 大事な思考過程しこうかてい数段階飛すうだんかいとばした純粋じゅんすいなルイス君は一生懸命いっしょうけんめいに考える。


 そして決心した。


(いや、なるんだ!)


 アルテュールのあずかり知らぬところで一人、部下が生まれていた。

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