幼少 ―初めての王都―
第32話 弟と王都
「いないいない……ばぁっ!」
「きゃっきゃっ♪」
(かわゆす……天使というのはこういう声で笑うのだろうか)
5歳の誕生月を来月に控えている俺は今、2か月前に生まれたばかりの弟リュカの部屋に遊びに来ている―――そして早くもブラコンを発症していた。そんでもって隣には爺馬鹿が‥‥‥。
「リュカ~、おじいちゃんだぞ~。ば~!」
「うあう、キャッキャ♪」
流石天使リュカ、気持ちの悪い猫なで声のマッチョに対してもサービス精神旺盛だ。俺は顔を歪ませた覚えがある、というか今も歪んでいる。じいちゃんキモイよ…。
「なんじゃアル、けったいな顔をしよって。リュカが見とるぞ」
(なんだと…!リュカたんが見ているだと!)
じいちゃんからリュカへ視線を向ける、不思議そうな顔でこちらを見ていた
「リュカ~どうしたんだ~?お兄ちゃんだぞ~」
「なんじゃその気色の悪い声は」
(あんたにだけは言われたくねぇよ)
「というかじいちゃん、要塞の指揮はどうしたの」
領都スレクトゥは今日も今日とて平和なのでつい忘れてしまうが、戦時中だ
アマネセル軍を一回壊滅させたとはいえあれは4年も前のことなのだ、指揮官がここにいていいのだろうか。
「クレマンがおる」
じいちゃんはリュカを見たままそう答えるが職務放棄という言葉が俺の脳内を通過した。
(まあいいか、リュカを見て忘れよう)
リュカは手足をバタバタさせていた。
「あ~うっ、たぁ!」
(…かぁいい)
◇◇◇
「アル様、御屋形様がお呼びです」
ひとしきりリュカ成分を補給した後、自室で魔法の授業の時間まで暇を潰しているとハッツェンにそう声をかけられた。どうやら父上がお呼びらしい。
俺なんかやったかなぁと思いながら父上の部屋に続く廊下を歩くき、執務室の前に着く。
「父上、アルテュールが参りました」
「入れ」
俺が到着の合図をしてすぐに中から父上の声が聞こえてきた。
「失礼します」
父上の顔を見てほっとする。
どうやら叱られるわけではないようだ。
叱られるようなことをした覚えはないが。
「急に呼び出してしまってすまない。この後授業があるのだろう?」
「はい、魔法の授業がありますね」
「それならば、早速要件を言おう。来月に控えた誕生月を祝うパーティーだが、王都でやることになった」
「…理由を聞いても?」
予想外のことだったが、何とか言葉を返し理由を聞く。
「そうだな、理由は国王陛下がアル、お前に会いたいからだそうだ。これ以外の理由はない」
「そりゃないですね…」
アルトアイゼン王国のみならず超大陸テラに存在する国の多くが王権政治を敷いている。
故に国王の
たとえそれが孫に会いたいという傍から見ればくだらないお願いであっても、だ。
(7歳の適正の儀の時じゃねぇのかよ、心の準備ができてないぞ)
自然と顔が歪む。
「そう嫌な顔をするな。というか絶対に国王陛下の前でするなよ?陛下が泣いてしまう。まあ、そんなに固くならなくていい、陛下と会う時は私とアナもいるからな。なにせ生まれて初めての王都だ、緊張しすぎて楽しめないのはもったいないだろう?アルはただ楽しめばいい」
父上に気遣いの言葉をかけてくれる。
おかげで少し心に余裕ができた。
「そうですね、いかにして王都を楽しむか考えておきます。陛下はそのついで、と」
「極論を言えばそうなるな。ただ絶対にさっきの顔と合わせてそれを言うなよ?」
あまりの極端さに父上は苦笑いしながらもしっかりと釘を刺してくる。
(王都で何しよっかなぁ、孤児院組の誰か連れていけないかなぁ)
俺の気持ちはすでに不安から期待に変わっていた。
◇◇◇
「というわけで、王都に行く人員を選びたいと思う」
父上からの話の後いつもの如く行われた魔法の授業に参加し、いつもの如く社会の授業に向かう。
みんなを止めて、一人土魔法で作った壇に上がり宣言する。こうでもしないと目立たないのだ。
「というわけでの意味が分からないのですが」
「細かいなーラヨスは、私行きたいですアル様!」
「あ、ルウ姉ずるい。アルさまオレも、オレも」
「こらっデール落ち着きなさい!……私も行きたいです」
「うっせー、ブス!」
「ブスって言ったわね、馬鹿デール!」
(あぁ、やっぱりこうなったか……やり方ミスったな)
動物園状態になった子供たちを前にどうやって決めようか悩む。
いけるとしても三人だ、これは先ほど母上に聞いて確認を取った。
父上にお願いするより母上にお願いする方が通りやすい、うちは女性が強いからな。
父上には母上、じいちゃんにはばあちゃん、俺には今のところハッツェンが有効的だ。
―――置いといて
思考を戻す。
三人のうちの一人はグンターにしたい。
彼は孤児院組のリーダーだ、その不在はラヨスとかに任せとけば大丈夫だろう。
(あと二人か……)
俺がこうして悩んでいる間にも子供たちが動物園状態から半狂乱状態になっている。
「お前ら静かにしろ―――」
そんな子供たちに向かってグンターが静かに、諭すように注意する。
子供たちが叫ぶのをやめた。
みんな我に返ったようだ、しゅんとしている。
「ありがとうグンター。いやすまん、俺の聞き方が悪かった。三人連れていく予定なんだがけど、一人は決まってるんだよね。それで残りの二人をどうしよっかなーって。行きたい気持ちはわかるんだけど、今回はお遊びで連れていこうとは思っていないんだ」
―――嘘である。
俺自身はめっちゃ楽しもうとしている。
しかし、そう言ってしまうと先ほどのように収拾がつかなくなってしまうのでわざと真面目そうな顔をして話している。口調は適当だが…。
そんな俺の(偽の)雰囲気にあてられた子供たちはどうすれば王都に連れていってもらえるのかを真剣に考えていた。
あたりが静かになる。昼と夜の中間の時間、凪が訪れる。
その静寂を破ったのは意外な人物だった。
「―――わたし、いきたいです……」
ルーリーが小さな声で、しかしはっきりと自分の意思を口にした。
「「「「「!?」」」」」
この場にいる全員が驚いている。もちろん俺もだ。
彼女は臆病な子だ。いつも姉のルイーサや女の子の中では最年長のルウにくっついている。
そんな彼女の心境にどんな変化が起きたのだろうか。
誰も反応してくれないので、下を向きプルプルし始めてしまったルーリー。
せっかく声をあげてくれたのにこれでは可哀そうだ。
近くにいるルイーサが声をかけようとしているがそれに被せるようになるべく優しく声をかける。
「ルーリー、理由を聞いてもいいかい?」
俯いていたルーリーが顔をあげ、涙がたまった目で俺を見つめ返して震えた声で言う。
「わたし、いつも…ねえさんとか…ルウちゃんにめいわくかけっぱなしだから…。わたしこわがりだから…。アルさまについていけば…こわがりじゃなくなれるかもだから…。だから、だから―――」
とぎれとぎれの言葉でもしっかり気持ちが意思が伝わってくる。
(この世界の子供たちは強いなぁ)
そう思わずにはいられない。
環境は人を強くする―――。
前世の俺は12歳の時、好きな子にちょっかいしかかけていなかったぞ。
グンターみたいに自分を犠牲に仲間を守ろうとするような強い覚悟なんてものはこれっぽっちも持ち合わせていなかった。
4歳の時なんて……何してたっけかな―――ああ、友達に対して人差し指立てて「と・も・だ・ち…」って言って怖がらせてた。…ろくでもねぇな。
くだらない記憶をゴミ箱にポイする。
(ルーリーは変わりたいと思っていたのか……周りの様子からして誰も気づいてなかったっぽいな)
「ついてくる?」
いろんな感情が胸中で渦巻いているであろうルーリーに再度問う。
これ以上の言葉はいらんだろう。
「うん!」
ルーリーが頷く。
彼女の顔に大輪の花が咲いた。やはり女の子には涙よりも笑顔の方が似合う。
「よし、決定だ」
ほっこりするのは後だ。
子供たちが再び騒ぎ出す前に早く最後の一人を決めてしまおう。
前にいる子供たちを見渡し、目的の人物を見つける。
「あと一人はそうだなぁ――イーヴォお前来い」
「?」
突然呼ばれたイーヴォは自分の顔に指をさして不思議そうにしていた。
「そう、お前だ」
「……わかった」
口数の少ないイーヴォが片言返事をする。
え?イーヴォを選んだ理由?
ラスト一人をだれにしようかみたいな場面の時はイーヴォ一択と決まっているからだよ。
みんなもなぜかそれで納得する。不思議だ。
それに彼は口数は少ない方だが、いやな時なら「いやだ」と言う。
だから今回は大丈夫
「よし決まりだ、あとはグンターもだ、そんでグンターが留守にしている間はラヨスが孤児院組のリーダーな」
「は、はい!」
グンターは少しうれしそうに、
「僕がリーダーですか?」
ラヨスは疑問を口にする。
「ん?じゃあ、ルウをリーダーにするか?」
「いえ、わかりました……僕が一時的になります」
俺がルウを見ながらそんなことを言うやいないやラヨスは頷いた。
「え?アル様、ラヨスそれどういう意味?ねぇ、ちょっと!」
話がまとまったので抗議の声をあげているルウを無視。
王都に行く三人にはいつでも出られるように準備をしておいてと言っておく。
「よ~しみんな~、社会の授業に行くぞ~」
「「「「「は~い」」」」」
選ばれなかった者も不満に思っている様子はない、よかった。
ルーリーの決意を聞いたということもあるのだろう。ここで不満を言ったら彼女の決意を
「ちょっと~、無視しないでよ~!」
かわいい顔をぷりぷりとさせているルウは無視だ。
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