第31話 寂しさ
実験が終わり、少しずつ夜の気配が近づいてきた空を眺めながら本日最後の授業に向かう。
本日最後の授業とはハッツェンが教える社会の授業だ。
社会と言っても世界史とか日本史みたいに「何年に誰がどこで何をした」みたいな細かいものではない。
「ここには何がある。あそこには何がある。」というような貴族や商人ならばだれしもが知っている知識だ。
だがそれでも十分に高度な教育と言える。
この世界には小さな村で生まれ、そこからほとんど出ることなく過ごし、自分が何処の国の者なのか知らずに死んでいく人もいる。
その人たちが不幸であるとは言わない。
しかしそれでも俺は孤児院組の子たちに世界を知ってほしいと思った。
先ほど魔法の授業を行ったところから少し離れた使用人たちの居住棟にある食堂でその授業は行われる。
授業が終わればあたりは暗くなるだろうし敷地内とはいえ夜は夜だ。子供たちだけで出歩くにはちと危ない。
俺はハッツェンがいるから大丈夫だ、それに近衛騎士団員数名も付いてくる。
大袈裟すぎると思うが、俺がここで授業をやりたいと我儘を言った結果だ、仕方ない。
授業が始まる数分前、孤児院組の子たちと俺、ハッツェン以外の人影が食堂中にあった。
その人影の正体はここに住んでいる使用人たちの子供で使用人見習いと呼ばれている。
俺の未来の家臣として日中は稽古や勉強をしている孤児院組とは違い彼らはうちで仕事をしているため、勉強がしたくてもできない。
そんな子供たちをこの授業に任意で参加出来るようにした。
ここ5か月の間に少しずつ参加者が増え今では使用人見習いの子供たちの全員が参加している。
初めの頃は誰一人として参加していなかった。一月経っても誰も来なかったので流石におかしいと思い、原因が俺にあるのかな?と一度授業に出ずに隠れて見ていたことがある。
そしたら三人来た。
俺のせい確定である…。
心に深い傷を負った俺はその日から今日までずっと隠れて授業に参加している。
今もキッチンの中で身を潜め、授業の様子を見ていた。
「前回の授業の内容を言える人はいますか?」
「はい!前は超大陸テラにある国々の名前を覚えました。アルトアイゼン王国でしょ、アマネセル国でしょ、エテェネル王国でしょ、スラ―ヴァ帝国でしょ、あと、あと―――」
「オルド魔法王国とエザグランマ自由都市群です!」
「あっ、言わないでよ~今思い出しそうだったのに~」
「ちゃんと復習してないからだぞっ、ハッツェン先生は復習が大事だって言ってたのに」
「ちゃんとしたよ~、本当にあと少しだったんだよ~……」
「はいはい、二人ともそこまでよ。リジーあと少しだったわね。でもあなたがしっかりと復習しているのはわかりました。ヨーンもしっかり復習していますね。ただ女の子には優しくしないとだめですよ?」
「もっとしっかり復習しますっ!」
「わ、わかったよ、やさしくするよ」
微笑ましい光景が目の前に広がっている。
ただただ羨ましいと思う。
でもあそこに俺の居場所はない。
俺はこの家の長男なのだ。
その肩書だけで年端も行かない少年少女たちを怖がらせてしまう。
だからここでこうしてこっそりと覗いているのだ。
人の成長を見るのは楽しい―――。
最初に発言した女の子リジ―は初めの頃、緊張して人前では上手にしゃべれなかった。
次に発言した男の子ヨーンはハッツェンの言うことを聞かなかった、親に無理やり連れてこられたからだ。
しかしそんな二人は今こうして楽しそうに授業を受けている。
(うれしいなぁ、なんかいいことをした気分だ)
そうやって、心にある寂しさにそっと蓋をして再び授業に集中を向ける。
「今日は今ヨーンが言ってくれたエザグランマ自由都市群について話していきたいと思います。この中でエザグランマ自由都市群について何か知っていることがある人はいますか?「はい」――では、マニー。知っている範囲でいいので教えてください」
一人の少年が立ち上がる。
このマニーと呼ばれた少年も初めは他の子と一緒で授業にただ参加するだけで、発言はしなかった。
けれどもラヨスと気が合ったのか途中からは授業中にラヨスとああでもないこうでもないと議論?をしはじめ、こうして授業中でも発言するようになったのだ。
昼休みに食堂からグンター、ラヨス、マニーが三人で出てくるところも何度か目撃している。
マニーが落ち着いた様子で話し出す。
「エザグランマ自由都市群とはアマネセル国の東側と国境を接している都市群の総称です。ベルヴァ、ペッティロッソ、テゾーロ、デゼルト、ソットマリーノ、セレーノの六つの大きな商業都市を中心として発展していて、どこの国にも属していませんがその商業力で周辺各国へ大きな影響力を持っています」
「よくできました。ちなみにですが誰に聞きましたか?」
「……ラヨスです」
ハッツェンからの質問にマニーが恥ずかしがりながら告白する。
マニーが少し得意げになっていたので、彼女が釘を刺した形だ。謙虚にね♪と。
「では、今日の授業に入りましょう。今日はエザグランマ自由都市群の六大都市の一つ、ベルヴァについてです。―――――――」
◇◇◇
本日の授業がすべて終わり、家族と共に昼よりも少し豪華な夕食を食べ終えた俺は自分の部屋で一人考え事をしていた。
近くには誰もいない。
一番近いのは部屋の外で待機している騎士くらいか。
「5歳になるまでの間にほかになんかやることないかなぁ」
独り言が広い部屋に静かに響く。
今の俺の日常は稽古と勉強その二つが主軸となり構成されている。
稽古はオルデンと父上に、勉強は唯一の親しい同年代である孤児院組と一緒に。
前世と比べたら結構頑張っている方だと思う。充実した毎日だ。
自分が成長していくのも肌で感じている。
ただ…―――
「寂しいな~」
―――そう、寂しいのだ。
友達探しを決意したあの時もそう、食堂から楽しそうに出てくる子供たちを見た時もそう、授業をこっそりと覗いていたさっきもそう。
寂しかった。
これが当たり前なのであればその気持ちに気づくことはなかったのだろう。
ただ俺には前世の記憶がある。傍にはいつも一緒に馬鹿やってきつい練習を乗り越えてきた仲間がいた。
だから、この気持ちに気が付けてしまう。
少し前まではリア姉がその穴を埋めてくれていた。
毎日毎日、俺が赤ん坊だった頃から部屋に来て一緒に遊んでくれた。
そんなリア姉は今頃楽しい学園生活を楽しんでいるに違いない。
結構厳しいところだと聞いていたが、あのリア姉だ。
そんなの関係ないわ!と言わんばかりに暴れていることだろう
「ふっ」
思わず笑いがこぼれる
(おもっきしシスコンじゃねぇか……)
リア姉からもらった笑いで寂しい気持ちをしまい込み、明日からのことを考えはじめる。
「っしょ……明日から何しよっかな~」
ふかふかのベッドに飛び込み、意味もなくまた独り言をつぶやく。
結局その日は何にも思い浮かばなかった。
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