第34話 本です

 馬車に揺られること約三週間―――。


 ここまでの道中少し気持ちが軽くなった俺は父上との会話を楽しんでいた。


そしてついに、視界に王都アイゼンベルクの外壁が映り込む。


(長いなぁ…)


 最初はそんな感想を持っていたが近づくにつれて長いからデカいへと変わる。


「おぉ」


 小窓から顔を出し食い入るように観察する。


 灰色の外壁は横を見れば果てしない程遠くまで伸びており、上を見れば誰かがいる。常駐兵だろうか。

しかし表情は見えない、それほどまでにその壁は高かった。


「すごいだろう、ここはまだ3つある外壁のうちの一つだ。これが後2つ続いた先に王都アイゼンベルクがある」


(まじか。)


「こんなに長い壁が3つもあるんですか―――人員は足りるんです?」


 外壁の内と外を満遍なくすべて監視するとなると長いという特徴はそれだけでデメリットになる。どこか一か所でも監視の目が届かない場所があるとそこから間者が入って来たりしてしまったり、後ろ暗い取引の現場となってしまうからだ。

 内側になればなるほど短くなるのだが、それでも外壁は3つもある。金食い虫の常備兵が足りるのだろうか


「お前は変なところに気がつくなぁ、まあ疑問に思うのはわかる。普通ならば足りなくなり、侵入者を感知できなくなったりする。しかし、ここは違うのだ。詳細は話せないがそれを補う何かがあるんだよ」


「国家機密ですか、」

「そういうことになるな。ところで、そんな言葉何処で習ったんだ?」

「本です」

「……そうか」


 そうこうしているうちに2つ目の外壁が見えてきた。先ほどの外壁と同じ見た目をしている


「先ほどの外壁と見た目は同じですねぇ」

「性能は違うと?」

「はい、同じでは芸がありませんから。あってます?それともこれは国家機密ですか?」

「…私はもう驚かないよ、アル」

「父上、声に出ていますよ」

「出しているんだ」

「……」


 最後の外壁が見えてくる。外壁間の距離が狭まっている気がする。何でだろう


「父上、なんで先ほどよりも外壁間の距離が短いのですか?国家秘密ですか?」

「……そうだ」

「そうですか……」


 ちぇっ、つまんねえの。


 最後の外壁を通り抜ける。するとすぐに王都アイゼンベルクの灰色の城壁が見えてきた。ん?黒っぽい城も見える気がする。


 城壁と遠目に見える城も遠くからなのであまり正確なことは分からないがかなり高い。なんつー防御力なんだろう。


 この世界にはないがこれじゃあ大砲でも崩れる気がしない、と言うか一枚目の外壁からここまで届かないだろう。


 近づくにつれその大きさと豆粒くらいの何かが城壁の前で列をなしているのが分かってくる、それも無数の数がだ。


 近づくにつれそれが何かわかってくる。


「あれ、人ですか?」

「そうだ、あの列をなしているのは全て人だ。すごい数だろう?入都審査で身分が証明できれば基本誰でも入れる。それの順番待ちをしているんだ」


(へぇ、本当にすごい数だな。見ろ、人がゴ―――)

「バルス!」

「どうした?」

「という本です」

「…そうか」


 ようやく城壁前に着いた。

 そして並んでいる人々の横を通過していく、いけないことをやっている感がすごい。


「並ばなくていいんですか?」

「貴族は並ばなくていいんだ、王都に入ってくる貴族たちの大半は王命を受けて参上するからな。王命を遮るものがあってはならないんだよ」

「なるほど」


 王命の建前云々うんぬんはどうでもいいが、待ち時間が少なくなることは普通にうれしいのでラッキーと思おう。


 孤児院組が乗っている先遣隊とハッツェンら使用人が乗っている後続隊とは一旦お別れだ。

 彼らは一般の方に並ぶ。

 貴族用の方へ行けるのは父上と俺が乗っている馬車と護衛の騎兵のみだ。


「次の方どうぞ」


 隣にある一般の入都審査の受付よりも豪華な受付に通される。

 口調も丁寧だ。


「恐れ入りますがお名前を」

「ベルトラン・カーリー・フォン・ヴァンティエール=スレクトゥだ」


 父上が貴族用の声で答える。

 受付がざわついた。


「何か?」


(やめたってください父上)


 ヴァンティエール辺境伯は王国最強の矛であり盾である。長年の間、最前線で武器を振り続け王国を守護してきたのだ。その武勇と功績は国内だけではなく周辺諸国にも知れ渡っている。

 その王国最強と名高い一族はなかなか王都に顔を出さない。だから受付の兵たちは不意打ちをくらってざわついたのだ。そのうえで追撃もくらった


「も、申し訳ございません!して、そちらの方はご子息様でしょうか」

「如何にも」

「お名前を窺ってもよろしいでしょうか」


 お?俺の番だな。

 唾をのみのどを潤す、もし声が裏返ったりしたら大変だ。

 準備完了、びしっと決めてやる――。


「ア―――」

「アルテュールだ、これでいいか?」


 えー‥‥‥


「はい、結構でございます。これにて、入都審査は終了でございます。――――――第七騎士団一同敬礼!」


 ザッ


 近くにいた騎士らしき人たちが全員右握りこぶしを左胸にあてる。

 一糸乱れぬ動きだ、相当に訓練されていることが分かる。

 この敬礼は長年最前線で戦ってきたヴァンティエール辺境伯家に対してのものだろう。


「それが我らヴァンティエールの責務だ」


 かっこよく父上が返事を返す。

 俺を置いてけぼりにしてドラマが続く。拗ねるぞこの野郎。


 父上が合図を送り、馬車が動き出す。

 門を潜り抜けると視界が一気に広がり王都の様子が見えてきた。


 見渡す限りの人や建物、だが道行く人をよく見るとひとりひとりの外見が異なっていることが分かる。

 ヒューマンの他に本に出てきたようなエルフ、ドワーフ、獣人もいれば背がヒューマンの半分くらいの人もいる、ハーフリングだろうか。


「種族のるつぼ」そんな言葉が頭に浮かんでくる。


 また、種族は違えど皆活気に溢れており、誰もがここを世界の中心であると信じて疑わない、そんな顔をしていた。


 それを見てここアイゼンベルクの発展の中心にいるであろうまだ顔も見たことのない国王陛下自分の祖父に敬意を抱く。


 やはり、俺の家族は全員半端ない。




 貴族専用の道を通ってそのまま王都の中心部へと向かっていく。

 今いるところは下位区らしい。

 進行方向を見ると、当然中心にそびえ立つ城に目がいった。


「―――なんじゃありゃ」

「あれはアルトアイゼン王国の王族の方々が住んでいる城でアイゼンブルク城という。別名「黒狼の鉄城」だ。私も初めに見たときは驚いたものだ。」


 懐かしむように父上が教えてくれるが、違う。

 そうじゃない、俺が驚いているのは城じゃない。

 確かに城はすごいが今はそっちじゃない。


「父上、あれは何ですか」

「ん?アイゼンべルク城だが―――」

「いえ、違くて。なんか上を飛んでいます」


 そう、俺が驚いているのは城ではなく、たった今上を通り過ぎていった生き物だ


「あぁ、あれか。アルは見るのが初めてだったな、今通り過ぎていったのは騎竜だ。

 警備巡回しているのではないかな」


 ロマンの塊ドラゴンが上空かなりの高度を飛んでいる。

(あ、旋回した。めっちゃカッコいい)

 大きな体に何とも言えないゴツゴツ感、そしてそれを制御する大きな翼。

 ん~、たまらん。


 俺が騎竜ロマンに目を輝かせていると知らない間に外の風景が変わっていた。

 馬車が通っている道は綺麗に整備されており心なしか揺れが少なくなっているような。

 また道幅は広く馬車が横に数台並ぶことが出来そうだ。


「父上ここは?」

「ここは中位区だ。一定以上の庶民でも入ることが出来る。あれらは商業施設や騎士爵・男爵・子爵のような下位貴族の屋敷だ」


 父上が道を挟むように並び立っている下位区のものよりも高級感漂う建物を指さす。

 庭がある建物なんかもあった、貴族の屋敷とはそれのことだろう。


「へ~、ってことはうちの屋敷はまだなんですか?」

「まだだな。ただもう少しだ」


 うちは辺境伯家だ。その地位は子爵の上の伯爵、時には侯爵をも凌ぐ文句なしの上位貴族。

 上には公爵と皇爵しかない。

 公爵はアルトアイゼン王国の建国前からの家系で中には王族よりも長く続いている家もある。

 皇爵は王位継承をしなかった王族がなる爵位のことで名義的には公爵の上にある爵位だがその実、影響力は皆無だ。権威はあれど権力はない。


 この二つの爵位は数代でのし上がれるようなものではなく、侯爵や辺境伯も同じなので伯爵が事実上のし上がることのできる一番上の爵位である。

 そんな伯爵でも上位貴族の中では一番下の位なのだ。

 なので少し嫌な言い方になってしまうがうちの屋敷がここにあるわけない……。

 ほんとすごいところに生まれてしまった。





 ―――約30分後


 ようやくこの区画の終わりが見えてきた。


 しかし中心部にあるであろうアルトアイゼン城の大きさは先ほどとほとんど変わらない。少し近づいたな、くらい。

 ここ王都はどれだけ広いんだ?


 また門の前に着き、また名前を尋ねられ、また父上がそれに答え、またびっくりされる。さっき見たし……。


「失礼ながらそちらのお子様のお名前「アルテュールです」―――わ、かりました。ご協力感謝します……」


 父上に言われないように食い気味に答える。食っていたかもしれないが気にしない。


 また敬礼されている父上を放っておき門の向こう側を見る。

 そして、己が目をごしごし擦る。


(おかしい、道しか見えない)


 門から見えた下位区は人や道、建物と色々なものが見えた。

 しかし目線先の上位区には建物が一つもなかった、道しかない。

 馬車は進み視界が広がる。

 次第に何故建物を門の受付から視認できていなかったのかが分かった。


「父上、なんで街中にあんなにでっかい庭があるんですか…」


 そう、すべての建物に庭があるのだ、それも特大の……。中位区にあった下位貴族の屋敷にある庭とは比べ物にならない。だから建物が見えなかったのか。


「ん、そうか?伯爵家のものはそこまで大きくない気がするが」


(えっ、これでまだ伯爵家!上位貴族末端の伯爵家ですらこんなにあるのか)


 伯爵家を下に見ている時点で俺はもう大貴族の価値観に染まっているのかもしれない。

 その風景もある地点を境に様変わりする―――より高貴に。


「もう少しで着くぞ、準備をしなさい」

「父上のもう少しは信用できないのですが……さっきのもう少しから1時間ほど経っていますよ」

「…本当にあと少しなのだ―――ほら見えてきた」


 かなり先の方に人影がある

 その人影が人に変わり、表情も視認できるところまで近づくと馬車が止まり、扉が開かれ父上、俺の順に降りる。ようやく王都の地に足をつけれた。

 足の裏には文明の固い感触が―――


 地面を踏み踏みしているといつの間にか、執事服の老人が歩み出てきていた。


「おかえりなさいませ、御屋形様そして、若様」

「「「「「「「「「「「「「おかえりなさいませ」」」」」」」」」」」」」


 大勢の人たちが一斉に頭を下げる。深すぎず浅すぎず、絶妙な角度の綺麗なお辞儀だ。こちらまでお辞儀したくなる。


「ご苦労―――アル付いてきなさい。せっかくだ庭を歩いて行こう」

「はい父上」


 父上に続き門を通り抜け庭を歩く、どこか実家セレクトゥの屋敷の庭を思わせる雰囲気があることに気づいた。


「なんかうちと似ていますね。」

「ん?そう言われてみればそんな気がするな。何故だろう」

「うちの庭は母上が監修したと聞きました、ここもそうだからなのではないですか?」

「そうかもしない」

「え~~…」


 無頓着すぎる。

父上は結構抜けているところがあるからなぁ。


 この前もウワッカム牛の魔物の肉を食べて「コッホ、今日のビスコット豚の魔物は良い脂がのっているな、どこのものだ?」と聞いていた。


「っ―――!」


(あっぶねぇ……さっきコッホが言ってたろ、ウワッカムのブレゼ蒸し焼きって)


 吹き出しそうになるのを我慢して文句を心の中で垂れた覚えがある。


 そんな父上に対して母上が、


「ベル、黙って食べなさい」

「え?しかし―――」

「――黙って」

「…わかったよ」


 王族である母上は食に関してかなりのこだわりがあるため、コントみたいなことをやった父上にまあまあキレていたのだ。

 食事の後は元のラブラブ夫婦に戻っていたが…。


(少し抜けているくらいの方が女性にモテるのかな)


 後でハッツェンの前で両靴下色違いを履いてみよう、きゅんっとしてくれるかもしれない。私がいないとだめなんだからぁ~的な?ハッツェンの萌え声を聞いてみたい。


「アル?」

「はい?」

「―――気のせいか。いやなに、少々馬鹿にされた気がしてな」


(意外と鋭いな)


 いつもは抜けているけど時々鋭く賢いところを見せる―――はっ!ギャップ萌えか!策士だな父上、これで母上を落としたのか。なら鈍感系を目指すのはなしだな、あれは周囲を不快にさせる。


 モテ美学について考察していたら玄関前に到着していた。

 入り口付近しか見てない覚えてない。


 王都別邸に入るなり本日二度目のお出迎えをされ、案内される。

 部屋の中に入り早速靴下を片方だけ履き替え、持ってきた本を読みながらハッツェンの到着を待つ。




 ―――2時間ほどして日が暮れ始めた頃


 屋敷の下から慌ただしい音が聞こえてきた。どうやら到着したらしい。


 本を閉じ扉から少し離れたところでそれとなくポーズをとる。


(まだかな、まだかな)


 10分ほどしてから扉が叩かれる。


 コンコン


「アル様、ハッツェンです」


 いつもよりもかっこよく―――


「ウィ」


 ―――返事をした


「……」


 何故か少しの間があった、まあいいだろう。


「失礼します」


 ハッツェンが入ってくる。


(さあ言うんだあの言葉を!)


 期待に胸膨らませる。プリーズ萌え声!


 俺をじっくりと見たハッツェンが開口一番に言う


「―――私がいないとダメなんですね?アル様」


 心底あきれた声で―――。


(あれ?なんか違う―――)


 この日、俺の黒歴史が一つ追加された。




◇◇◇




 ―――10分後



「なぁハッツェン、さっきの忘れてくれないか」

「無理です」

「そこを何とか…」

「私が忘れればアル様はもう一度同じ過ちを繰り返してしまうかもしれません」


 悲しげな表情でそう言う。そんな顔して言うなよな。


「……」


 当然何も言えない。


「もうアル様ったら、私がいないとダメな「覚えてていいのでやめてください」―――わかりました、もう変なことは考えないでくださいね?」

「わかったよ…」


 先ほどまで珍妙にして滑稽な格好をしていた俺は靴下を脱がされ説教されていた。

 ハッツェンの萌え声は最後まで聞きたかったが心が持たなかった。

 モテ美学を持っていた無敵な俺はもうどこにもいない。さっきまでの俺は何だったのだろうか、あれはギャップなどではない、間抜けというのだ。


「ごめんよハッツェン、こんな情けない主で」

「いいのですよ、人は誰もが過ちを犯します。その時に大切なのは過ちに縛られるのではなく次に生かすことです。わかりましたか?アル様」

「うん」


 これは黒歴史を刻んでしまった5歳児と純情可憐じゅんじょうかれんな16歳の少女の会話である。迷える子羊とシスターの会話ではない。


「アル様、夕食に向かいましょう。そろそろ御屋形様も来られるでしょうし」

「うん」


 ハッツェンに手を引かれた俺は食堂に向かっていく、屋敷の中のことなんて何も知らない。彼女だってそのはずだ―――


(アレ?)


「ハッツェンどうやって行くかわかるの?」

「……」

「そこら辺の人に聞こうか?」

「…はい」


 珍しいこともあるもんだ、普段なら彼女はこんなミスをしない。

 変になった俺を見て動揺していたのかもしれない。申し訳ない気持ちになる。


「食堂がどこにあるか知りたいのだが」


 近くにいた綺麗な侍女さんに近づいて聞く。


「あら若様、迷子ですか?案内いたします。あなたも付いてきなさい」


 迷える子羊二人は歩き出す。



◇◇◇



「―――――――とシャーフ羊の魔物肉のポワレ マデラソースでございます」


 本日の夕食のメニューが紹介され、目の前に出されたラム肉を見て俺は呟く。


「君も迷い込んだのかい?」

「何を言っているんだお前は」

「同志を見つけたのですよ父上」

「それも何かの―――」

「本です」

「……そうか」

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