第28話 哀れ父上

 食堂の自席に着き、父上と母上の到着を待つ。

 俺の周りには執事と侍女が背筋を伸ばして待機している。

 彼、彼女らがする仕事は特にない。強いて言うならば話しかけられない限りは黙っていることか。


(仕事じゃないな)


 にしても寂しい。

 今頃、俺と同い年くらいの孤児院組はみんなでワイワイと楽しく食事をしているのだろう。その後小さい子供たちは昼寝―――俺にはないのに……。


 姉上が王都の学園に行く前まではこの待ち時間でも話しかけてくれたので寂しいと思ったことはなかった。


 ガチャ、ぎー


 ほぼ無音の部屋にドアを開かれる音が響く。


「あら、アル、早かったのね。待たせてしまったかしら?」

「いえ、今来たところです」


 テンプレなセリフを発した俺は、今入ってきた母上のお腹を見る。

 そのお腹は服の上から見ても瞬時にわかるほど膨れていた。

 今母上は妊婦さんなのだ。妊娠8か月くらいらしい。孤児院事件の後、俺にこっそり教えてくれた。

 大変びっくりした俺だが、それ以上に驚いたのはその時はまだ父上が知らなかったことだ。


「あの人には、お仕置きが必要です。子供を大切にしない人には教えません」


 私は怒っていますという顔をしていた。

 妊娠5か月までは厚着とかをして隠していたらしく、また寝室も別にしていたらしい。

 そりゃあんまりだ、父上可哀そうと思いながらもネタばれはしないでおいた。


 俺が悪かったとはいえ首に剣突き付けられたんだ、これくらい許される…はず。


 父上が来るまでの間、俺の席で俺を膝に乗っけた母上に午前中の出来事を話したりして時間を潰す。


 やはり、気を遣わずに話してくれる相手と会話するのは楽しい。少し先になるが、弟か妹が生まれたらもっと楽しくなるだろう。

 まもなくして、父上が食堂に入ってくる。


「待たせたな」

「――遅いです」

「……すまん」


 俺を膝から降ろし席に戻した後、自席に向かっている母上は言葉の弾丸で父上を撃ち抜く。


(あぁ、可哀そうだ、、、)


 俺が父上を憐れんでいる間に料理長のコッホを先頭にして料理が運ばれてくる。


 ちなみに彼らが入ってきたのは、俺と家族が使っていた扉ではなく料理室へとつながる通路側の扉だ。

 無駄にデカくて長い机の上に父上、母上、俺の順番で料理が置かれていき、すべてが卓に揃った後、コッホが献立を口にする。


「―――ハイマート子爵領産特選ウワッカム牛型の魔物肉のパイ包み焼き~フィリグラン風~―――ハイマート子爵領産アウィス鴨型の魔物の肝臓のテリーヌ―――ボリトゥス高級キノコとブッフサレ―――レズン干し葡萄のガトー仕立て―――オルスグラミニス野菜がふんだんに入ったサラダ……でございます」


(情報過多なんですが……)


 そう思いながらも、しっかりと聞いて自分の知っている情報と照らし合わせる。


 ハイマート子爵領とは北方連盟に参加している貴族、ハイマート子爵家の領を指している。

 あそこは結構な田舎だが、領地的には広く、自然豊かで農耕、牧畜が盛んなことで有名だ。

 また、献立からわかる通りこの世界では魔物を普通に食う。

 むしろ、高級品とされるものが多く、ウワッカム牛の魔物アウィス鴨の魔物はその代表例だ。

 そして、フィリグラン風のフィリグランとはアルトアイゼン王国南部にある王国一の芸術都市の名前からきている。

 地球で言うパリに近いかもしれない。

 そこで考案された味付けの為、フィリグラン風と言われているらしい。


 情報確認を行っている俺を気にすることなく父上が食べ始める。


 それに続いて母上。


(いただきます)


 最後に俺も心の中で手を合わせてから食べ始める。


 料理の味は「とにかくうまかった」とだけ言っておこう―――。




 ◇◇◇




 家族との食事を終え、すぐに近衛騎士団の寮に併設されている練兵所へと向かう。

体術の個人レッスンを受けるためだ。


 今日の教師は近衛騎士団団長のオルデンでまた別の日は父上と、その時も練兵所を使う。

 食後の運動にはきついものがあるが、もう慣れた。

 実戦においても「今少し待たれよ、食後なのだ」と言って、ああそうかとなる者はいないだろう。

 魔物相手に「正々堂々勝負だ!」と言うのと同じくらい阿呆な行動である。


 練兵場は屋敷と同じく内門の中にあるのでそれほど遠くない。

 同じ区画にあるのは有事の際にヴァンティエール辺境伯家をすぐに守ることができるようという理由かららしい。


 午後2時の鐘が鳴る前に着き、練兵所にある更衣室でほかの近衛騎士と一緒に運動ができる格好に着替える。

 ハッツェンに頼り過ぎは良くないと思い、こういう時は自分で着替える。それが当たり前なんだけどね。

 早々に着替え終わり、団員と雑談しながら廊下を抜け、訓練の広場へと出て行った。


 いろいろな訓練道具がそこら中に点在する中、開けたスペースで圧倒的な存在感を放ちながら仁王立ちしている初老の男を見つける。

 俺はその男―――オルデンへと近づいていった。


「お?若、来なさったな」


 にかッと笑いながらオルデンはそう言う。


「俺が練兵所に入ったタイミングで気づいてたろ、オルデン」

「正確には、お屋敷から出てこちら練兵所に向かってくるあたりですかな」


(化け物め……)


「はっはっは、そんな目で見なさんな、私の役目はヴァンティエール辺境伯家の皆様をお守りすることですからな。これくらいはやらねば」


(頼もしいと思えばいいか……)


「はぁ~」


 ため息をついて話を切る。

 そして、意識を授業の方へ―――。


「今日もよろしくお願いします。」

「こちらこそ。では若、始めましょうか」


 約1時間の授業が始まる。

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