第29話 ヴァサア流格闘術
「シッ―――――ふッ!」
「そうです、まずは型から覚えていきましょう。基礎がなければ、十も百もございませんからなぁ」
(この野郎、全部片手で受けやがって……)
ストレッチと軽いランニングをした後、俺は前に教わった戦闘の型をオルデン目掛け放っていた。
基礎なき応用など存在しない。
世界が違えどそこは変わらない。
俺自身も基礎がなければ進歩も発展もないと思っているので、別に不満はない。
というか、身体が未成熟すぎるので型しかやらせてもらえない。
型だけでも初めは渋られたのだ。
「それっ」
オルデンから攻撃が飛んでくる。
威力は大したことないがとても鋭いという何とも不思議な突きだ。
(この場合はこうっ―――!)
オルデンの突きを水の如く滑らかに流しカウンターを放つ。
「いやはや、若はとてつもなく器用ですな、その調子ですぞ。ただ―――そいっ」
先ほどと同じような突きが飛んでくる。
(受けなが―――あれ?)
反応できずまともにくらった。
(なんでだ?意味が分からない)
そんな俺のもとへオルデンが近づいてくる。
「何故か、と原因を探るのは大変結構なことですが、戦場で敵は待ってくれませんぞ。まずは立ち上がり構えるのです。その後に、動きながら考えること。良いですかな?」
至極当然のことを言われた
「ああ、すまん」
「して、どうですかな?ヴァサア流は。私はかなり良いと思っているのですが」
「ん?あぁ、結構気に入っているよ、俺にも合っているようだし。まだ型だけなんだけどね」
「ほう、そりゃよかったです。私の勘が間違っていなかったということですな」
わっはっは、と満足げに笑うオルデンを尻目に俺は体術座学の授業でのことを思い返す。
◇◇◇
「オルデン、主流な武器って何?」
「主流な武器ですか。そうですなぁ―――」
―――オルデン曰く。
この世界での俺たち―――ヒューマンの武器は主に剣、槍、弓、斧、棒、盾なのだという。
他にも、レイピアや刀、鎖鎌とかもあるらしいが、これらはマイナー武器の部類に入る。
そして性別や種族によって主要武器も変わる。
ヒューマンの女性はレイピアや短剣、弓などの比較的に軽い装備を好む傾向がある。
ファンタジーの定番種族エルフやドワーフ、獣人族もいて、エルフは数こそ少ないものの魔法適正が高く自然を愛しており長命で弓を好む者が多い。
また、ドワーフの男性は筋骨隆々で低身長、斧や戦槌を好み。
女性は筋肉質ではあるが意外とすらっとしており器用かつ力もあるため、槍などの長物を好む。
獣人族はそもそも武器を使う者が少ないらしい。魔法適正が低い代わりに授かった驚異的な身体能力と強靭な肉体を使い、肉弾戦に持ち込むという。
ヒューマンは他種族と比べてそれといった特徴がないようだ。
「ヒューマンが他種族と比べていろいろな武器を主流にしているのは何で?」
「それはですねぇ、言ってしまえばヒューマンは他種族に比べ一人一人が弱いからですよ。まあ、例外は存在しますがね。基本的にヒューマンは獣人族よりは魔法適正が高いですがドワーフ、特にエルフと比べると低いと言わざるを得ませんな。身体能力もそうです。エルフのように木々を飛び回れる身軽さもドワーフのように軽々と岩を持ち上げる剛力、獣人族のような総合力の高い圧倒的身体能力もない。―――半端者、それがヒューマンです。だから、少しでも自分に合う武器を選ばなければやってられんのですよ」
「ふ~ん」
(数や適応力ではヒューマンに軍配は上がるかもしれないけど、それは集団の時に限る。個々人では何もできないか……)
少し悟り気味の俺にオルデンが続ける。
「ただ、ヒューマンもそう捨てたもんじゃないですよ。個々人の力が足りないのを技で補う。そしてその技を進化させながら継承したんです。それが流派というものです」
主要武器にはそれぞれ有名な流派があるという。
剣ならば、グラディウス流剣術。
槍ならば、ロストルム流槍術。
弓ならば、アルク流弓術。
斧ならば、エリジア流斧術。
棒ならば、ペルティカ流棒術。
盾ならば、スクトゥム流盾術。
ちなみに父上はロストルム流槍術の師範代らしい。
師範代と言うのは流派内での実力を表す呼び名の一つで実力を表す呼び名は上から順に――
総師範:開祖の後継者
師範代:次期総師範候補
範士:教師の先生・道場の支道場を任される
教士:錬士の先生
錬士:上級
:中級
:初級
―――となっている。
すべての流派がというわけではないが大体はこれらしい。わかりやすくて何よりだ。
また総師範は後継者と認められた一人しかなれない。よって師範代は実質的な最高階級である。
槍の主流派―――ロストルム流の師範代である父上は、無茶苦茶強いということになるな。
(どうして俺の家族には平凡な人物がいないのだろう)
ここまででオルデンが教えてくれた主流派の中に格闘術という言葉はなかった。
「ヴァサア流は―――格闘術は主流じゃないの?」
ヒューマンだけではなく他の種族にもなかったのだ。
その問いに対してニヤりとしたオルデン。
「拳闘術、格闘術は主流なんてものじゃなく、そのほとんどが弱小と思われておりますな。何故弱いのかは単純な話です。先ほど言ったようにヒューマンは己の身体一つでは最弱と言ってもいい。それなのに武器もなく身体一つで戦う―――愚行以外の何でもありませんからな。故に拳闘術・格闘術の流派が教えるのは武術ではなく、武器を手放してしまい武術を頼れなくなったときに使う術―――体術と呼ばれております。武器を手放した時点で負けと考え体術を学ばない者もいますな」
(それもそうか…)
武器を使った方が
武器はその存在だけで相手を威圧し怯ませることが出来る。
実際に、戦いの素人でも金属バットをぶん回せば空手の経験者に勝てるだろう。
チンピラがバットを持つわけだ。
そして、攻撃範囲の面でも拳闘術・格闘術は不利になってしまう。長い射程やリーチを持った武器はそれだけで脅威になるのだ。
例えば弓、近接武器にとっては天敵といえるだろう。近づくことが出来れば良いのだがそれを簡単にさせてもらえるはずもなく、しかし近づかなければ一方的に攻撃されるというように、初めから不利を押し付けられる。
また近接武器同士でもリーチの長い短いが優劣をつける。
達人同士の戦いになれば優劣はつかなくなるのだろうが、達人はそういない。居過ぎたらそれはもう達人じゃない。
では達人ではない者同士が槍と剣のようなリーチの違う武器を使い勝負したらどうなるだろうか。
―――十中八九、槍が勝つ。
理由は単純、槍の方が剣よりもリーチが長いからだ。
日本人ならば誰もが知っているであろう織田信長でさえリーチの長さ≒強さと定義づけている。
彼は如何にして兵を強くするかを考えている中で竹槍のたたき合いを目の当たりにし「みじかく候ては悪しく候」と言い、戦で歩兵が使う槍を全て従来の槍よりも遥かに長い
集団戦法上の話であるが個人戦に当てはめてもそう間違ってはいないだろう。
結局俺が何を言いたいのかというと達人の領域に入らない限り、リーチ長い=強い・リーチ短い=弱い、ということだ。
そうであるならば短剣とかよりリーチの短い、てかゼロの格闘術は最弱とみなされてしまうのは仕方ない。
拳闘士という言葉は地球でも存在していたが、あれは拳同士の戦いでだけ成立するものだ。
戦国時代、中世ヨーロッパの戦場で拳闘士が主力になったことなど一度もない。
意識を再び会話に向け、新しく出てきた疑問をぶつける。
「なんで、体術と侮られている拳闘術・格闘術の中でも稀有なヴァサア流を俺に教えてるんだ?第一、拳闘術と格闘術って何が違うの?」
そう、このヴァサア流なるものはマイナーな格闘術の中でもさらにマイナーな流派なのだ。
軽んじられているのであれば、体術の中でも主流のファオスト流拳闘術を学べばいい。
(こだわりがないのなら主流だろ。ヴァサア流を習うメリットが分からん。それに加えてヴァサア流は格闘術なのに主流のファオスト流は拳闘術―――この二つの名前の違いも分からん)
「まずは拳闘術・格闘術の違いから、拳闘術は拳を主体にしているものなので足技がありはしますが、基本的には上半身で攻防します。それに対して格闘術は全身で攻防を繰り広げます。手足は勿論のこと時には頭なども使います。頭突きですな。そのぶん格闘術は拳闘術よりも複雑なのですよ」
オルデンは丁寧に答えてくれる
「なるほどなぁ、使うかどうかもわからない体術を複雑にする必要がないから、格闘術のヴァサア流は知名度が低いのか」
「半分正解ですが、半分間違えとりますな。」
「ん?どゆこと」
「正解の半分は体術自体が軽んじられているうえに格闘術は拳闘術よりも複雑なためあまり使用されていないという部分です。不正解の半分はヴァサア流格闘術という
「え?てか武術?体術じゃなくて」
「えぇ、その説明が私が若にこの流派を教えている理由でもあります。端的に言いますと、ヴァサア流格闘術というのは武器系統の武術に対しては最強の武術なのです」
「―――へ?」
最強という単語に唖然とする。さっきから驚いてばかりだ。誰なんだこの間抜けは。
そんな
「ヴァサア流格闘術とは攻守一体の極地に到達した武術です。水の如き無駄のない滑らかな受け流しから岩をも粉砕するカウンター。しかしこれは武器では再現できない。自在に操れる肉体のみがなせる業と言ったところですかな。武器は所詮は武器なのです。使い手がいくら自在に操ろうとも武器自体は何も変わらない。自在に変化する肉体には敵わんのです。その差を最大限に生かすための格闘術、故に対武器最強。そのような武術を体術と言って侮る者はおりません。そして武を極めんとする者たちがその存在を知らんはずがありません。―――ヴァサア流格闘術を知らない達人はおらんのです」
「じゃあなんで、武を極めんとする者たちはヴァサア流格闘術を習得しないの?」
最強を求める者たちが最強の武術に手を出さないなんてありえない。
しかし、実際は誰も修めていない。だからこそヴァサア流格闘術はマイナーなのだ。
「私の友人にこれを極めている者がいましてねぇ、私はヴァサア流格闘術を身に着けた後の奴には一度として勝てたことがありませんよ。そして奴が言うにはヴァサア流格闘術は<究極の器用貧乏>しか極められないらしいのですよ。限られた者しか習得することが出来ない」
「究極の、器用貧乏…。」
(なんだその不名誉な呼び名は…)
口ではなんかそれっぽい雰囲気を出しながらも心の中で突っ込む。
それもそのはず器用貧乏とは本来、蔑称として使われる言葉だ。
大抵のことに苦手意識を持たずこなすことが出来るが何かに秀でているわけではない。
替えがきく存在。
何でもできるが何でもできない。
それが器用貧乏なのだ―――。
そんなどこにでもいそうな人間が最強になれるわけがない。
疑いの眼差しを向ける俺にオルデンが肩をすくめながら言う。
「奴はこうとも言っていました『究極の器用貧乏。しかしそれは全能ではない。全能とは全てにおいて秀でているという自覚を持っている者のことを言う。また、総合力が優れているだけの者も究極の器用貧乏ではない。いくら総合力が高くとも力技を得意とする者は水の如き受け流しはできない。受け流しきれずに被弾してしまう。また総合力が高くとも繊細な技をを得意とする者は受け流す際の繊細な技に対して力技が足りずこれもまた被弾してしまう。得意があれば無意識にそれを頼ってしまう。全能も同じ、秀でているという自覚があるが故に無意識に己を頼る。それは思考放棄だ。秀でているという自覚は邪魔でしかない。全ての技量が全く同じと言って良いほどの力量でかつ、総合力も抜きんでて高い。しかし、一つ一つの技量は唯一無二でないため頼るべきものがない。これが究極の器用貧乏であり、ヴァサア流格闘術を極め得るものだ』と」
「・・・」
(うん、つまりは器用貧乏ね‥‥‥究極の器用貧乏を語った人は自身の器用貧乏をコンプレックスに思っているのかもしれない。だってわざわざ世間一般で優れていると言われる人たちを引き合いに出して比べ、区別してるだもん。あと―――)
「オルデン、悪いけど俺は自分が器用貧乏だと思ってないよ。むしろ万能な方だと思ってる…。そりゃうちの家族と比べれば霞んじゃうけどね、一芸に秀でているわけじゃないから」
(そう、俺は自分が普通の人と比べれば優秀な方だと恐れ多くも思っている。これは前世から引き継いでしまったくだらないプライドだ。しかし、前世の時から薄々気づいてはいた。劣等感に似た何かを隠すための安いプライドなのだと。…周りは本当にすごいやつらばかりだった。一人一人が輝く何かを持っている。俺は持っていないのに…。そしてその安いプライドも今世の家族によって壊滅寸前にまでされた)
しかし這う這うの体でもそのプライドは生きている。優れているという自覚がある。
だから、ヴァサア流には適合しない。
安いプライドの生存確認を終え、ヴァサア流を早くも諦めていた俺は顔をあげる。
そこには暖かい目で見つめるオルデンがいた。
「そういうところですぞ、若。奴が究極の器用貧乏を語った時と全く同じ顔をされておる。奴は私とマクシム様、フリーダ様、ディーウィット様と同じ王立学園の同期でしてね、優秀な男でした。何でもかんでも高水準で物事をこなす。私は、いえ私たちはそんな彼を尊敬していた。しかし、彼は違ったようです。むしろ周りと自分を比べ卑下していた。圧倒的な武の力を持ち「修羅」と呼ばれた仲間、どんな魔法をも操り宮廷魔導士の頂点に達した仲間、誰も近づかせない速さを持ち「迅雷」と呼ばれた仲間、すべての武術を変幻自在に操ることから「無形」と呼ばれた仲間。自分を囲う仲間は唯一無二の何かを持っている。自分は持っていないのに―――と。あなたもそうでしょう?若…」
「・・・」
ド直球すぎる問いかけ。しかし何も言えなかった。
沈黙する俺にオルデンは優しく言う。
「そんな彼が自分にも光る何かをと考え、行動し続けた結果がヴァサア流格闘術です。―――彼は自分を信じていた、自分になら出来ると。優秀であるという自覚がなければこうは思いません。究極の器用貧乏というのも優秀である自分を他の器用貧乏たちと差別化したかったのでしょう。これは私の直感でしかありませんが若は彼と似たようなものをお持ちです」
要するにお前は器用貧乏で
それどころか頬が緩み、熱いものが胸に押し寄せてくる。
(俺も光る何かを手に入れれるのかもしれない―――!)
まだ見ぬ何かへ想いを馳せる。
俺が夢と希望で目を爛々と輝かせているとオルデンが惚けた声で―――
「私は基礎しか知りませんなぁ、しかし、基礎だけなら若に教えて差し上げることが出来るやも。また基礎が終われば奴を紹介することもできるやもしれませんな。」
と
(この大根役者が…)
内心でそう呟きながらも顔には抑えきれない喜びが。
感情を抑えることを忘れ、懇願する。
「オルデン、俺にヴァサア流を教えてくれ―――!」
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