第26話 三者の胸中

「そろそろ着きますよ?」とハッツェンに起こされた俺氏。


(この短時間で何回寝起きしたんだ?辛すぎるんだが)


 そして馬車が止まり半ば強制的に降ろされる。

 目の前には白を基調としたコの字型の我が家があり、それを見ると今朝ここから街へと出て行ったばかりなのに久々に帰ってきたような気がした。


 懐かしいなぁなんて黄昏ていると、バン!と前方から音がしたのでそちらを見る。扉から母上が飛び出して来る音だったらしい。


 そんな母上は普段着ているようなプリーツドレスではなく外行きのお洒落な格好をしている。しかし、服装の優雅さとは正反対な焦燥している顔が俺のいるところから見てもわかった。


(母上に心配かけちゃったな、言い訳する前に心配させたことを謝ろう)


 つい先ほど父上に剣を突き付けられながら学んだことをすぐに実践しようと思い向かってくる母上の方に歩み寄る。


「アルっ!」


 俺のところまでコケそうになりながらも走ってきた母上が俺を抱き上げ、ぎゅっともう二度と離さないと言わんばかりの力で抱きしめてくる。


「ごめんなさい、母う―――もごもごもごっ」

「この馬鹿者っ!母がどれだけ心配したと思っているのですか!……もう、本当に無事で良かった……」


(いっぱい心配かけてごめん。でも今俺の頭はおっぱいでいっぱいです。……これヤバいかもしれん)


 相当焦っていたのだろう。ドレスの紐の結びが甘い。そのせいで母上のたわわが重力に従って俺の頭部を覆い窒息技をかけてくる。


「奥様、アル様が……」


 そんな俺に気づいたハッツェンが母上に声をかけるが聞こえていやしないので助かるために必死になって母上の身体を叩く。


(ギブギブギブ!)


「え?あらヤダ、私ったら。ごめんなさいねアル。でも、母をここまで心配させたあなたが悪いのですよ?反省しなさい」


 やっと気づいた母上が顔を赤らめながらそう言った後また俺を抱きしめ胸を押し付けてきた。今度はさっきと違い優しい抱擁だったため、息もできる。母上の甘くて良い香りがする。


 安心した俺はまたまた眠ってしまった。





 ◇◇◇





 ―――数時間前



 屋敷の中、厳密に言うと夫のベルトランの執務室あたりが騒がしくなった。ベルに聞いては邪魔になってしまうので近くにいた執事長ロイファーに聞く。


「何が起きたの?」


 彼はヴァンティエール家に代々仕えている家の出身で自身もうちヴァンティエール家に長年仕えており、使用人だけでなく、ベルからの信頼も厚い。

 彼ならばこの騒ぎが何なのか知っていると思ったのだが「申し訳ございません奥様、私の口からは申し上げることができません」と、きっぱり断られてしまった。


 私は仕方なく自分の部屋に戻り、気を紛らわせるため日課の裁縫に集中する。


 今作っているのは数か月後に生まれる予定の我が子が着る赤ちゃん服。ちなみに家族には身籠ったことを伝えていない。知っているのは専属侍女のカトレアと料理長のコッホ、そして先ほどの執事長 ロイファーだけ。うきうきした気分で服を縫っていく。

 そうして過ごしていくうちにかなりの時間が経ち、服を一着作り終えたタイミングであることに疑問を持ち近くにいるカトレアを見る。


「カトレア?アルはまだ帰ってきていないの?」

「・・・はい、まだのようでございます」


(今の間は何?嫌な予感がするわ)


 カトレアは私が王女としてアイゼンベルク城にいた頃からの付き合いだ。

 ―――何か隠している。それくらいはわかる

 彼女が隠し事をする時のほとんどが私を思ってのことだというのも知っている。


(身籠っている私によくない事?アルはまだ帰っていない。そして先ほどの騒ぎ…

 ―――まさか…!)


「カトレア?アルに何があったの?今すぐに教えなさい」

「・・・」


 無言のままのカトレアを見て私は確信する。


「教えなさい!」

「・・・実はアルテュール様が領兵を無断で使い、自由区にある孤児院を強襲したとの報告が。その孤児院は子供を奴隷商に売買しているようでして、それを聞いた御屋形様が―――」

「今すぐ着替えを用意して頂戴っ、早く!」

「…畏まりました」


 緊急事態とはいえども部屋着で街中に繰り出すわけには行けない。そのような行動をすれば、貴族の集まりで夫が笑われてしまうからだ。今だけは自分の身分が恨めしい。きっとアルに何かあったと聞けばこうして屋敷を飛び出しかねないのだとわかっていたからロイファーとカトレアは身重の私に伝えなかったのだろう。


 急いで着替えたためにドレスが少し緩いが今は気にしていられない。緩いドレスを身に纏いながら玄関を出る。

 外はとっくの昔に日が落ちており、空には星々が瞬いていた。

 そんな星空の下、私は一つの小さな影を見つける。それがアルだとわかり、居ても立ってもいられず走り出す。


(本当に大丈夫だったのかしら、怪我はしていないかしら、怖い思いをしていないかしら)


 まだ顔色の見えない我が子、焦りを覚えさらに走る速度をあげようとする。

 しかしそれは叶わない、緩むドレスが邪魔をする、すぐそこにいるはずの我が子がこんなにも遠い―――。


「アルっ!」


 やっとの思いでたどり着き、抱き上げる。


(もう絶対離さない!)


 自分の中にあった不安や焦燥、そして湧き上がる安堵。すべてを抱きしめる力に回す。


「ごめんなさい、母う―――もごもごもごっ」


 何か聞こえるが、今はそんなことどうでもいい。


(よかった、本当によかった……!)


 そんな心とは裏腹に息子を責めてしまう。


「この馬鹿者っ!母がどれだけ心配したと思っているのですか!(違う、そうじゃない!)……もう、本当に無事で良かった」


 最後に本音が出て、安心する。


「奥様、アル様が……」


 また何か聞こえてくるが無視するが身体にバンバンバンと衝撃が伝わってくる。

 煩わしいと思ったがそれが息子からの救助信号だと気づき腕の力を緩め、アルの顔を見る。

 何故か死にそうだった。

 そしてその原因が自分だと気づき、顔が熱くなる。


「え?あらヤダ、私ったら。ごめんなさいねアル。でも母をここまで心配させたあなたが悪いのですよ?反省しなさい」


 そしてまた、抱きしめた。今度は優しく、慈しむように―――


 少しして寝息が聞こえてくる。見ればアルは寝てしまっていた、それほどまでに疲れたのだろう。


 頭を撫でながら怪我しているところはないかと確認、そして首に切り傷があることに気づいた。


「―――ハッツェン、これは?」


 思いのほか冷たい声が出た自分自身に驚く。


「……御屋形様がつけられた傷にございます」


 ハッツェンは声を震わせていた。


「そんなに怖がらないで?とりあえず、屋敷に戻りましょう?そのあとで、どうしてこうなったのか、しっかりと、詳しく、丁寧に教えて頂戴♪」


「はぃ……」


 私は今すごく怒っていますよ?ベルトラン





 ◇◇◇




 ゾクゾクッ


「っ―――!!!」


 背中に空恐ろしい悪寒が駆け上がっていく、冷汗が止まらない。間違いなくアデリナが怒っている。

 時間的に、先ほど馬車で送り出したアルがかかわっていると思う。

 絶対にあれアルの首の傷だ。


 そして、私は自分が息子にしてしまった事について後悔する。


 現場指揮権を持たない者に無断で領兵を使役されたとなると貴族の沽券にかかわってくる。そのためいくらかの見せしめが必要となるのだが、先ほどのあれは少し、いや、多分にやり過ぎだ。

 あれでは貴族である前に人としてのなにかが欠落しているのではと疑われてしまう。


「はぁ~」

「どうされたのですかな?ため息などを吐かれて。らしくないですなぁ」

「貴様、わかっていて言っているだろう」

「さぁ?」


 近衛騎士団団長オルデンが茶化す。

 この者はヴァンティエール辺境伯の寄り子であるツォイクニス=ツォイラント子爵の血族で父マクシムと肩を並べたこともある古参兵だ。

 まあいい、私の愚痴を聞いてもらおう、絡んできた罰だ。


「先ほどアルテュールに剣を向けてしまった……」

「私はこれにて―――」

「聞け、命令だ。私はあの時、アルの表情を見て声色を聞いて恐怖を感じてしまったのだろうか・・・。気が付いたら剣を抜いていた。」


「はぁ~、まぁ言わんとしていることはわかります。あの時の若様の表情には震えました。しかし、私は歓喜に震えていましたがね?あなたもそうじゃないんですか?私はあの時のあなたの顔に「試してやる」と書いてあった気がしたのですねぇ」


「試してやる」か……。


 心の中でその言葉を反芻する。アルテュール息子は幼き頃より優秀だった。滅多に人を褒めない父マクシムさえ「あやつは良い」と言っていたくらいだ。私はアルに期待し、試そうとしたのか?う~む、わからない。

 私もまだまだということか。


 オルデンが温かい眼差しで見てくる。やめてくれ……。


 だが、こんな未熟な私でも今考えなければならないことはわかっている


 それは―――


(どうやって、アデリナに言い訳しようか…)


 先ほど息子に言った自分の言葉を忘れ、私は帰り道の間ずっと真剣に言い訳を考えていた。

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