第8話 修羅

 ―――青々とした下草があたり一面を覆いつくしている。丈は大体15㎝ほどであろうか、人が歩くのに丁度良い高さだ。

 風が吹くと青草たちが一斉に、しかし行儀よく順番に一定の方向へそよいでゆく

 それはまるで緑の海のよう、寄せては返す波のよう。


 そんな平原の小高い丘に壮年の戦士が二人。


 一人は丘の頂に立ち、地平線をじっと見つめている。その者の風貌はまさに修羅。遠目から見てもわかるほどの巨躯。

 鍛えられた体が益荒男しくも品のある鎧を押し上げ、顔には歴戦の証と言わんばかりの傷と、わずかに開いた瞼からは計り知れないほどの知性を宿した瞳。


 腕に覚えのある者が見たら思うだろう。


 ―――化け物だと


 そしてもう一人は、まるで主を立てるかのようにして少し引いた位置に立っていた。全体的に冷たく鋭利な雰囲気をまとっており、身に着けている上品な鎧はそれを引き立たせている。


 主であろう修羅のごとき戦士が、地平線を見つめながら問う


「のぉクレマン、彼奴らはこの地より消えるか?」

「……」

「のぉクレマン、彼奴らはこの地より消えるか?」

「……」

「のぉクレ――」

「それを存じておられるのは、そして決めるのはあなた様でしょう・・・何回同じ質問をされるのですか、今日だけで10以上は聞いています」

「これで9回目だ、そうであろう?」

「……」

「クレマン」


 呆れのため息を吐く間をおいてクレマン、クレマン・エメリック・ヴィルヴェルヴィント元子爵はたったこれだけの問いで主の望む答えを発する。


「……泳がせていた領内のアマネセル派残党は消しておきました。また「アマネセル国内の物流に変化あり」と、2週間後に本格的な侵攻が開始されると予想しております」

「わかった、具体的な内容を明日までにまとめろ。ベルトランには適当に伝えておけ」

「……」


 クレマンの沈黙は肯定と同義である。二人は四半世紀の間、共に戦場を駆けてきた仲だ。この礼儀知らずとしか思えないクレマンの沈黙も彼にはむしろ心地が良かった。


「クレマン、鬱陶しく飛び回るハエ共を早急に潰すぞ。来月は孫の誕生月なのだ」


 修羅のごとき青髪金眼の戦士―――マクシム・エドワード・ヴァンティエール=スレクトゥは笑った。






 ―――2週間後、草月の下旬

 ヴァンティエール辺境伯領にある知らせが伝播する。


「アティラン平原の戦いにおいて先代ヴァンティエール辺境伯領主マクシム軍3000によりアマネセル軍12000潰走す」と……


 アルテュールが1歳になる直前の出来事であった。

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