第5話村雨百鬼隊
ブンブブンブン、と。
甲高いバイクのコール音が響く、とある夜の駐車場。
そこには、黒い特攻服を着た、多くの非行少年たちが集まっていた。
蛍光灯が照らす駐車場の中心には、「村雨百鬼隊」と描かれた巨大な旗が夜空に高く掲げられている。
彼らを道路一本挟んだ遠目から眺めていた俺は、見慣れない光景に、思わず「すげえ…」と感嘆の声を漏らした。
―村雨百鬼隊。
八代目隊長、不破 輝良を筆頭とする、歴史ある〖村雨26区〗の愚連隊。
彼らは今夜、本拠地である廃工場前のこの駐車場で、どうやら集会を開くらしい。
不破はまだ来ていないのか、メンバーの不良たちは隅で口論を始めたり、バイクで走り回ったりと、自由奔放に暴れ回っていた。
駐車場のあちこちからは、何人もの怒鳴り声が聞こえてきている。
いかにも暴走族、といった感じだ。
生前マンガで飽きるほど見た光景だが、やはり彼らは何度見てもカッコイイ。
「…あれが、村雨百鬼隊」
ふと、そう呟いたのは、隣にいる礼二だった。
「礼二?」
気になって、俺は彼に顔を向ける。
そして、その端正な横顔を見て…俺は絶句した。
彼の涼し気で、美しい、漆黒の瞳。
…それが、爛々と目の前の愚連隊を捕えていたのだ。
背筋にゾッと悪寒が走る。
「…おい、礼二」
嫌な予感がした俺は、彼の肩に手を乗せゆさゆさと体を揺すってみせる。
だが当の本人はこちらに気付いてさえもいないようだった。
完全に、全神経を目の前の光景に集中させている。
「礼二。おい、礼二」
彼の瞳は月と蛍光灯の光に反射し、赫焉と業火に似た紅色を見せていた。
その様子を見て、俺は息を飲む。
…その眼差しは、羨望か。もしくは、私怨か。
何かに取り憑かれたように目の前を凝視する礼二に怖くなった俺は、どうにかして彼の正気を取り戻そうと、再び彼の肩に手をかける。
その時だった。
ブン、ブンブブンブン、ブブブブブン―!
一際甲高いコールが夜の街に響き渡り、真っ白なバイクのヘッドライトがカッと、まるで目潰しのように駐車場を照らした。
ギュウゥンッとタイヤを唸らせて、停車したのは、二台のバイク。
入口に降り立った人物を見て、俺ははっと息を吸い込んだ。
「不破…」
そう俺と礼二が言葉を漏らしたのは、同時だった。
入ってきたのは、白く輝く金髪の持ち主、隊長の不破 輝良と、副隊長の
彼らが来たのを見て、「てめえら、さっさと並べ!」と、幹部の奴だろうか。
朱髪の少年が怒号を飛ばすと、先程までの奔放さはどこへ行ったのか、メンバーたちは驚く速さで二人の前に整列した。
そして全員、一斉に頭を下げる。
夜の街が、一瞬にして静寂になった瞬間だった。
「…」
不破の登場に、俺は一瞬で目を奪われた。
彼は作中、人を一目で惹きつけるカリスマ、と称されていたが、なるほど今なら納得することができる。
アイツの力は本物だ。
常人とは、放っているオーラが全く違う。
そしてまた、そんな彼の下に多くの人間が従うのも必然なのだろう。
しばらく俺は、不破に釘付けになっていたが。
彼を虚ろ気に見つめる礼二を目にして、俺は一気に現実に引き戻された。
「不破…。不破、輝良…」
彼は不破の名を呟きながら、よろよろと、ゆっくり立ち上がる。
その様は、まるで幽霊か何かに取り憑かれているようだった。
…これ以上放っておけば、彼は何をしでかすかわからない。
危険を感じ取った俺は、突如、ガッと彼の腕を引き、礼二を無理やり座り込ませた。
「…幸助?」
反動で、正気に戻ったのだろうか。
彼は突然の俺の行動に、驚いた表情を見せた。
不破たちに聞こえないような小声で、俺は彼に告げる。
「…もう充分だろ。行くぞ」
ぐいっと礼二の細い腕を引き、俺は問答無用に歩き出す。
後ろで「おい、何すんだよ」と微かに文句が聞こえてくるが、俺は無視して歩き続けた。
空いた手を眼頭にに押し当て、俺は考える。
…どうやら俺が想像していた以上に、一之瀬 礼二の闇は深かったらしい。
本当に、俺なんかがコイツを止めることができるんだろうか。
微かな不安が、徐々に体の芯で増幅していくのがわかる。
そんな不安を打ち消すかのように、俺は足を動かし続けた。
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