第6話夜道


「おい、幸助。放せって!」


ぶん、と勢いよく腕を振り払われ、俺は歩みを止めた。


蛍光灯のみが存在する、真っ暗で静かな夜の道。


その中心で、礼二はどこか焦ったように顔を紅潮させ、俺を睨みつけていた。


「…」


俺は黙って彼を見据える。


はっはっと肩で息を切らし、鋭い眼光で俺を睨む礼二の姿はまるで、敵を威嚇する小獅子のようだった。


頬に垂れた汗をぬぐいながら、彼は続ける。


「急に何すんだよ。そんな急いで離れなくたって」


「…で、次は?」


「は?」


「だから、次の偵察場所。今度は、どこ見に行くんだよ」


俺は彼の言葉を遮り、間髪入れずに会話を進めた。


不破の姿を思い出して、また引き返されても困ると思ったからだ。


見ると目の前の礼二は、俺の不自然な言動に、少々怪訝な表情を浮かべている。


はあ、と俺は小さく息を吐き出した。


…コイツはさっき、自分がどんな表情をしていたのか知らないのだろう。


無自覚の憎悪。

あれは完全に、人を殺す目だった。


あのまま放っておいたら、いったい彼はどうなっていたのだろうか。


もしかしたら本来の時期よりもずっと早く、彼はあの場で不破を殺していたかもしれない。


原作の流れ通りなら、そんなことが起こる訳ないと分かっているのだが、どうにも不安は消えてくれ無かった。


沈黙が続く中、俺は再び彼に尋ねる。


「…で、これからどうするんだよ」


「どうするって」


「他に見に行きてえチームとかは?ねえの?」


「それは…」


礼二はそこまで言うと、一旦言葉を詰まらせた。


突然黙り込んだ彼に俺は、なんだよ、と眉を顰める。


何か考え込みながら、彼は続けた。


「いや、あるにはあるんだけどよ…できねえチームが多すぎるんだ」


「できねえって…今日は集会やってないとこってことか?」


「そうじゃなくて。…まあ、これ見てみろよ」


そう言って彼がズボンのポケットから取り出したのは、茶色い表紙のノートだった。


「何だ、それ」と俺がそのノートを覗き込みながら聞くと、礼二はよれたページをめくりながら、「チームの情報まとめたやつ」と端的に答える。


とある後方の一ページを開くと、彼はそれをぐっと俺の目の前に突き出してきた。


色ペンやなんやらで殴り書きされたそれを見て、俺は顔をしかめる。


「…字、汚すぎて読めねえんだけど」


「うっせ、んなこといちいち言わなくていーんだよ。…それよりもこれだ。ここに書いてある通り、俺たちがあと偵察に行けんのは、たぶん〖斑雪区〗の冬鷺ふゆさぎっつーチームしかねえ」


「冬鷺?…ってあれか。双子の兄妹が仕切ってるっていう」


「ああ」


「けど、他のチームは?なんで行けねえんだよ」


俺がそう尋ねると、彼は一瞬顔を歪ませた。


そして、うんざりしたように肩をすくめて、答える。


「…他のチームには、入隊条件があるんだよ」


「入隊条件?」


「そ。…ま、歩きながら話そうぜ。〖斑雪区〗はこっから遠いし、時間もかかる」


礼二はそう言うと、踵を返し、元来た夜道を戻り始めた。


コツコツ、と暗い夜の町に、俺たちのスニーカーが擦れる音だけが響き渡る。


歩みを進めながら、彼は「そうだなあ」と夜空を仰ぎ、再び話し始めた。


「例として挙げんなら、一番わかりやすいのは〖月詠区〗のdogmaだな。あそこは、カロナス教徒以外入れねえ」


「げ…それって、入隊したけりゃ入信しろってことか?やばくね?」


「まあ、でけぇカルト教団を後ろ盾にしてるくらいだからな。それで成り立ってる訳だし」


「あとは?〖鳴神区〗の十朱組とか」


「いや、アイツらは特に無理だな。ヤクザ絡みのヤツばっかで、俺らみてえな半グレは受け入れてくれねえし。唯一望みがあんのは、〖幽玄区〗の黒狐だけど、アイツらはメンバーどころかアジトすらわかんねえ」


彼はお手上げだとでもいうように、両腕を挙げると、手のひらをひらひらさせてみせる。


条件厳しいとこばっかだな、と俺がボヤくと、礼二は、だからつえーんだよ、とため息をついた。


「…ま、今はとにかく冬鷺に行くしかねえってこったな」


首筋をガリガリと掻きむしりながら俺がそう言うと、彼も「そういうこと」と静かに首肯する。


ちらりと横目で彼を見ると、蛍光灯の光に反射し、礼二の美しく端正な顔が浮き彫りになっていた。


束ねた艶やかな黒髪からは、きらきらと薄く鈍い輝きが放たれている。


そう。

俺は、この時点で気づくべきだったんだ。


-彼の…一之瀬 礼二の、違和感に。

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