第3話相棒
「…お前、何俺の相棒に手ェ出してんだ」
ぐふっと。
首筋に蹴りを食らった男が、呻き声を上げた。
先程まで威勢を張っていた強面はどこへやら。
ヤンキーはそのまま泡を吹き、唾液を垂らしながら地面にばたりと倒れ伏してしまった。
「…マジか」
あまりに唐突な出来事に、俺は動揺を隠せず放心する。
倒れた男の首筋に目をやると、そこには真っ赤な足蹴の跡がついていた。
余程凄まじい威力だったのだろう。
首の骨が折れてないといいが。
そして出来れば、先程までの俺の恥ずかしい記憶も、今の衝撃で消し飛ばされてるといいのだが。
俺はちらりと、ヤンキーの隣に立つ人物に目を向ける。
男をノシたそいつは、高校の制服を着た、黒髪の少年だった。
いや、よく見ると、制服のデザインが俺の着ている制服と一致している。
もしかしたら、元の真瀬 幸助と知り合いなのかもしれない。
…だがコイツ、マンガの登場人物とはいえ、本当にただの高校生なのだろうか。
黒髪の少年は、未だ倒れたヤンキーを爛々と飢えた獣のような目で見下ろしている。
赫焉と鈍く輝く、虚ろな目だ。
俺は、その眼差しをなんと呼ぶのか知っている。
…殺意、だ。
そう。
ヤンキーに回し蹴りを入れた時、俺が真っ先にコイツから感じ取ったのは、紛れもなく強い殺意だった。
そして、あの俊敏で威力の高い回し蹴り。
…この少年は、いったい何者なのだろうか。
どちらにしろ、コイツがただのモブキャラでないことは確かだ。
警戒心を強める一方、それでも一応礼は言っておきたいと思った俺は、黒髪の少年の肩を軽く叩く。
「助かったっす」と、恐る恐る感謝の言葉を述べようとした時だった。
…俺は、その少年の正体にようやく気がついた。
どくん、と心臓が脈打つ。
彼の肩に置いた手が震えた。
「お前…まさか、
…どうして俺は、今まで気づかなかったのだろう。
俺が主人公の真瀬 幸助なら、俺がコイツに出会うのは偶然じゃない。
必然だったんだ。
俺の言葉に反応したのだろうか。
黒髪の少年は、くるりと体をこちらへ向ける。
そして、確信する。
短く束ねた艶やかな黒髪に、白い肌。
涼し気な目元と、高く通った鼻筋。
コイツは、「獅子の牙」の俺の最推しキャラであり、主人公・真瀬 幸助の唯一の相棒…
-
彼は、俺の驚いた顔が面白かったのだろうか。
先程までの鬼気迫る表情から一変、礼二はくしゃっと無邪気な笑顔を見せると、透き通った爽やかな声で言った。
「おいおい、どーしたんだよ、幸助。ビビりすぎて、頭やられたか?」
「い、いや…」
「ったく。高校デビューするんだろ。初日早々、半べそかいてどうするんだよ」
くつくつと整った顔を崩し、幼げに笑う彼は、もはや全くの別人だった。
とても、つい先刻まで殺気を撒き散らしていた人物とは思えない。
…というか、一之瀬 礼二ってこんな性格だったっけ。
あまりの豹変ぶりに俺が困惑していると、突如彼がガッと肩を抱き寄せてくる。
なんだよ、と顔をしかめると、礼二は俺の瞳を覗き込みながら言った。
「なあ。それよりも偵察、どうすんの?」
突然出てきた不穏なワードに、俺は思わず「偵察?」と聞き返す。
転生早々、厄介なイベントかと思ったが、どうやら違うらしい。
問い返した俺に彼は「はあ?」と半ば呆れた表情を浮かべると、むっと頬を膨らませた。
「この前言ったろ?所属するチーム、探しに行くって」
そこまで言われて俺はやっと、あぁ、とコイツの言っていることを思い出した。
そういえばあったな、そういうシーン。
一巻の中盤あたりだったか。
礼二は俺が思い出したことがわかると、にっと白い歯を見せ、「行くぞ」と先を歩き出した。
どこに行くのかも分からなかったが、尋ねるのも面倒だったので、黙ってついて行くことにした。
だが、行き先は案外すぐに知ることができた。
束ねた髪を揺らしながら、礼二は言う。
「最初の偵察先は、ここ、村雨26区で一番の愚連隊、《村雨百鬼隊》》だ」
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