死の土地 -2-



 チコリは布団から顔を上げて、窓の向こうの大通りを見る。自分が生きるだけで精一杯な村だ。簡素な通りに出店はなく、食事をするならひなびた酒場が一軒。


 人々は畑に赴き、懸命に作物を育てている。その時間帯は大通りは風が吹くばかりで侘しいが、乾いた空気に混じる砂塵がチコリの感情すらも覆い尽くす。



 履き慣れたブーツに足を滑り込ませ、追悼師の白いローブを着て、チコリは宿屋を後にした。フードを目深に被り、舞い上がった砂埃の風から顔を背ける。土の地面。砂の粒は細かく、髪もそよがない微風で簡単に舞い上がる。


 今日の大通りには珍しく、商人が手綱を握るような大きいダリの幌引ほろひきが停まっていたが、そこには変わらず空虚だけが漂っていた。ダリは鼻息荒くひづめを鳴らして、チコリに威嚇をする。


(こんな辺鄙へんぴな墓場村まで……)


チコリは中を想像して総毛立つ。



 戦地か、墓地か。



 ジュビート村は死の土地だ。この村に足を運ぶのは、チコリと同じく死に関連する者だけ。チコリはフードの裾を手で押さえながら視線を無理やりダリの幌引きから剥がす。なるべく考えないように、白黒の世界に一滴の血の臭いが落ちないように。おとがいを引いて真っ直ぐ顔を上げた。


 村の大通りを抜けると、眼前に戦地が現れる。荒野には回収されずに残ったむくろの欠片が取り残されている。



 追悼師協会へ依頼をしたジュビート村の村長は、依頼通り戦地の手前でぽつねんとチコリを待っていた。白い頭髪に草臥くたびれたタオルを巻き、くわを持っている。畑仕事から抜け出して来たのだろう。村長はチコリの白いローブを見つけて片手を上げた。


「毎度すみませんな。また大規模な戦争がありまして」


「いえ。仕事ですから」


 村長はすっかり諦め顔で無数に残された骸へ顔を向けた。



 ライランの皇帝とダルワッドの王より指定された戦地は、国境を挟んで村一つ分はある広大な土地だ。木は生えず、川もなく、隆起のない平坦な地面。お互いが知り尽くしている戦地では、下手な工作は功を成さない為、毎回双方は正面衝突、完全に力比べになっていた。そして合計ではダルワッドが圧勝している。


「そろそろ皇帝陛下も諦めてくださりませんかねぇ。もう、エルナ10になるわな」


 村長は指折り数えて、戦争が始まったエルナ10前まで遡った。



 エルナ13、前皇帝が薨去こうきょされ、新皇帝ツガ・ライラン・フォルトニが即位して間もなく。


 チコリは足を止める。目を閉じて、深呼吸をして、それから戦地に広がったおびただしい惨状を瞳に映した。血の臭いがこびり付いている。


 無惨に累々るいるいと転がる欠片。チコリの近くにある左腕は生命力を失い、半透明で地面と一体化しかけている。この遺体は干黄の9日に開戦した時のもの。


 生きているのは、チコリと村長だけ。

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