第一章 追悼師は歌う

死の土地 -1-


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最果ての村で逢う


カンテラに照らされた藍色の髪


空を仰いでピータを探せば


狂気の暗闇で魔物がわらおうとも


水底みなそこから見つけた閃光を信じて


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***




[死の土地]



 エルナ23、干黄かんおうの18日。


 ここ数エルナは特に不作が続いていた。日照不足、冷夏、長雨……作物において生を脅かす自然災害が起きた為ではない。単にこの世界が、ライランとダルワッドが、戦争に明け暮れていたのである。


 男は漏れなく戦争に参戦し、家に遺された女子供が畑の世話を続けていた。だが女手だけでは範囲は狭まる。当然の成り行きとして、ライランは不作にも諦念していた。



 ライランの中でも特に不作の酷い村がある。ライランの辺境にあり、ダルワッドとの国境の手前。戦地と定められし荒廃した土地に、砦とばかり取り残された村だ。寥々りょうりょうたるその村は、ジュビート村という。


 人々は土に汚れた服を厭わず、希望を捨てた顔で、ただ日々をやり過ごす。父を、夫を、息子を亡くした、やり場のない悲懐ひかいを鍬に込め、どうにか生き永らえていた。



 追悼師ついとうしとしてライランを流浪していたチコリは、依頼を受けて辺境のジュビート村を訪れていた。追悼師とは願いを歌に乗せて歌う者を指す。


 逝去した人々の魂を悼み、安寧と共に昇天することを願う。


 遺された人々の悲愁ひしゅうを少しでも和らげることを願う。


 死因はそれぞれ違うけれど、ここエルナ10は戦死した者を送り出すのが大半だった。必然的にチコリは戦地が目と鼻の先にある、ジュビートの宿屋によく世話になる。



 今日もチコリは弔鐘ちょうしょうの物悲しい音で目が醒めた。最近は悪夢ばかりだ。


 落莫らくばくな朝に慣れてはいるものの、たまに胸が苦しくなる。心の底に溜まって行く鬱々とした黒い沼に、また一滴、雫を垂らした。


(終わりの見えない戦争。いつまで続けるのかな……)



 チコリは自分と同じ温もりを持った布団を抱き寄せ、顔を埋めた。腰まである髪が、窓から差す白んだ陽を遮って顔を隠した。


 自分の吐息を聞く。耳を塞いで心臓の音を聞く。規則正しい振動が耳に届いてやっと、自分は生きていると信じられた。



 チコリは自分の瞳から日々、色が失われてゆく感覚に苛まれている。白黒の世界で、自分が生きているのか分からない。


 特に朝は酷い。目が醒めて、昨日までの記憶が遅れてやって来て、今日までの記録が記された時。走馬灯が切れて、死んだのだと錯覚する。


 だから毎朝、チコリは自分の生死を確認しなければならなかった。


 生まれてエルナ17、今日もチコリは生きていた。

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