七賢者の災厄 -3-



 鮮血の飛沫が皇帝の頬を掠めた。酷薄こくはくな瞳は鈍色に翳る。身体が崩れ落ち、地に伏した。ぼう、と浮かび上がるエリビオの玉。


 すぐ真横で血を浴びた賢者は後ろへ逃げた。今や六賢者となった同輩は、どろどろと身を濡らした賢者を庇う。


 ――せめて、彼を最後に。



 六賢者は皇帝に逆らう術を持たなかった。エリビオが忠誠を誓った相手。例え己の身がほろぼうとも、牙は剥けない。


 玉は二つ、三つと増えて行き、遂に二人となった赤い崖の縁で、賢者は強張ったまま頷き合った。この身は皇帝に献げよう。されど、心は――。



 残り一人となった。エリビオの玉。


 浮かぶ六つの玉と心に、賢者は願いを告げた。


 ――託そう。我等七賢者のエリビオを継ぎし子供等に。ライランを導く光に……。



 剣が祈りを裂いた。



「御身とする処にライランは随従ずいじゅう致します」


 狭かった部屋の中には七人の亡骸と、皇帝の鈍色の剣。穿孔せんこうして入り込む、くらい憎しみが皇帝を染め上げる。



「これで――良い」


 昂ぶって震えた喉が。宰相の一言に落ち着きを取り戻して背を向けた。が、こうべを垂れているはずの宰相は既にどこにもいない。部屋から滲み出た血溜まりを扉で押し返し、皇帝はこすれた跡に目を落とす。


 七賢者の亡骸を閉じ込めた部屋が、不死鳥の瞳に憂虞ゆうぐの赤を見る。エリビオはライランと、皇帝と共にあるべく神より戴いた能力だった。



 ライラン歴30年エルナ13春の48日。七賢者は没し、ライランに新皇帝が即位する。


 ――それは後に、七賢者の災厄と呼ばれた。

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