163 第50話 Dの悲劇 21 【500年前の復讐09】


あれから半年――



◆中央大森林霊山 竜族の城


「申し上げます。たったいま死んだと思われていたダゴンが帰還しました! (竜)王との謁見を求めております」

「なに、ダゴンだと!? それは誠か!」


竜族の王は急ぎ謁見の間に向かい、玉座には目もくれず、跪いて控えていたダゴンの前に駆け寄った。

ダゴンの後ろにはもう一人男が控えている。


「おお、ダゴン!」

「王よ、久しくございます」

「この馬鹿ものめ、生きていたのなら何故もっと早くに戻らなかったのだ! だが会えて嬉しく思うぞ!」


再会に喜ぶ王。

しかし王はすぐダゴンの雰囲気にただならぬ何かを察した。

ピリピリとした緊張感と悲愴感と憎悪、そして深い闇を感じとったのだ。


「ダゴンよ話せ。いったい何があった? この200年ほど何をしておったのだ」

「は。実は……」


ダゴンは自分達の身に降りかかった出来事を端折ることなく王に話した。

聞いていた王の表情が怒りに歪み、悲しさに目頭を熱くする。


「なんと惨い事を…… 人族め、もう堪忍ならぬ! 世界のパワーバランスなど知ったことか! 今すぐ兵を率いて……」


王は部下に命じて出兵を命じようとした。

しかしダゴンはそれを遮った。


「軍を動かすのはお控えください。それより今日はお願いがあって参りました」

「お願いだと? いったい何を…… それに後ろに控えておる男は何者だ?」


王は今更ながらダゴンに控えている見知らぬ男を訝しげに見た。

竜族や竜種の人間体のようでどこか違う。何か深い“闇”を感じた。


「この男は殺された我が息子アークの身体から創造した〔勇者と聖女女神の使徒〕と〔思い上がった卑劣な人族〕を滅する者、【邪竜アパーカレス】。その名は太古の昔、女神の使徒と人族に戦いを挑んだ〔暴凶竜アパーカレス〕から名前を頂き付けました」

「息子の身体から創造した邪竜だと!? ダゴンよ、まさか人族だけでなく勇者と聖女女神の使徒達にも戦いを挑むつもりか!?」

「はい。その為に王にお願いがあるのです。私を〔絶門〕にして頂きたい」

「絶門だと!?」


王はダゴンが自ら絶門を申し出たことに驚いた。

絶門は破門よりも重い処分だ。

完全に竜族とは袂を別れ、破門とは違い復縁することはもはや叶わない。

絶門を言い渡された竜族はもはや竜族にあらず。

竜族を名のる事は生涯許されないのだ。


「絶門など出来るわけが無い! ダゴン、我らの元に戻れ。おまえの破門は200年前に解いたのだ」

「破門が解かれている……なんとありがたい言葉。ありがたい温情。感謝の極みにございます。しかし、それでも…………私は絶門を望む!」


ブシュウッ!


ダゴンの様子が一変する。

禍々しい負のオーラを全身から吹き出し、ダゴンの身体が黒く大きく変化した。


「ダゴン、その姿は…… そうか、すでに“邪竜族”に堕ちておったのか」

「王よ、何卒絶門を!」


その姿に王は憂いを帯びた目をする。

そして何を言ってもダゴンの決意は変わらない事。状況は不可逆であり手を差し伸べる事はもはや叶わないことを察した。


「竜族の王より達する。ダゴンを竜族より絶門とし、一切の接触を禁じる!」


ザッ!


王はその場でダゴンに背を向けた。


ザザザッ!


それに呼応して周囲の竜族達も一斉にダゴンに背を向ける。

重々しい竜族の《絶門の儀》。この瞬間よりダゴンは竜族と完全に袂を別れたのだ。


「ダゴンよ。ここからの先、我ら竜族は一切あずかり知らぬ。好きなようにやってこい!」


王は背を向けたまま最後の言葉をダゴンにかけた。


「王よ、皆よ、絶門に感謝する。これで思い残すことなく戦うことが出来る! いくぞ、アパーカレス!」

「ハハッ。ダゴンドノ!」


まだ完全でないのか。邪竜アパーカレスはカタコトな言葉で返事をした。

そして人間形態から漆黒の竜へと姿を変える。


「みんな、さらばだ」


ダゴンは邪竜アパーカレスの背に乗り、西の空へと飛び去った。





◆リットール東部。カスピ湖大石棺近くの街跡


大石棺異変のあと、広範囲に渡り高濃度呪魔素に汚染され、生命の存在を許さぬ不毛の大地。かつての自由竜族自治領ドラゴンドミニオン(現リットール王国領立入禁止エリア)。

その爆心地である大石棺近く。かつてダゴンやマークス達が暮らしていた家がある。

竜鱗石で作られた堅牢なダゴン達の家は200年経っても原型を保っていた。

その家の傍にはそれぞれ石で積んだ墓標があり、その下にはセレナ、カレン、マークス、マイン、バイアデン、トムズの遺体が棺に納められ眠っている。


そして彼らの墓前に花を添えて回るラミア形態のレイミアの姿があった。

そのレイミアにフワリと影が落る。同時に風を感じ、漆黒の若竜とそれに跨るダゴンが舞い降りて来た。


「レイミア、献花をありがとう」


ダゴンは真正勇者に見つからぬように邪竜族の気を抑えている。が、容姿は完全に邪竜族。

レイミアは邪竜族に堕ちたダゴンを見て悲しんだが、顔には出さず平静を装った。


「これも御縁ですから。それにしてもお久しぶりですダゴンさん。半年ぶりになりますか」


ダゴンが子供達と仲間を全て失ったあの日。

レイミアは急ぎダゴンの元に急行したのだが、残念ながら誰一人甦生することは叶わなかった。

レイミアは、「せめて奇麗な姿に」と傷ついた遺体を修復し、母ラミナスと同じく魔法処理したのち、〔ダゴン達の家の傍〕に埋葬したのだった。

他にもこの地には200年前に殺された自由竜族自治領ドラゴンドミニオン全住人が、当時のラミナスの手によって埋葬されている。


「ところで、その黒き竜はもしかして……」


レイミアはダゴンの後ろに控えている漆黒の竜に注意を引かれた。

まだ未成熟な若い竜体のように見える。しかしただの黒竜の幼体ではないようだ。

レイミアはこの黒竜が何者かすぐ思い当った。そしてそれは正解だった。


「うむ。我が息子アークの肉体より生まれし人族を滅ぼす者だ。アパーカレスよ、このかたはラミア族のレイミア。我らにとって大恩あるお方だ。ご挨拶を」


シュウウウウゥゥゥ……


アパーカレスの身体が縮み、黒い肌をした巨躯な人間形態に変化した。


「ハジメマシテ、レイミアサマ。ワタシハ邪竜アパーカレスデス」


邪竜アパーカレスは相変わらずカタコトな言葉で挨拶をした。


「はじめましてアパーカレス。まだ上手く話せないのですね」

「ああ。先日自我が芽生えたばかりでな。だが力を増せば自然に話せるようになるだろう」


レイミアは直立不動のアパーカレスの顔をマジマジと見入った。


「巨躯ですがアーク君と似ていますね。まるでアーク君がマッチョに成長したかのよう……記憶はどうなのですか?」

「アークの記憶は受け継いでいる。だが決してアークではない。それに私の記憶も部分的に移した。アパーカレスは人族の蛮行を全て知っている。私は彼と共にリットールの人族を殲滅するつもりだ」

「そうなのですか。でもアパーカレスは戦いを望んでいるのですか?」


ダゴンと人族の衝突は避けられない。

それでも先延ばしになれば……そんな淡い期待を込めてレイミアは訊いた。


「私ノ肉体ハ人族ヤ女神ノ使徒ヲ滅ボシタイト願ッテオリマス。ソノ肉体カラ生レ出タ我ガ心ガ、戦イヲ望マヌハズガアリマセヌ!」


邪竜アパーカレスは強い口調で返した。


「そうですか。やはり戦いは避けられないのですね。残念です」


レイミアは悲しそうに目を伏せた。

そしてすぐ顔を上げて辛そうに申し訳なさそうに告げる。


「ダゴンさん。申し訳ないのですがこれよりはダゴンさんに手を貸す事が出来ません。私は元々リアース世界にルーツを持つ者。救済に手を貸す事は出来てもティラム世界の種族間争いに加担することは出来ないのです。暫くは【ラミアの森】を守る結界の出入り口は開けておきますが、それもやがて閉じさせて頂きます」


レイミアの話を聞いてダゴンは軽く頷いた。


「わかっている。レイミアとはこれで一旦お別れだ。今まで本当に世話になった。ありがとう。ラミナス殿が戻られたら宜しく伝えておいてくれ。アパーカレス行くぞ」


「ハハッ」


アパーカレスは再び邪竜へと姿を変える。ダゴンは踵を返し……かけ止まった。


「ああそうだ」

「はい?」

「いつかラミナス殿とともに戻って来る【レイミアの妹】に、女神ラミアリアース世界の女神の祝福があらんことを」

「ありがとうございます」


ダゴンは今度こそ踵を返し邪竜アパーカレスの背に跨った。


「よし、まずは人族が醜さを捨てきれぬ元凶、“人族の欲”を食らいに行くぞ。おまえは “人族の欲”を糧にすることで強さを増すのだ!」


全てはコルト王国国王の浅ましい“欲”から始まった。

“欲”は事態を悪化させ、コルト王国を敗戦を招き、その穴埋めに自由竜族自治領ドラゴンドミニオンを滅ぼすに至った。

200年経が経ち、人族は善性に傾いたとは言うものの、その根底にあるのは“欲”から生まれた“偽りの歴史”だ。

その“欲から生まれた偽りの歴史”のせいで、ダゴンは残った大切なもの全てを失った。

ならば人族を滅ぼすのなら“欲”に潰されることが望ましい!

ダゴンはそう願い、アークの肉体を“人の欲”を喰らう者、さらには人族の味方をした勇者と聖女女神の使徒さえも喰らう者、邪竜に仕上げたのだ。


「“人族の欲”デスカ……アマリ美味ソウニアリマセンナ」

「ははは、確かに。だがこれは意趣返しなのだ。人族め、己の欲で滅するがいい!」


万感の思いを秘めて、ダゴンと邪竜アパーカレスは黄昏色に染まる空を行く。

目指すはリットール王都。

ダゴンの復讐が静かに始まる。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る